映画 『破れ太鼓』

『舟木一夫特別公演』の芝居『八百万石に挑む男』に出演されてる役者さん達の中に大スターの血筋の方がおられる。田村亮さんは、阪東妻三郎さんの息子さん。長谷川稀世さんは、長谷川一夫さんの娘さん。その娘さんの長谷川かずきさんも出られていて長谷川一夫さんのお孫さんである。親の七光りという言葉があるが、七光りがいつまでも通用する世界ではないので、それぞれの道を切り開かれての今である。 長谷川一夫さんの映画については数本書き込みしているが、阪東妻三郎さんの映画の書き込みがなかったので『破れ太鼓』を。

この映画は木下恵介監督で阪妻さん(阪東妻三郎さんの愛称として素敵だと思うので使わせていただきます)には、珍しい現代ものの喜劇である。この映画は、阪妻さんとは関係なく、その周辺で面白い現象を起こしているのでその話から。 川本三郎さんと筒井清忠さんの対談『日本映画隠れた名作(昭和30年前後)』で『破れ太鼓』のことが出てきた。阪妻さんが演じた父親役のモデルは、映画監督・川頭義郎さんの父親がモデルとあり驚きである。高峰秀子さんは、木下恵介監督から金持ちだから川頭監督と結婚してはどうかと勧められたという逸話があり、高峰さんは松山善三監督が好きなので「あたし、金持ちアレルギーですから」「そういうところへ嫁に行くのは嫌ですよ、あたしゃ」と断っている。

高峰さん、そういえば『破れ太鼓』の出演を断っているなと思い出し『わたしの渡世日記』を読み返したらありました。<『破れ太鼓』事件>。高峰さんのところに『破れ太鼓』の脚本が届き読んでみると面白い。「木下監督の『お嬢さんに乾杯!』も原節子、佐野周二のキャラクターを実に要領よく生かした、その新鮮で巧みな演出に、私は感心するよりさきにビックリしたものである。」そして『破れ太鼓』も「文句なく面白くて、私は脚本を読みながら思わず笑い出してしまったくらいだった。」「しかし、面白いことと、自分が出演することとは話が違う。」松竹の映画に出るなら主演でなくては。実は、プロデューサーによって新東宝から松竹に売られる話が出来上がっていて高峰さんは木下監督に駆け込み訴えをする。木下監督は納得し、これで木下監督との縁もおしまいと思っていたら、その後、日本最初の総天然色『カルメン故郷に帰る』の本が届くのである。阪妻さんと高峰さんの競演も見たかった。

『破れ太鼓』には、木下監督の弟・木下忠司さんが音楽担当で、次男役で映画にも出演している。音楽家の卵でいつもピアノを弾き、頑固親父(阪妻)の歌「破れ太鼓」も作ってしまい父親の居ない時は、皆で楽しく歌うのである。津田軍平は、苦労に苦労を重ねて土建屋として成功する。豪邸も建て、当主として君臨していて、子供6人は親父を恐がりつつもそれぞれの道を模索している。(高峰さんは長女役の予定であったが小林トシ子さんに交替) 軍平の愛情は、苦労して成功した自分の生き方からの処世術で子供の行く末を思っているが、その横暴さに家族に反乱を起こされてしまう。

事業にも失敗し、苦しい時代にカレー・ライスを食べれる楽しみを糧に頑張った自分を顧み、泣きながらカレー・ライスを食べる。バックには、「破れ太鼓」の音楽が流れる。残っている次男が、ピアノを弾きつつ父親に伝える。「会社が潰れたってがっかりすることはありませんよ。お父さんはするだけのことはしてきたのですから。立派な人生です。」「わが青春に悔いなし。」「英雄おのれを知る。」「セントヘレナのナポレオン。」次男の一言一言に自信を取り戻していく阪妻さんが可笑しい。それをチラチラ振り返る次男。長男も叔母のところで始めたオルゴール制作会社が軌道に乗ったが、やはりお父さんの力が必要だと乗せる。子供達はしっかり自分の道を見つけ、父親を慰める立場になっている。

誰が捨てたか大太鼓  雷親父の忘れ物

ドンドンドドンと ドンドドン ドンドンドドンと ドンドドン

このカレー・ライス、木下監督の 映画『はじまりのみち』でのカレー・ライスを食べる真似の場面では、『破れ太鼓』を見た者は阪妻さんのカレー・ライスを思い起こす。カレー・ライスは庶民の御馳走である。

監督・木下恵介/脚本・木下恵介、小林正樹/助監督・小林正樹/撮影・楠田浩之/音楽・木下忠司/出演・坂東妻三郎、村瀬幸子、森雅之、木下忠司、大泉滉、小林トシ子、桂木洋子、宇野重吉、沢村貞子、

阪妻さんのドキュメンタリーとしては、『阪妻ー阪東妻三郎の生涯』がDVDで発売されており、タップリの剣劇映画の名シーンも見せてくれる。田村高廣さんが、『破れ太鼓』が父の素顔ではと思われているがその反対であったと答えられている。阪妻さんとは関係なく映画の外では違う「破れ太鼓」が鳴っていたようである。

 

映画 『ジゴロ・イン・ニューヨーク』 『書かれた顔』

坂東玉三郎さんの『書かれた顔』が上映されている。かつて見ているが、よく判らなかったのでともう一度挑戦することにする。その前に、ウディ・アレンの映画も見ておいてと思ったら、その間の時間が空きすぎる。検討の結果、二つの映画の間は戸栗美術館で『涼のうつわー伊万里焼の水模様ー展」で涼を楽しむ。これが涼やかな企画で、水のある風景、雨、雪、富士山と夏向きである。団扇を庶民が使い始めたのは、江戸時代からで、中国から渡って高貴な方々だけが使っていた。庶民が使うようになれば絵柄は多種多様、役者絵も出てくるわけである。扇子は日本で生まれている。では映画のほうへ。

『ジゴロ・イン・ニューヨーク』。見終って、これがアレンなの、随分素直、お歳かなと思ったらアレンは出演だけある。監督・脚本はジョン・タトゥーロ。帰ってからチラシを見て判った。書き込みする前で良かった。余計なことを書くところであった。 ひょんなことから、タトゥーロはジゴロになり、その斡旋人がアレンである。この二人長いつき合いのようで、アレンは本屋であったが閉店に追い込まれ、花屋でアルバイトのタトゥーロをジゴロにしてしまう。この二人何となく揉めるが、何となくまとまる。タトゥーロのジゴロは何となく買われて、何となく幸せにしてしまう。そして何となく恋をして、何となく振られて、辞めるはずが、何となくジゴロに後戻り。あり得ない大人のおとぎ話である。買うほうの女性にシャーロン・ストーンが出ているのも楽しい。皮膚科の医者のストーンがタトゥーロに「あなた恋してるわね」と言うが、心療内科医も務まりそうである。タトゥーロが日本の生け花の手法を花束に使うのも、多民族共存文化のこだわりのなさの地域性か。

