シネマ歌舞伎『阿古屋』

歌舞伎『阿古屋』に関してはこちらにて。 歌舞伎座 十月歌舞伎 『阿古屋』

シネマ歌舞伎『阿古屋』のほうは、稽古風景のドキュメンタリー映像も含まれていて、今回はこれが楽しみでもありました。玉三郎さんの後輩に対する一言に興味があります。

太鼓奏者の林英哲さんの構成を玉三郎さんが担当されたときのことです。演奏場所が取り壊し前の倉庫で何をしても良いということで、林さんは、床に水を張って大太鼓がツ―ッと舟のように出てくるようにしたいと玉三郎さんに話したところ「お金はあるの?」ときかれたそうで、中途半端なことはしないほうが良いといったのだそうです。ひとりで太鼓を打つということをみせるだけで十分。その言葉に押され林さんは、25分間大太鼓のソロ演奏を初めてされたのです。

太鼓を打つ姿と音で勝負する。姑息な手段は使わない。厳しい。しかしお客さんを満足させられたら、それは、奏者にとってこれほど確かな手応えはありません。林さんは、完成度と充実度の高いライブであったと語られています。

シネマ歌舞伎の中で、玉三郎さんは語ります。玉三郎(五代目)を襲名した時、養父である守田勘弥(十四代目)さんに「二十歳までに、女形の全てを身につけるように」と言われ、その時から、阿古屋の役へつながっていたと。

玉三郎を襲名されたのが14歳ですから、20歳までの5、6年間の修業がどんなものであったか。それは今の玉三郎さんを観ればわかることなのでしょう。

『阿古屋』での取り調べる側の岩永左衛門は人形振りで演じますが、亀三郎さんが初役で挑まれていますが、練習で玉三郎さんは何んと言われたおもわれますか。「人のかたちを少しずらすと人形らしくみえるのよ。」亀三郎さんの表情が何とも言えません。その言葉を聞いた途端、でました!と思いました。聞いているこちらのほうが、えっ!ということは、人のかたちというものを身体がとらえていなければ、どう動かせばよいかわからないということではないですか。

いわれていることは、基本なのですが、修業の差がありすぎるんです。おもわず亀三郎さんの気持ちに寄り添ってしまいました。う~ん!

しかし、動けて笑いをもらえるほうが良いかもしれません。秩父庄司重忠の菊之助さんは良いかたちで、黙って動かない時間がながいのです。榛沢六郎の坂東功一さんなどもずーっとですからね。舞台は4人です。映像にすれば映らなくても舞台であれば見えていますから。菊之助さんなどは、形よく聴き入りますが、聴き入ってはいけないのでしょうね。詮索する側なんですから。役柄としても実際にも、玉三郎さんの今日の琴は調子が違うなあとか思う事もあるのでしょうか。聞いてみたいところです。

阿古屋の伊逹兵庫の鬘は重そうで、打掛は脱いで胴抜き姿ですが、帯は俎帯(まないたおび)で、それで、琴、三味線、胡弓を弾くのですから大変とおもいますが、そんな様子など映像でアップされても全然感じません。そのため、こちらも大変ということを忘れさせてもらって堪能させてもらったわけです。

DVDから時間が経過しているのですから、何かが変化していると思うのですが、スクリーンの大きな映像に圧倒されてもいて、その変化がわかりませんでした。どちらも完璧に思えてしまうのです。見つけられなかったというのも少し心残りです。