音楽劇『マリウス』と前進座『裏長屋騒動記』

3月日生劇場での音楽劇『マリウス』は、映画監督山田洋次さんが脚本・演出で、5月国立劇場での前進座『裏長屋騒動記』は、脚本が山田洋次監督で演出が小野文隆さんでした。

『マリウス』(「マリウス」「ファニー」より)は原作がフランスのマルセル・パニョルで、日本映画としては日本を舞台として山本嘉次郎監督の『春の戯れ』、山田洋次監督の『愛の讃歌』があります。

あらすじとしては、フランスの港町のマルセーユで恋仲のマリウス(今井翼)とファーニー(瀧本美織)が将来を約束しますが、マリウスは船乗りになる夢が捨てがたく、マリウスの気持ちを尊重してファニーは彼を後押しして海に出してしまうのです。ファーニーはマリウスの子どもを身ごもっていて、マリウスが数年してもどったときにその事実を知りますが、ファニーは、お金持ちの商人・パニス(林家正蔵)と結婚していました。

マリウスは自分の子どもであると主張しますが、その時マリウスの父・セザール(柄本明)がマリウスにいう言葉が心に沁みます。「あの赤ん坊は生まれたときは4キロだった。今、9キロもある。その5キロがなんだかお前にわかるか。情愛ってやつだ。その5きろのうち情愛を一番たくさんやってるのがパニスだ。」

ここにきて、セザールの柄本明さんが、この台詞で全部持って行かれた感じでした。それに負けじと最後は今井翼さんが、『男はつらいよ』のテーマソングから始まるフラメンコを披露してくれました。新橋演舞場での『GOEMON 石川五右衛門』のときよりもフラメンコの腕が上がっていました。

フラメンコは盛り上がりましたが、音楽劇のためか、港町の様子の人物設定などはよく作られたと思いますが、セザールが経営しているカフェでの人々の動きに物足りなさを感じさせられ、そのあたりが残念でした。

映画『春の戯れ』(1949年)は、高峰秀子さんと宇野重吉さんの共演とあって数年前に観たので記憶が薄れていますが、場所は明治の始めの品川で、初めのほうの、宇野重吉さんのマドロスには違和感があり、後半は高峰さんがしっかりした奥さんになっており、二人が再会しての高峰さんと宇野さんの台詞のやり取りにはさすが聞かせてくれますという場面でした。その程度の記憶でしたので、『マリウス』と『春の戯れ』が同じ原作と知り、あの違和感は日本の設定にしたということのように思えました。

映画『愛の讃歌』(1967年)のほうは、舞台と違いカメラが動いてくれますから、設定場所も自在に動いてくれます。場所は瀬戸内海の港町で伴淳三郎さんの食堂を手伝いながら小さい妹を育てるのが親のいない倍償千恵子さんで、恋人役が中山仁さんです。この食堂に集まるのが、個性派の千秋実さん、太宰久雄さん、渡辺篤さん、左卜全さんと医者の有島一郎さんたちです。

海からもどってきた息子は事実を知って父の伴淳さんと対立して飛び出し、その後父親は亡くなってしまいます。倍償さん親子と妹を預かっていた有島さんは、倍賞さんに居場所のわかった中山さんのところへ行くように勧め、見守っていた食堂の仲間たちは、港から倍償さんと子供を見送ります。亡き伴淳さんの親心に対し有島さんがこれでいいだろうというところが、この映画の心でもあります。

港の人々の生活感や心情などからしますと、映画『愛の讃歌』が一番若い二人を支える心情がしっくりくる作品となりました。

前進座と山田洋次監督のコラボ『裏長屋騒動記』は、落語の「らくだ」と「井戸の茶碗」を合わせての喜劇そのものとなりました。裏長屋に嫌われ者の<らくだの馬>と「井戸の茶碗」の<浪人朴斎とお文の父娘>を隣同士に住まわせるという設定がよかったですね。突然らくだが朴斎の家にフグを料理するために庖丁を借りに来たのには驚きと笑いでした。別の噺の登場人物がお隣さん同士なのです。考えてみればありえますよね。

この噺とお隣さん同士をつなぐのが、くず屋の久六です。自然に行き来できる人物で大活躍です。

それを取り巻く長屋の住人。井戸端と共同便所。これで、裏長屋で二つの噺が展開できます。落語では、らくだは嫌われものであったということですが、芝居では嫌われ者のらくだの馬が登場して、亡くなっても長屋の人々はホッとするのがよくわかります。

馬の兄貴分の緋鯉の半次がこれまた強面のごり押しの人物ですから長屋の人もさっさと帰ってしまい、そこからは半次とくず屋と大家と死人の馬とのやり取りですが、これはよく知られているのではぶきます。

朴斎は元武士ですから考えが硬いのです。くず屋は朴斎から買った仏像を高木作左衛門に売りますが、その仏像から50両でてきます。作左衛門はお金は受け取れないとし、朴斎も受け取れないとくず屋は行ったり来たりあたふたです。生真面目な売り手買い手と、とんでもないキャラの作左衛門の藩主赤井剛正が登場したりしますが、お文は作左衛門とめでたく結ばれ、長屋から木遣りのなか嫁入りとなります。

笑い満載の『裏長屋騒動記』でした。お芝居の基本がしっかりしていて、それを膨らます役者さんの芸もそろい、気持ちのよい笑いを楽しむことができました。前進座の大喜劇作品が一つ加わりました。

くず屋久六(嵐芳三郎)、緋鯉の半次(藤川矢之助)、らくだの馬(清雁寺繁盛)、朴斎(武井茂)、お文(今井鞠子)、高木作左衛門(忠村臣弥)、赤井綱正(河原崎國太郎)

先代の國太郎さんが出演している『男はつらいよ』12作「私の寅さん」は、旅に明け暮れる寅さんが、おいちゃん夫婦と博・さくら一家が九州に旅行に行ったため留守番をするという逆パターンの作品で、寅さんは自分が心配しているのに電話をしてこないと怒ります。そこから自分がいつも心配されていることには一向に気がつかないという寅さんらしさが可笑しいのです。

マドンナの岸恵子さんが売れない絵描きで、その恩師が國太郎さんで、出は少ないですが、岸さんが想いを寄せていた人が他の人と結婚することをさりげなく告げるという重要な役どころです。岸さんのコートの裏があざやかな緋色なのも印象的な作品です。

前進座が創立80周年記念作品として上演された『秋葉権現廻船噺』は観ていないのですが、日本駄右衛門が主人公で七世市川團十郎も演じています。7月歌舞伎座は海老蔵さんが通し狂言『駄衛門花御所異聞』で演じられます。楽しみですが、海老蔵さん飛ばし過ぎのときがありますから、しっかりとした作品に仕上げられることを期待しております。