『書かれた顔』。監督はダニエル・シュミットで、彼の他の映画は観ていないが難解そうである。1995年に制作され、19年前である。女形に対する玉三郎さんの考え方は変っていないであろうが、表現者としての玉三郎さんは、あの頃と変化していると思う。『鷺娘』から始まって『鷺娘』で終わる。それも、始まりが鷺がくずおれて息絶える『鷺娘』のラストで始まり、そのラストでエンドという構成である。この映画の時、玉三郎さんがどのように感じられていたか判らないが、この時『坂東玉三郎舞踏集1~6』は撮り終えておられ、生身の若さの終盤としての想いがあったように思える。自分を消して女形を造り、生身の年令を越えて芸の女形の美しさを追求していく。その時、意識は様々な分野での女形への挑戦があった。映画、バレー、和太鼓、京劇、他の日本の芸能、そして、泉鏡花の世界など。

この映画で好きな場面は、前回もそうであったが、八千代座で演じる玉三郎さんを、もう一人の玉三郎さんが舞台の奈落へ降りていき音に誘われて歩いていくところである。何があるのと不思議そうに狭い通路を辿って行く。それは、私が玉三郎さんは今度はどんな世界を見せてくれるのと幕が開くのを楽しみにしているこちら側でもある。

監督はその後、女形としても玉三郎さんに切り込んでいく。玉三郎さんは女性でありながら女形であるとして、杉村春子さんと武原はんさんをあげられる。お二人のインタビューも紹介される。玉三郎さんは、足も不自由で背も高過ぎるというハンデを美しさに変えていった。老け役の多かった杉村さんは、美人俳優の中に合って、女の細やかな感情を見事に表現した。踊りに向く体つきではない武原さんは踊りで女を写し出した。そして、映像作品としての玉三郎さんの女形が映し出される。

白塗りに花飾りのついた帽子を被る舞踏家大野一雄さんの港での動きは、その長い指は空を舞い表現しつくしても答えがなく、或は無数にある答えをまだ探し求めているようである。

あの奈落を少し楽しげに彷徨う玉三郎さんが、これからのあの後をどう表現者として映し出してくれるのかが、楽しみである。あれがあの時<書かれた顔>なら、その後も新たな<書かれた顔>を見せてもらった。そして今度、<書かれる顔>はどんな顔であろうか。

『書かれた顔』 オーディトリウム渋谷 8月7日 16時50分~

『ジゴロ・イン・ニューヨーク』よりも混んでいた。

 

 

映画 『楽聖 ショパン』 『愛の調べ』

ワンコインで買えると手が伸びるDVD。『楽聖 ショパン』と『愛の調べ』が封を切らずにあった。クラッシク音楽音痴の私にも、これは事実とはかなり違うなと判るが、クラッシク音楽部門に入る門としては、入りたくなる気分に誘ってくれる。

『楽聖 ショパン』。ショパンの祖国がポーランドとは、知りませんでした。ポーランドの歴史は正確には把握していないが、ショパン存命のころは、<ポーランド立憲王国>と思われる。ロマノフ朝のロシア皇帝がポーランド王を兼任し事実上は、帝政ロシアの従属国のようだ。映画に戻ると、ショパン11歳から亡くなるまでを描いている。ショパンは少年の頃から我が強く、与えられた曲よりも自分の作曲した曲を弾きたがり、ショパンの才能を伸ばした指導者ジョゼラ・エルスナーを困らせる。ショパンはポーランドの政治的現状に不満で改革派の集会にも参加する。そんな中、演奏会での演奏の話がくる。ここで面白いのは、その演奏会の演奏者に、ショパンの前にパガニーニがチラリ出てきたことである。なるほど同じ時代の音楽家であり、パガニーニが外せない音楽家としているのである。演奏者が待っている場所は食事の運ばれる配膳室である。、それは、貴族たちの食事の間に演奏するという添え物の演奏である。ショパンは、アンコールを求められるが、ポーランド総督閣下が同席し、虐殺者の前では弾かないと演奏するのを拒み席を立ってしまう。逮捕を恐れ、皆に勧められエルスナーと共にパリへ亡命する。

パリで、フランツ・リストとジョルジュ・サンドに見い出され社交界でもてはやされる。ジョルジュ・サンドは、ポーランドを思うショパンの政治性に反対し、身体の弱いショパンにひたすら音楽だけに身をゆだねることを勧め、エルスナーからも離し、自分の世界に取り込んでいく。エルスナーに再会したショパンは、祖国の苦難を知り、捕らわれた人々の保釈金のために、お金になる演奏会の旅にでる。演奏会は大成功であるが、ショパンはそのことによって、命を削り死出の旅立ちとなってしまう。 このリストさんは、『愛の調べ』にも出てきて、社交界と音楽家を結びつける役割をしている。ジョルジュ・サンドとショパンの事も知らなかった。映画では、ジョルジュ・サンドが自己愛の強い傲慢の女性に描かれていて、マール・オベロンが力演であり、彼女の衣装も見どころである。映画の中で彼女の肖像を描いているのがドラクロワである。そして、ショパンは<ポロネーズ>を最後まで自分のなかでの祖国の原点と考えていたようである。

『愛の調べ』。作曲家ロベルト・シューマンと天才女流ピアニストクララ・ヴィークの結婚から結婚生活、シューマンの死、そしてクララの夫の作品を演奏会で弾き続ける姿を描いている。さらにクララに恋心を抱くブラームスも登場し、この時代はクラッシク音楽の黄金期だったのであろうかと驚いてしまう。何んといってもさすがのクララのキャサリン・ヘプバーンである。この映画は、キャサリンの出ている映画としてすでに見ている。今回は新しい音楽を創造するそれぞれの苦難の作曲家の映画としても見れた。

クララは、自分の御前演奏会で、アンコールにシューマンの曲を演奏する。それが、「トロイメライ」である。それを聴いた皇太子が、楽屋に来て「とても良かった」と緊張して挨拶をする。ラストで、皇太子は国王になっていて、クララの演奏を聴き、昔を思い出す。クララは国王に向かって「覚えておられないでしょうが」と言って、アンコールに「トロイメライ」を演奏する。

クララは8人の子供を産み、与謝野晶子さんのようであるが、夫の経済を助けるため一度だけと夫の了解をとり演奏会を開く。帰ってみると、女の子のユーリエがはしかになっていて、ユーリエを二階に隔離し同居していたブラームスが面倒をみる。ユーリエはクララと同じ目をしている子で、ブラームスに「私のこと好き?」と聞くと「ああ」と答える。「マリーより好き?」「皆好きさ」。「ママよりも好き?」ブラームスは間を置いて「大人の好きは、また別なんだよ。」と答える。子供のあどけなさの使い方が上手い映画である。 なかなかシューマンの歌曲は認められず、頭痛や耳鳴りが酷くなる。リストとブラームスは後押しをして、リストはサロンの自分の演奏会でシューマンの「献呈」を演奏し、「ファウスト」の公演へと道を開く。このサロンでの演奏の時、「余興はまだかね。リストは何かをやるよ。」と客がいうが、ピアノ線を切ってしまい他のピアノに移り弾き続ける。パガニーニも二本の絃を切り一本で演奏しつづけたが、この当時こういうお楽しみがあったのであろうか。この時のリストの弾き方に異議を唱え弾きなおすクララの自信も凄い。「ファウスト」の公演はシューマンの体調不良で失敗に終わり、彼は入院し、亡くなってしまう。

