『平家物語』と映画『天国と地獄』の腰越(1)

腰越>は、『平家物語』にも出てきまして、歌舞伎にも『義経腰越状』という作品があり気になっている場所ではあったのですが、<腰越>一箇所ではと思い組み合わせ場所を探さなければと考えていたのです。ただ歌舞伎の場合、現在上演されている部分は<腰越状>とはあまり関係ないのです。

ところが、黒澤明監督の映画『天国と地獄』を見直していましたら、<腰越>が出てきました。それではと、観光も兼ねて江ノ電腰越駅へと出かけることにしました。

映画『天国と地獄』は、誘拐犯と警察の攻防で、誘拐された子供が会社重役の子供ではなくそこの家のお抱え運転手の子供で、身代金を要求された重役は、苦悩のすえ身代金を払うのです。重役は、靴職人の見習工からのし上がった靴製造メーカーの常務である権藤金吾で、お金をかき集め自分が会社のトップになれるという時に身代金3000万円を要求されるのです。

犯人の要求通り、身代金の入っている鞄を特急の「第二こだま」から酒匂川(さかわがわ)の土手へ投げ落とし無事、子供は取り返すことができました。この場面までが、権藤の人生が大きく変わる起点でもあり、ここからが警察の捜査陣と犯人との闘いとなるのです。

身代金を投げ落とす場所が酒匂川に架かる鉄橋からで、この場面に関して新聞の映画記事になったこともあり興味深い場所でもありました。旧東海道を歩いた時に国道1号線の酒匂橋を渡り歩きました。鉄橋の位置からする東海道は駿河湾に近い位置にあり、権藤が警察の車で誘拐された進一のもとに訪れる時後方に映っているのが酒匂橋です。今は酒匂橋と東海道本線との間に小田原大橋ができています。そして、東海道本線の横には東海道新幹線が走っているのです。

映画『天国と地獄』は、1963年公開で、初の電車特急「こだま」が運行したのが1958年、東海道新幹線が開業したのが1964年ですから、特急こだまの前面部分と内部を見れる貴重な映画ともいえます。

黒澤監督の助手であった野上照代さんの話しによると、本物の「こだま」を編成ごと借り切っての撮影で、犯人からの電話が「こだま」の電話室にかかります。電車は国府津駅を通過したところで、次の鴨宮駅が左にカーブした土手に進一がいるから顔を確かめて鉄橋を渡ったらお金の入った鞄を洗面所の窓から投げろとの指示なのです。

同乗して車内を警戒していた警察もその時点で初めて知るわけで、それぞれが、映写のため車内を走り位置につきます。犯人があと2、3分で鉄橋にさしかかると言っていまして、その間に行動するわけです。映画ですから、台詞をいいつつきちんと演じなければなりません。車内場面だけでも、3カ月リハーサルをしたそうです。

進一の顔を確かめて鞄を投げる権藤の姿は、戸倉警部が権藤という人物を全面的に信頼する場面でもあるとおもいます。そして犯人に憎悪を燃やします。権藤はお金がなくなり、これで、会社から追い出される人間になったのです。権藤金吾が三船敏郎さんで戸倉警部が仲代達矢さんです。三船さんの鞄を投げたあとの緊張感のゆるみが、演じ切ったというところでしょうが、そのまま権藤が進一の姿を確認でき犯人の言う通りに出来たという安堵感と重なって観ているほうの臨場感もたかまります。

警察役が映写していると同時にその姿を映画スタッフも撮影しているわけですから、その時の動く外の風景そのままなのです。橋を渡る時間は1分位です。

先ず東海道線の在来線で酒匂川の確認です。鴨宮駅から小田原駅まで車中のドアから見ましたが、ガラス部分の丁度顔あたりに広告が貼ってあり、変な格好で酒匂川をみることとなり、小田原から鴨宮にもどるときは、対向電車とすれ違いよくわからず、再度、鴨宮から小田原へ向かいもどり二往復しましたが、風景が変わっていてよくわかりませんでした。ただ、在来線の電車でも短い時間ですから、「こだま」の速さにすると、本当に緊張するとおもいます。今の在来線で鴨宮から小田原まで3分です。前の1分が川を渡る時間と考えていいでしょう。

土手に進一と共犯者が立っている場面は、実際にはその前に二階建ての家があり二人の姿が「こだま」から見えないため二階部分を壊してもらい、その日の内に大工さんを連れて行き元にもどしたそうです。映画で、屋根の部分の木材が格子のように見える家がありますが、それのような気がします。

権藤と警察は横浜から「こだま2号」に乗ったでしょうが、横浜15時41分に出発して小田原を通過して熱海到着が16時37分です。熱海まで警察は動けません。「はと」ですと横浜を13時22分に出て、小田原に14時01分に着き、熱海に停まらず沼津までいきます。小田原で停まられては逃走する時間ががないので都合が悪いのです。なぜ「こだま」に乗るように指示したかがわかります。20分位は時間稼ぎができます。

いかに頭の働く犯人かということがわかります。ここから警察と犯人の攻防戦となるわけです。

さてこちらの旅は、藤沢駅にて江ノ電に乗り換え腰越駅へと向かったのです。

 

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