前進座 『東海道四谷怪談』(1)

前進座 創立85周年記念 中村梅之助追悼 5月国立劇場公演

今回の前進座公演『東海道四谷怪談』には「深川三角屋敷の場」もはいっている。この場面が入ると入らないでは、『東海道四谷怪談』の厚みが違ってくる。

<東海道>がどうして前につくのか、東海道を歩くものとしては気になり、あれこれ考えてしまった。<東海道>は赤穂浪士の<義士に至る道>である。赤穂城を明け渡し、仇討をきめ、江戸へ義士としてはいるための道である。<四谷怪談>のほうは、江戸にありながら、義士たちから外れたものたちのはなしである。

鶴屋南北(四世)さんは、市井の人々のなかで実際に起こった事件を組み込みながら、義士を表とするなら裏を面白くみせる芝居を考えたとおもわれる。それも怪談という、まさしく裏街道のはなしである。四谷には四谷大木戸があったがこれは東海道ではなく、甲州街道と青梅街道につながっていて東海道からずれている。青梅とお梅。これまた面白い。お梅にほれられて、伊右衛門の方向性が全く変わってしまうのである。考えすぎであるが。お岩の父が四谷左門であるから、そのあたりともいえる。色々詮索したくなる南北作品である。

『東海道四谷怪談』は初演の時、忠臣蔵が一番目の狂言でありそのことがわかっていて南北さんは、忠臣蔵に関連づけてかかれたのが定説のようである。なんにせよ、臨機応変の南北さんである。

前進座にとっては、三回目の上演で、34年ぶりである。河原崎國太郎さんがお岩で、嵐芳三郎さんが民谷伊右衛門を受け持つ。おふたりは前進座第三世代の中心である。そして、「深川三角屋敷の場」を、藤川矢之輔さんが直助権兵衛、忠村臣弥さんがお袖、客演の瀬川菊之丞さんが佐藤与茂七である。

伊右衛門は、お岩とお袖の父であり自分の舅でもある四谷左門を殺す。直助はお袖の夫の与茂七を殺し、自分たちが仇をとるとお岩と妹のお袖をそれぞれの家に連れて行く。この時の上手の伊右衛門と下手の直助の悪人としての姿がはっきりと描かれ次への足掛かりとなった。じつは与茂七と思って殺したのが人違いであったが、顔の皮をはがしわからなくしてしまい、与茂七とおもわせるあたりも猟奇的悪をつよめる。

四谷左衛門と与茂七は赤穂浪人で与茂七は塩谷判官のかたき討ちに参加している。その二人が亡くなったわけで、お岩とお袖は親と夫の仇をとってくれるという伊右衛門と直助を頼るしかない。ここに、ウソの仇討ちができあがる。伊右衛門も直助ももとは塩谷家につながるものたちなのである。そこを断ち切る。<仇討ち>という表と裏がチラチラと見え隠れである。

お岩は子供を産み産後がおもわしくない。そんなお岩が伊右衛門はうっとうしくなっている。そこへ、隣の伊藤家から出産のお祝いと、産後にきく薬をお岩においていく。お岩に言われ伊右衛門は伊藤家にお礼にいく。

薬を飲んだお岩は顔をおさえ苦しみもだえる。伊藤家は孫娘のお梅が伊右衛門に一目惚れしてお梅を輿入れさせるためお岩に毒をわたしたのである。

ここからお岩の醜い顔となり髪の毛が抜ける場面であるが、照明が暗くわかりずらい場面であるが、今回照明があかるく一つ一つの動作がみやすく、変貌のさまがわかった。國太郎さんのお岩はやつれてはいるが美しく、伊藤家が伊右衛門のお岩に対する気持ちを絶つために考えた陰謀のねらい目が納得できた。

ただ、柱に刺さった刀にお岩が誤って首を刺し亡くなる場面は明るすぎてしどころが見えすぎてしまうのでここまではすこそづつ照明を暗くしたほうが意外性がでるであろう。

伊藤家の狙いは見事功を奏した。伊右衛門は、お岩をみかぎり質いれにと蚊帳まで持ち出してしまう。江戸での蚊帳は生活環境から必需品である。それも幼子にとっては。蚊帳まで持ち出す伊右衛門は、その非情性を増幅させる。南北さんかためていく。

伊右衛門は、伊藤家のおかげで塩谷家にとって仇の師直への仕官の道もひらけ、お梅と祝言の運びとなるが、お岩の亡霊によって、お梅もその祖父をも殺してしまう。お岩の反逆がさく裂する。

『四谷怪談』の映画のポスターなどは、この殺しの場面の伊右衛門の顔とお岩の顔が大写しとなり<怪談幽霊映画>のイメージをアピールしていた。それだけで観たい観客と観たくない観客にわかれた。観たくない観客にはいるが、今回は数種観させてもらった。