家から出ないクララを外に連れ出したブラームスは、結婚を申し込みクララも心動かされるが、楽団のヴァイオリン弾きがシューマンの曲を弾く。それを聴いたクララは、シューマンの作品を世に広めるため自分のピアノで演奏活動を続ける決心をするのである。

どこまで接触があったのか定かではないが音楽、美術、文学の芸術がはなやかに開花していった時代のようで、まだ一般庶民のものではなくサロンを中心としたモノだったのかもしれない。クラッシク音楽音痴が随分楽しませてもらった。パガニーニさんとギャレットさんのお蔭である。もっと言えば、『天守物語』が人気があり過ぎということになる。

 

 

映画 『パガ二ー二 愛と狂気のヴァイオリ二スト』 『不滅の恋 べートーヴェン』 

歌舞伎座の『天守物語』の一幕見を観ようと思い立ち寄ってみた。並んでいる人は15人弱である。少ない。暑いからであろうかと思ったら、そうでは無かった。既にお立見ですと係りの人に言われる。皆さん一幕目から通しで買われているようだ。少し並んでいたが、自分のこの状態では良い観劇は無理と判断する。既に観ているものが壊れては何もならない。確かウディ・アレンの映画をやっていたはずと日比谷の映画館へ向かう。

暑いため、ウディ・アレンではなく、音楽伝記映画『パガ二-二 愛と狂気のヴァイオリ二スト』選ぶ。映画の内容よりも、ヴァイオリンの演奏が暑さを吹き飛ばすほどの音のように思えたのである。予想は当たった。デイヴィッド・ギャレットのヴァイオリン演奏にノックアウトされた。まかり間違えば不快な音になりそうな極限の音を心地良い音にしているという感じで、アップテンポさも暑い夏に効きそうである。

映画の筋は、19世紀のイタリアで、天才ヴァイオリ二ストの愛と狂気、その天才ゆえの栄光と挫折である。世間に認められていない二コロ・パガ二ー二は、敏腕のマネージャーと手を組み、その才能を世の中に認めさせていく。名を上げれば上げる程、パガ二ー二は、女、アルコール、賭博にのめり込んでゆく。マネージャーは、その性癖をパガニーニの演奏を鋭敏にするものとしてコントロールしていく。ロンドンに住む指揮者が、パガニーニをロンドンの演奏会に呼び、やっとパガニーニを捕まえることが出来る。パガニーニは指揮者の娘・シャーロットと恋に落ちてしまい歌手志望のシャーロットに歌を送る。演奏会の出番時パガニーニの姿が無い。指揮者は蒼白であり、シャーロットも探し回る。とヴァイオリンの音がして、客席の後ろの入口からパガニーニが現れる。この時のパガニーニ、いやデイヴィッド・ギャレットが最高である。そして、シャーロットは、パガニーニに誘われ送られた歌を披露し拍手喝采となる。しかし二人の愛は周りの思惑から壊れてしまう。それまでも素行の悪いパガニーニは、世間から非難を浴びシャーロットを失った痛手は彼を立ち直らせることはなかった。映画の内容としては天才にありがちな定番であるが、演奏場面と、とにかく、演奏が良い。聴くに値する映画である。 パガニーニは、ショパン、リスト、シューベルトも心酔したと言われているヴァイオリン二ストであるが、この映画を観るまで全く知らなかった。<映画って本当に面白いですね。><映画館が学校だった。>

監督がバーナード・ローズで『不滅の恋 べートーヴェン』の監督でもある。友人とパガニーニの映画の事をメールし合って、『不滅の恋 べートーヴェン』の話になった。彼女は二回観たという。こちらは、観ているのに内容が思い出せない。<「不滅の恋」の内容はべートーヴェンの死後の手紙が誰に宛てたものかを探って行く物語で、三人の女性に聞きながら不滅の恋人は誰なのかを探るストーリーです。> 思い出せない。<それで誰が不滅の恋人?><弟のお嫁さん!あの手紙を読んだときの泣き顔最高にセクシーだったな~!ラスト思い出した?><思い出せない!> 織田作さんの書き込みしつつやり取りしているとは言えショック!<最愛の人がべートーヴェンの子を宿したまま、ちょっとしたすれ違いから誤解が生じ、彼女は弟と結婚する。かなり辛い人生。弟は自分の子供と信じてる。怨み憎しみあってる二人。第九を聞き最愛の人はべートーヴェンを許す。憎しみ怨みが創造の源だったみたい。べートーヴェンの心からの手紙を読み、初めてべートーヴェンを理解して号泣する姿を窓越しに弟子が見ててエンディングです。>

この映画のDVDのレンタルを探しまわる。VHSであるが渋谷にあった。不滅の恋人はもちろんだが、二人の恋人との関係も興味深い。時代背景がよくわからないのと、べートーヴェンの作品を熟知していないので、音楽のつぼを上手く捉えていけない。ナポレオンがのし上がって敗れて行く時代で、べートーヴェンはナポレオンに期待している。ところが、ナポレオンもまた貴族の一人に過ぎなかったと絶望する。自分は耳が聴こえず、それでいながら、自分の中では音楽が鳴り響いている。時代をも描こうとし、自分の歴史をも描こうとしている。そして、自分の恋も。その恋も、弟子が名前のない<不滅の恋人>を探すという、ミステリアスな流れとなっている。<不滅の恋人>を探し当てて一件落着なのであるが、どうも記憶に無かったのは、べートーヴェンという人の一断片であって、底知れぬ自分の世界に住んでいた彼がチラチラして、一件落着にはならなかったようだ。今もであるが。

<不滅の恋人>に関しては友人が上手く説明してくれて助かった。その時メールでは、ゲイリー・オールドマン、『レオン』、『グロリア』、イザベル・ロッセリー二、イングリッド・バーグマン等の文字も飛び交っていたのである。こちらの蛍は忙しい思いをしたことであろう。

 

織田作さんの『蛍』 (小説・演劇・映画)

織田作さんの『蛍』は、映画、舞台になっている。

小説では、主人公登勢は両親に死に別れ、彦根の伯父に引き取られ、十八のとき伏見の船宿の寺田屋に嫁ぐ。寺田屋は後妻の姑・お定が仕切っており、そのお定は頭痛を言い訳に祝言の席にも出てこない。  「そんな空気をひとごとのように眺めていると、ふとあえかな蛍火が部屋をよぎった。祝言の煌々(こうこう)たる灯りに恥じらう如くその青い火はすぐ消えてしまったが、登勢は気づいて、あ、蛍がと白い手を伸ばした。」 夫の伊助は、病的な潔癖症であり姑はすぐに病で寝たきりとなる。お定は寺田屋の家督を娘の椙(すぎ)に継がせたかったがそうならず、椙は好きな男を追い家を出てしまう。登勢はひたすら働く。あるとき赤子の鳴き声がし、登勢はその捨て子をお光と名づけ育てる。お光が四歳のとき千代が生まれ、姑は亡くなる。 「蚊帳へ戻ると、お光、千代の寝ている上を伊助の放った蛍が飛び、青い火が川風を染めていた。あ、蛍、蛍と登勢は十六の娘のように蚊帳中をはねまわって子供の眼を覚ました」 登勢は今度は女の子を産み、浄瑠璃を習い始めた伊助は、お光があってお染がなかったら野崎村にならないと、お染と名付ける。お染は四歳のとき疫病で亡くなり、お光は実は椙が実家に捨て子した子で、自分の子をむかえに来たと言って連れ去ってしまう。

間もなく登勢は京の町医者の娘お良を養女にする。世の中は騒がしくなり、寺田屋で薩摩の士が同士討ちとなり、逃げた登勢の耳に<おいごと殺せ>という言葉が残った。 「有馬という士の声らしく、乱暴者を壁に押さえつけながら、この男さえ殺せば騒ぎは鎮まると、おいごと刺せ、自分の背中から二人を突き刺せ、と叫んだこの世の最後の声だったのだ。」 やがて、薩摩屋敷から頼まれ坂本龍馬をあづかる。伊助は京の寺田屋の寮にしばらく移ることにした。奉行所の一行が坂本を襲って来た時、お良は裸のまま浴室から飛び出し坂本にその急を知らせた。このお良を坂本は娶って、二人は寺田屋から三十石船に乘り長崎に旅立った。翌日には、登勢の声がした。 「それはやがて淀川に巡航船が通うて三十石に代わるまでのはかない呼び声であったが、登勢の声は命ある限りの蛍火のような勢一杯の明るさにまるで燃えていた。」

淡島千景さんの最後の舞台となったのが、平成22年の<劇団若獅子>の『蛍火ーお登勢と龍馬ー』の舞台でお登勢を演じられた。織田作之助/原作(「蛍」より)で脚本は土橋成男さん、演出は<劇団若獅子>代表も笠原章さんである。題名からも分かる通り、お登勢と龍馬に焦点をあて、お登勢は龍馬の進むべき道に自分の心意気を託すような形となる。淡島さんは、すでに高齢であったが、培われてこられた身体の動きを凛として見せ、まさしく青い光をはなたれておられた。椙が恋人の五十吉を追いかける場面で蛍が飛び立つ。寺田屋騒動の場面を出し、お登勢が有馬を抱きかかえ最後を看取るかたちにしている。そして、龍馬がお良を連れてきて、寺田屋の養女にと頼む。お登勢の龍馬への想いも描かれ、最後の別れのあとの蛍だけが美しく輝くのである。

淡島さんは映画『蛍火』にも出られている。監督・五所平之助さん/脚本・八住利雄さんである。映画は観ていないのであるが、花嫁衣裳の淡島さんが手を広げると蛍がその手の内にある場面はみている。インタビューで、織田作さんの作品の事を聞かれ「作品が短いので、色々な思いを込めれるのではないでしょうか。演じていて面白いです。」と答えられていて、その通りであると思った。

この作品<前進座>でも公演していて、脚本は八木隆一郎さんである。「蛍」の題名で、脚本を読むことが出来た。お杉がお光を連れ戻しに来た夜蛍が飛んできて、伊助が祝言の夜の蛍を捉まえようとしてお登勢が手を伸ばした思い出をお登勢に話しかける。お良は養女になっていて、寺田屋騒動も伊助とお登勢の話の中で出てくるだけである。竜馬が登場し、ここが竜馬が死んだという寺田屋なのですなあと語る。竜馬を挟んでお登勢とお良の微妙な心の揺れがあり、竜馬とお良が去った後、伊助とお登勢の前に蛍が飛んでくるのである。

それぞれの捉え方で、舞台になり映画にもなっているのである。

 

映画 『こだまは呼んでいる』

旅のバスガイドさんから、『こだまは呼んでいる』の映画のことを書いて置きたくなった。

映画館<ラピュタ阿佐ヶ谷>で、4月から6月にかけて、<監督・本多猪四郎の陽だまり>を開催していた。~ゴジラの足もとの小さなドラマ~。誰が考えたのか。『ゴジラ』で有名な本多監督の系統の違う他の作品の紹介である。チラシの文を載せる。

<1954年『ゴジラ』で日本中に衝撃を与え、数々の傑作怪獣映画を生み出した監督・本多猪四郎。ダイナミックな特撮映画の傍らで、庶民の葛藤と良心を描いた素朴な人間ドラマを数多く手がけました。ヒューマニズムを映画に求めたゴジラの父ー。そのまなざしを辿る9作品をお楽しみください。>

『若い樹』『恋化粧』『おえんさん』『この二人に幸あれ』『花嫁三重奏』『東京の人さようなら』『こだまは呼んでいる』『鉄腕投手 稲尾物語』『上役・下役・ご同役』

そのうち1作品だけ見れたのである。

『こだまは呼んでいる』 脚本・棚田吾郎/撮影・芦田勇/音楽・斎藤一郎/出演・池部良、雪村いづみ、藤木悠、沢村貞子、千石規子、横山道代、飯田蝶子、左卜全、由利徹、若水ヤエ子、八波むと志

この出演者を見ただけで、歌謡音楽コメディー映画と思う。そこに池部良さんが入っているのが面白い。気楽に笑ってこようと思ったのが甘かった。軽いが、そこは本多監督、しっかり撮るところは撮っている。歌も、雪村さんが一曲歌うが、タイトルにも出てこないし、歌が先行していない。添えてある。そして、雪村さんのバスガールは、仕事に忠実な田舎のバスガールである。

このバスガールと組んでいる運転手が池部良さんである。怒りん坊の運転手で、雪村さんはよく注意されるが、明るく交わしている。映像からすると、甲府周辺で韮沢駅から宿木村までのバスである。出発前に買い物をする。それは、先々の停留所で渡されていく頼まれものである。買い物の宅配も兼ねているわけである。お弁当を届けたりもする。人気ものである雪村さん、そろそろこの仕事にやりがいを無くしている。そして、素封家の息子から結婚を申しこまれる。しかし、身分違いということで、結婚前の行儀見習いの条件つきである。雪村さんは、池部さんに相談する。本当は池部さんは好きなのであるが、雪村さんが成し遂げれると応援する。雪村さんは、やってみることにする。ところが、やはり務まらない。実家に帰っているとき、近くのお嫁さんが産気ずく。雨が酷くなりバスガールもいないので、危険だからバスは出せない。そこで、雪村さんに声がかかり、再び池部さんとのコンビが組まれるのである。

細い山間の道である、雪村さんはドアを開け、車輪がスリップしないように崖下と道路の幅を見つつ、オーライをかける。このあたりの撮りかたはリアルである。そうだ、かつてのバスガールさんは、こうした役割も引き受けていたのだ。対向車があれば、バックさせて、お互いが通れるように誘導する。バスの走る映像がかなり長い。そして無事目的地に到着させる。雪村さんは、何でもないと思って居た仕事に改めて充実感を味わう。そして、結婚を取りやめ、バスガールの仕事にもどるのである。相変わらず、運転手の池部さんは嬉しいのに怒りんぼである。

この単調な走行するバスの映像は、雪村さんと同じ気持ちにさせ、エンドで涙が出る。結構目頭を押さえている人が多く、皆さん裏切られた口であろう。

村祭りの場面、周囲の山々、そこで、穏やかに暮らす人々。喜劇的部分もあり、池部さんがあえて、喜劇として、目を真ん丸にしたりする場面もあり、わざとらしい下手さで笑ってしまう。

<ゴジラの足もとの小さなドラマ 監督・本多猪四郎の陽だまり> ピッタリのタイトルである。

7月、あちらこちらのテレビで、『ゴジラ』特集である。本多監督は、怪獣から逃げる人々をも粗末な扱い方はしなかったといわれている。怪獣映画にも、陽だまりはあるような気がする。

 

日本映画黄金時代の<にんじんくらぶ>~三大女優~

伊東四朗一座と熱海五郎一座の合同公演 『喜劇 日本映画頂上作戦 銀幕の掟をぶっ飛ばせ~』 を映像で観ている。ゲストが小林幸子さんで、かつての映画界の五社協定を想起させる芝居である。

今回は芝居にも出てくる<五社協定>に対抗して設立した、<にんじんくらぶ>についてである。この<にんじんくらぶ>は、映画好きの先輩から聞き、そんなことがあったのかと驚いたものである。その後詳しいことが判らなかったが、池袋の映画館「新文芸坐」にその資料があり購入した。

「新文芸坐」で2010年(平成22年)に<にんじんくらぶ>を設立した三人の女優の特集を上映したようで、その時 『「にんじんくらぶ」 三大女優の軌跡』(藤井秀男編)の本を作ったのである。

三大女優  岸恵子 ・ 有馬稲子 ・ 久我美子

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日本映画の黄金期、俳優さんはそれぞれの映画会社の専属制で、他社への出演を制限していたのが<五社協定>である。岸恵子さんによると、木下恵介監督の『女の園』で共演した久我美子さんと意気投合し、五社協定への反乱を思いつき、有馬稲子さんを誘い、1954年に独立プロダクション<にんじんくらぶ>を設立したとある。

岸さんは、その設立の前年の名作も紹介している。『にごりえ』(今井正監督)、『東京物語』(小津安二郎監督)、『ひめゆりの塔』(今井正監督)、『雨月物語』(溝口健二監督)、『雁』(豊田四郎監督)、『縮図』(新藤兼人監督)、『地獄門』(衣笠貞之助監督)、『雲ながるる果てに』(家城巳代治監督)、『日本の悲劇』(木下恵介監督)。そして大興行記録を打ち立てた、岸さんと佐田啓二さんの『君の名は 第一部』(大庭秀雄監督)も、この年である。

岸恵子さんと久我美子さんが共演してお互いの考えに共鳴したきっかけの映画作品『女の園』は女子大での学生の学校に対する闘争を描いており、その撮影で共感しあったというのも面白い。この映画に出てくる他の女優陣も凄い。高峰美枝子、高峰秀子、浪花千栄子、毛利菊枝、東山千栄子、望月優子、原泉等である。学校と生徒の思惑の狭間に立ち犠牲になる学生も出て、木下監督の人間関係の複雑さと微妙さを描いている。

<にんじんくらぶ>の第一回制作作品は、有馬稲子主演、久我美子助演の『胸より胸に』(家城巳代治監督)である。『人間の条件』(小林正樹監督)、『もず』(澁谷實監督)、『お吟さま』(田中絹代監督)などがある。あの 映画 『乾いた花』 (篠田正浩監督)も<にんじんくらぶ>の制作である。1965年、『怪談』(小林正樹監督)で、製作費が嵩み興行後返済できず倒産となり、<にんじんくらぶ>も解散となる。

『人間の条件』も大ヒットしながら、松竹の買い取りより、製作費が越え、興行成績がよくても多額の赤字が残ったらしい。『人間の条件』にも『怪談』にも仲代達矢さんが出演されている。その仲代さんの<第二回 仲代達矢映画祭 6月7日~20日>が新文芸坐で開催されて、『永遠の人』・『怪談』の上映あと、仲代さんのトークショーがあった。残念ながら行けなかったが、仲代さんは、この『怪談』が<にんじんくらぶ>解散の一要因であることをご存じであろうか。キネ旬2位、カンヌ映画祭審査員特別賞を受賞しているが、名作と興行収入とは比例しないようである。

<五社協定>も、それに反発した若き三大女優が引き起こした行動により、その後の独立プロの立ち上げとプロセスを模索する壁としての役割を果たしたことになる。<にんじんくらぶ>については、詳細を知りたかったので、これで少しすっきりした気分である。

岸さん、有馬さん、久我さんの三人が共演している映画を年譜から探したら一作品だけあった。1959年の『風花(かざはな)』(木下恵介監督)である。

旧家の息子と貧しい娘(岸)は、許されぬ恋愛のはて、橋から飛び降り心中をする。息子は死に、娘は生きのびる。そして子供を宿しており、行くところのない娘は、旧家の納屋で子供を産み、使用人としての扱いの中で子供を育てる。旧家のお嬢様(久我)が、何かと親子に心を注ぎ、息子(川津祐介)はお嬢様に恋心を抱く。この家を支えている祖母(東山千栄子)は、家のため八歳年下の夫を養子に向かえ周囲から陰口を叩かれ、それを見返すため孫(久我)の嫁入り先にこだわる。ついに祖母の気に入った嫁ぎ先が決まる。お嬢様も友人(有馬)のように東京に出ていき、自分の生活を打ち立てるようなことが出来る人間ではないことを悟っており、その結婚を受け入れる。

蔑まされて息子を育てた母は、お嬢様が結婚したらこの家を出て、息子と新しい生活をすると息子と約束していた。その日、息子はお嬢様への思いを立ちきり、母は今まで通ることの無かったあの橋を渡る。橋の上を花びらのように飛び舞う雪。

「風花は、晴れたお天気の良い日に、どこからか風に乘って舞ってくるこんな雪のことなんだよ。」

ただこの映画は<にんじんくらぶ>制作ではない。松竹である。岸さんの役の女性がどうしてもっと早くこの家を出ないのかと思ったのだが、今気が付いた。彼女は、自分の行動で、お嬢様の縁談に支障をきたしたくなかったのである。彼女は、姪と思っていたのである。他の家族の扱いがどうであれ、叔母としての心の中での彼女の立場を貫いたのである。

監督・脚本・木下恵介/撮影・楠田浩之/音楽・木下忠司/出演・岸恵子、有馬稲子、久我美子、川津祐介、笠智衆、東山千栄子、和泉雅子(久我さんの子供時代)

 

歌舞伎『三十三間堂棟由来』・映画『三十三間堂通し矢物語』

三十三間堂は、『平家物語』によると、清盛の父の忠盛が、鳥羽院が願っていたので三十三間堂を建て一千一体の仏像を安置したとある。鳥羽院は大変喜ばれ、但馬の国を与えさらに内裏への昇殿を許したのである。文楽等では鳥羽院ではなく、白河法皇となっている。実際には、後白河上皇の時、平清盛の財力で建立が妥当なのであろう。

歌舞伎の『三十三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)』を初めて観た時、解りやすく感動した記憶がある。お柳になった魁春さんが儚い雰囲気で、心の決め方もきっぱりと見せてくれ、柳の模様の衣裳も効果的で印象的であった。調べたら、国立劇場で(2003年)での公演で、歌舞伎鑑賞教室であった。歌舞伎鑑賞教室は歌舞伎に接したことの無い人にも気軽に鑑賞してもらおうとの企画で、学生さんなども、教師に引率されて観にきている。お柳の夫・平太郎が信二郎(現錦之助)さんで好演であった。(中村魁春、中村錦之助、中村歌江、市川男女蔵)

<紀州熊野山中鷹狩の場>では、お柳と平太郎の出会いの場であり、鷹が柳の枝に鷹狩ようの紐を絡ませてしまい動きがとれない。そのため鷹の持ち主が柳の木を切ってしまおうとする。それを、平太郎が弓矢で糸を切り、柳の木を助けるのである。柳の精は、命を助けられる。さっきの鷹主が面子をつぶされたと仕返しに来た時、柳の精は柳の葉で平太郎を隠し助けるのである。この場面は趣向もこらされ、初心者には目にも楽しいものとなる。

三十三間堂は、映画『三十三間堂 通し矢物語』の映像の中でもたっぷり出会うこととなる。成瀬己喜男監督の初の時代劇である。敗戦の年の1月から5月まで撮影が行なわれ6月に公開された。京都ロケの撮影中空襲警報で中断され、東京はこの間に空襲で焼け野原となったのである。検閲も時代劇という事で免れた面がある。

通し矢は、朝六時から翌日の六時までの間に、120メートル先の的を射る矢の数を競うものである。星野勘左衛門が記録を作り、十八年後、18歳の和佐大八郎がその記録を破った事実をもとにしている。この映画を見たあとで三十三間堂を訪れたら、和佐大八郎の額があった。それ以前に訪れた時は、記憶に残るほどの関心を示さなかったのである。

映画では大八郎(市川扇升)の父が、星野(長谷川一夫)に敗れ自害し、そのため大八郎が星野の記録に挑戦し、見事破るのである。大八郎を助け指導した人物が実は、星野であったという筋である。

旅籠小松屋の女将お絹(田中絹代)は未婚であるが、父の亡き後しっかりその宿を守っていた。大八郎の屋敷に2年間行儀見習いに居たことが縁で、大八郎を預かり星野の記録を破るべき五年間導き仕えていた。大八郎は17歳になっているから、10歳から成長を見ているわけである。ついに大八郎の通し矢の日程が決まる。ところが大八郎は弓の腕前に伸び悩んでいた。そこに、星野とは知らず、弓の指導を受けることとなる。一人で練習していた大八郎にとってそれは、力強い応援であった。しかし、大八郎は紀州藩、星野は尾州藩。藩の思惑、星野家の弟の家名のこだわりから、大八郎の邪魔をし、名をかくしていた星野の存在が大八郎に知られてしまう。この辺りのそれぞれの心理と、若者ゆえの迷い、それを見守る星野、見極めがつかぬお絹の揺れが成瀬監督らしい丁寧さで進む。旅籠の室内、武家の茶室の撮る方向など現代物と変らぬ成瀬監督好みである。

通し矢の庶民の盛りあげかたも、三十三間堂の見物人にお寺の者が説明し、辻講釈師に語らせ、噂話でテンションを上げてゆく。そんな中で、星野は自分の意思を通し、自分の誉れよりもそれを乗り越えていく若者の背中を押す。お絹が「立派なお方です」と云わせる恰好良さで終わらせる娯楽時代劇の痛快さをもきちんと盛り込み、秀作となっている。

監督・成瀬己喜男/脚本・小国英雄/撮影・鈴木博/出演・市川扇升、長谷川一夫、田中絹代、田中春夫、葛城文子

このほか成瀬監督の芸道ものは、『桃中軒雲右衛門』(月形龍之介、細川ちか子)、『鶴八鶴次郎』(長谷川一夫、山田五十鈴)、『歌行燈』(花柳章太郎、山田五十鈴)、『芝居道』(長谷川一夫、山田五十鈴)などがあり、長谷川一夫さんは、成瀬監督が、素知らぬふりをして、芸人の世界に通じていたことを、「これは親切な人でね。いけずの親切ですからね(笑)」といわれている。

桃中軒雲右衛門のお墓が旧東海道品川宿の天妙国寺にあるらしい。後から後から見つかって、手に負えない。困窮。

さらに、『三十三間堂棟由来』<平太郎住家の段>のCDを購入していたのである。浄瑠璃が竹本越路大夫さん、三味線が野澤喜左衛門さんである。越路大夫さん引退後も、住大夫さんは指導を受けに訪れられていた。いい声である。それだけに住大夫さんの鍛錬のほどがわかる。進めば進むほど困窮。箱根の峠越えどころの話ではない。天下の嶮がどこまでも続いている。

 

映画監督 ☆川島雄三☆ 『女であること』『赤坂の姉妹・夜の肌』『花影』

『女であること』  川島監督が、日活から東宝(東京映画)に移っての一作目である。川島監督は<今度は自分の好きなものを撮れると思ったがそうはいかなかった>と言われている。原作は川端康成さんである。

美輪明宏さんが若い頃の妖艶さで先ず歌い、タイトルとなっていく。歌はここだけである。なんとなく女の繊細というか、固執というか、面倒臭さを感じさせる。悪い予感。殺人者の弁護を引き受けた弁護士・佐山(森雅之)が、妻(原節子)の考えもあり、殺人者の娘・妙子(香川京子)を自分の家に引き取る。いつしか穏やかな日常に、妻の友達の娘・さかえ(久我美子)が同居することにより、家の中のバランスが崩れてゆく。さかえは自分が何をやりたいのか見つからず、佐山夫妻の愛情を独り占めにして、埋めようとする。

妙子には、大学生の恋人(石浜朗)がいる。妙子はさかえがきたことによって居場所を失い恋人のもとに走るが上手くいかない。さかえは、佐山の弁護士事務所で働くが、自分の行動に自分で制御できなくなり、夫妻のもとを去る。妙子の父も佐山の弁護により死刑とならず、妙子も仕事を見つけ自立する。夫妻の間には、10年ぶりに子供が授かる。

この間のそれぞれの心理描写にせまるのであるが、さかえの行動には、もういい加減にしてと言いたくなる。原作は長編のようである。原作を読まないで言うのもおかしいが、川島監督もよく粘ったなあと思う。原さんは小津監督の映画と違い、たたみかける科白も多くあり、あの科白の少ない独特の美しさではない。小津監督が創られた原さんのイメージが見る側に出来上がっているので、少々戸惑う。この夫婦にとって、妙子もさかえも、子供がいないゆえの倦怠からくる埋め合わせだったのであろうかと、見終るとなぜかすっきりしない。

この家は丘の上にあって、そのことによって、家の中に幾つかの階段が造られる。その階段が、動きの少ない家の中にも動線をつくるのである。

原作・川端康成/脚本・田中澄江、井手俊郎、川島雄三/撮影・飯村正/出演・原節子、森雅之、久我美子、香川京子、三橋達也、石浜朗

『赤坂の姉妹・夜の肌』  信州から娘(川口知子)が出てきて、国会の門の前に立ちりんごとお花を添える。守衛からあの事件はこちらの門では無く南門だと言われる。樺美智子さんの死を思い起こさせる場面である。この娘さんが向かうのは赤坂の姉たちのところで、長女(淡島千景)はバーを開いている。次女(新玉三千代)はバーを手伝っているが、姉の生き方に同調出来ず姉のもと恋人(フランキー堺)と一緒になる。

政治家のうごめく赤坂で、長女はついに料亭の女将となる。彼女はかつて新劇の劇団に参加していたが、生活のため、その夢を捨て夜の世界をのし上がっていくのである。色仕掛けもあるが、それよりも、よく動くのには感心してしまう。確かに自分の利に叶う男を引き付けていくが、男たちの真実も怪しいから、次女が反発するほど、悪女にはとれない。長女と次女がつかみ合いの喧嘩する場面の動きは見事である。特に淡島さんは、テーブルの上を着物で飛び上がったり、尻もちをついたり、運動神経が良いのであろう。淡島さんは、<私はどの監督にも、監督の言われた通りにするだけです>と言われていたが、そこが、多くの監督に起用された原因なのかもしれない。言われた通りにするということは出来るから言えるのである。ふすま一枚分の見える空間で真ん中にテーブルがあり、そこを左右に淡島さんと新玉さんを動かして、喧嘩のすごさを想像させる。

次女は恋人を追ってブラジルへ、三女は、政治活動へと、三姉妹は別々の道をあゆむ。最後に、チェーホフの「三人姉妹」の科白を淡島さんがつぶやく。<私は全力を尽くした。出来るものなら、もっと上手にやってみるがいい。>

伊藤雄之助さんが政界の実力者の味を出していて好演である。蜷川幸雄さんが学生運動家として出ている。久慈あさみさんが淡島さんと昔新劇仲間で、今も女優を続けていて、夫(三橋達也)と別れて伊藤雄之助さんと一緒になるつもりであったが、淡島さんにとられたかたちである。。赤坂はもう5年くらいで先がないと、赤坂の料亭を伊藤さんに売り、次の手を考える山岡久乃さんが淡島さんの一歩前を進んでいるたくましさが上手い。

加藤武さんが、ナレーションで、赤坂を紹介する。日枝神社、豊川稲荷、氷川神社も出てきて川島監督の町の紹介の少しひねたエスプリが好きである。

原作・由起しげ子/脚本・八住利雄、柳沢類寿、川島雄三/撮影・安本淳/出演・淡島千景、新玉三千代、川口知子、伊藤雄之助、三橋達也、田崎潤、久慈あさみ、山岡久乃、蜷川幸雄

『花影』 原作が大岡昇平さんで、この小説の主人公にはモデルがあったらしい。池内淳子さんの映画復帰第一作で、川島監督は原作に忠実に撮ったと言われている。この作品は小説も読んでみたいと積んであるので読んでからと思ったが、いつになるか判らないので簡単に終わらせておく。映像が岡崎宏三さんで「花影」調ともいわれる映像らしいが、池内さんと池部さんが夜桜を見に行き、池内さんの顔に桜の影がうつるのが印象的であった。

義理の母にそだてられ、15歳から銀座で働き始め、自分の今の年齢から、この銀座で生きていく先行きのなさと、男にも自分にも愛想がつき、義理の母に遺書とアパートの鍵を送り薬を飲むのである。始めに三年一緒に暮らした大学の先生(池部良)が別れていくとき、部屋の窓から下の道路を見下ろし男の姿を見送る場面がある。その時、赤いポストが目につく。そのポストから遺書と鍵を投函するのである。川島監督はこういう手法をよく使う。

男に尽くすタイプであるが、甘えて見返りをもらうタイプではない。こうなるのも成り行きであり、どう修正しようにもできなかったのである。そして、惚れこむのが、お金のない男になのである。一番の原因は池部さんであろうかと思うが、原作を読んで、川島監督がその辺をどう描いたのかもう一回検証したい作品である。別れたのに再会し、男の狡さが分かっていながら、また惹かれ、そんな自分を始末するのは自分しかいない。であるなら、『花影』の題名もいきるのだが。

全然解釈が違っていたら、それもまた楽しである。

原作・大岡昇平/脚本・菊島隆三/撮影・岡崎宏三/出演・池内淳子、佐野周二、池部良、高島忠夫、有島一郎、三橋達也、淡島千景、山岡久乃

池袋の新文芸坐で、川島雄三監督の特集があり、その中で見ていない映画が、8本ある。上映できる映画がまだ8本もあるということで、出会える楽しみを先に延ばしたと考えればよいわけである。

 

 

映画監督 ☆川島雄三☆ 『喜劇・とんかつ一代』『イチかバチか』

川島監督は50本の映画を撮られた。49本目が『喜劇・とんかつ一代』、50本目が『イチかバチか』である。 (『飢える魂』『続 飢える魂』を一本とする。これは続けて撮ったらしく、長さから2本にしているが、川島監督はシリーズ化をしない監督であるので、撮るときは1本の感覚で撮っているように思うので1本とする)  最後の作品が『イチかバチか』のタイトルで、最後まで映画に自分の全てを賭けられたようで、喜劇であるというのも監督らしい。

この映画の公開数日前に亡くなられ、飲み屋の借金は全て返されていたらしい。それも、亡くなって数日後に川島監督の自筆で届いたところもあり、益々、伝説の残るかたである。筋肉が次第に委縮する病気に罹られていて、最後に喜劇で終わるというのは、ご自身の肉体の対極であり、監督が自分と闘いつつ最後まで楽しんで映画を撮られていたのだと想像し、こちらは大いに笑い、時にはクスクスとほくそ笑み楽しませてもらう以外に居場所は無い。『喜劇・とんかつ一代』の時、お隣に座っていた高齢のかたが、途中で帰られた。時々、ブツブツつぶやかれていた。どうも不満だったようである。 「監督、帰られたかたがいましたよ。」「フフフフッ!帰られげしたか。」 帰られたかたは、バカバカしいと思われたか、これが川島か!と思われたのかもしれない。巨匠にならなかった監督の「フフフフッ!」である。

川島監督は常に新たなものを求めて、当たってもシリーズ化しなかった。『喜劇・とんかつ一代』の後の『イチかバチか』では、俳優陣を一新している。東宝時代は、大映で、<女>を描いている。自分の主義のためには撮らないという監督ではない。ご自分の病から、そんなことは贅沢と思われたのかどうか。外部から病と仕事を並べることを好まれなかったであろうから、やはりクスクスしかない。

『喜劇・とんかつ一代』。原作・八住利雄/脚本・柳沢類寿/撮影・岡崎宏三/出演・森繁久彌、フランキー堺、加東大介、淡島千景、団令子、三木のり平、池内淳子、小暮実千代、山茶花究、横山道代、水谷良重(現八重子)、岡田真澄、益田喜頓

森繁さんは、トンカツ屋の主人で、奥さんが淡島さん。淡島さんの兄が加東さんで、レストラン(上野精養軒がモデル)の料理長。加東さんの息子がフランキー堺さん。加東さんの奥さんが小暮さんで連れ子が池内さんで、その夫がクロレラを研究している三木さん。森繁さんは加東さんの下でフランス料理の修行をしていたが、加東さんの息子のフランキーさんが継ぐのが良いとして、加東さんの下を離れ、一流のトンカツ屋となっている。加東さんにしてみれば、自分の下を去った理由が判らず許せない。期待の息子は、料理ではなく、経営の方に興味があり、レストランを、父のかつての友人の益田さんに買い取らせ新しい経営を吹聴する。恋人が団さんで、フランキーさんはビジネスのため益田さんの娘・横山さんとも付き合う。団さんの父が山茶花さんで豚殺しの世界選手権にでるような名人である。

そこに、箸とおしぼりを研究にきているフランス人の青年・岡田さん、芸者のりんごちゃん・水谷さんが絡む。森繁さんがお気に入りの女性は皆果物の名前がついている。りんごちゃん(帯の柄がりんご)を筆頭にバナナ、メロン、パイナップル等がトンカツ屋へ挨拶に来る。そして、奥さんの名が柿枝で柿のレイを淡島さんの首にかけ、ヨイショする。そんなショート、ショートが間に入る。間でショートを楽しみ、それぞれの間を楽しみ、どうしてそういう動きを考えだすのだろうと楽しんでいるうちに上手く話はまとまっていく。

三木さんと池内さん夫婦はクロレラを使っての料理しか食べない。三木さんは内緒で森繁さんのトンカツ屋に入る。見ている方はばれるでしょうにと、その後の演技を楽しみにする。小暮さんが来ていてばれてしまう。それぞれが、あれ?あれ?あれ?の伝達が楽しい。連鎖反応。この研究家は認められアメリカにいくことになる。外国へ行くのは、映画の中での出世、別れ、の常套手段である。

役者さんを動かすために、セットも動線を考えて造られている。川島監督は、階段を使う。家の中などにも、段差をつける。そのことによって、左右だけではなく、上下の動きもでる。身体の動きのリズム感も違ってくる。

上野の不忍池弁天堂では<豚魂祭>(だと思います)が行われて当時の不忍池周辺も味わえる。レストランからのテラスには、動物園への近道との案内板があり、すぐ隣りが動物園で動物の鳴き声がしている。見たり聞こえたりして、なぜ?と思ったことに関してきちんと何処かで謎解きがなされるようになっている。ただテンポがあるので、それに乗っていかないと、なんなのこれ訳わからないとなってしまう。トンカツの講釈も述べられるが、記憶する能力にかけるからその場で聞いて、その場で忘れる。

これだけの出演者がいれば、役者さんをどう動かすのか想像するだけでも見たくなる。森繁さんが何か歌われるが、歌よりも映像に追われて歌詞がよく判らなかった。あっても無くてもいいような歌と思うが、川島監督は歌を入れるのが好きである。

『イチかバチか』。原作・城山三郎/脚本・菊島隆三/逢沢譲/出演・伴淳三郎、ハナ肇、高島忠夫、水野久美、山茶花茶、谷啓、団令子、横山道代

先ず200億の現金が積み上げられる。製鉄会社の社長・伴さんは、現金を見ないとやる気が起こらないという。その現金を前に、鉄関係が冷え込んでいるのに、200億の私財を投じて大製鉄所を造る事を決心する。イチかバチかの大勝負である。この現金、終盤にも出てくる。是非わが町へと県や市の政治家が動く。その一つの東三市の市長・ハナ肇さんが調子よく伴さんに東三市をアピールする。伴さんのところには、かつて借金を申し込んだが断られ自殺した友人の息子・高島さんが他の会社から引き抜かれてやってくる。早速、東三市の市長と市の偵察を仰せつかる。行ってみると、必要な土地の広さはない。この映画は弁舌である。土地の前は海。後ろの山を崩して埋め立てれば、その場所は確保され、新たな道も出来る寸法である。

これは開発の常套手段である。環境派の人は見ない方がよいかも。何が噓で何が真実なのか。などと深刻になるほどの内容ではないが、東三市では、大風呂敷の市長に反対する市議・山茶花さん等が市民集会を開く。そこへ、市長が弁明のため現れる。市長はこの誘致のため相当のお金を使っている。ところが、それは全て自分の個人的お金であった。市税は使っていない。そのことを弁明に伴さんが登場する。

伴さんは、市議たちは、この集会のために、公共の施設をただで使い、マイクも全て公共のものをただで利用している。ところが、市長は車は自分のもの、宣伝ようのスピーカーは、電器店から借りて、公共のものは使っていない。些細なことだが、それが大事なのだという。伴社長清貧といえば聴こえがよいが、ケチに徹している。

市議は、市長には3人もの女がいるという。芸者と秘書と未亡人である。そうだと市民は盛り上がる。秘書(水野久美)は自分は市長とはそんな関係ではなく、今日結婚したと告げる。それを受けて谷啓さんが、その結婚相手は自分で戸籍係りだから間違いないと名乗り出る。市長は未亡人との結婚届を今日出しました、女(横山道代)はひとりですと宣言する。戸籍係りは確かに市長の結婚届は受理したと叫ぶ。戸籍係が出てきたのには笑ってしまった。

最後、この誘致は実現可能な話なのか、疑心暗鬼の市民に、伴社長は、では現金をお見せすると、市議会室に200億積み上げるのである。辻褄が合います。人間現金を見なければ信用できないのです。人のお金で失敗する政治家のかたは後をたたない。自分で働いて得たお金ではないのだから、もっとも信用してはいけないお金なのに。