歌舞伎座7月『源氏物語』

  • 歌舞伎での『源氏物語』観劇は、2000年(平成12年)の瀬戸内寂聴さん訳、大藪郁子さん脚本でが初めてである。次の年には瀬戸内寂聴さんが脚本も手掛けられ「須磨」「明石」の場が上演され二年連続の上演で話題になった。歌舞伎で初めて『源氏物語』が上演されたのは、1951年(昭和26年)で舟橋聖一さん脚色、谷崎潤一郎さん監修、久保田万太郎演出で、菊五郎劇団、猿之助劇団の合同に当時海老蔵を名乗っていた十一代目團十郎という絶好の源氏役者が加わって、歌舞伎好きのものならず、世間一般でも大評判になったと2000年のチラシに書かれている。この舟橋聖一物の『源氏物語』も観たかった。

 

  • 今回はさらに新しくなっての通し狂言『源氏物語』である。先ずは芝居の流れについて行くしかない。花道から紫式部が登場し、説明をはじめる。ここからつまずいた。紫式部(萬次郎)は、石山寺で琵琶湖の湖に映る光輝く月をみて物語りを思いついたといわれている。事実かどうかはわからないが、石山寺に行き、本堂に紫式部の人形があり、ウソだとしてもこの設定は好いと思っていたので、花道なのとおもってしまった。萬次郎さんの声が独特で長い説明もよく通るのでそこは静かに聴かせてもらった。全体的にいえば、歌舞伎役者は説明的部分を受け持って、時として光源氏の海老蔵さんが心の中の言葉を短く発するのである。

 

  • 光源氏のもっと細やかな心の内は、オペラ歌手のかたが二人、闇の精霊と光の精霊とに分かれて歌われるのである。イタリア語なのでしょう。歌詞が全然わかりません。そのため、光源氏の内面を言葉で理解することができません。どうすればいいのでしょう。大詰めになってから、芝居の流れがわかり、これは、桐壷帝と光源氏と春宮の心の闇からの脱却なのだと思えた時、オペラ歌手の方の声が祝福とおもえてジーンときてオペラの力を感じました。実際の所、歌詞がわからないのであるからそうなのかどうかわからないが、感じた物勝ちとする。闇の精霊(アンソニー・ロス・コスタンツォ)、光の精霊(ザッカリー・ワイルダー)

 

  • 親子の関係からいいますと、光源氏の幼い頃の光る君と春宮の二役をする堀越勸玄さん、大手柄と言える。二役だが同じ雰囲気で同じようなセリフである。それが、光の君が幼い頃、源の姓を賜り降下したときの父に対する気持ちと、自分が父親だと言えない光源氏に対する若宮の気持ちが一致して見事に重なって伝わってくるのである。複雑な人間関係をも表す難易度をこなしてしまった。或る面では、この芝居で歌舞伎役者が表現すべき内面を、オペラと能に手渡してしまったことを知らしめたともいえる。

 

  • 光源氏は多くの女性との関係から様々な波紋を広げていきそれが意外な繋がりとなってまた違う波紋を描いていく。今回の『源氏物語』は、父と子の関係が主眼であるから、関係した女性の登場は葵の上、六条の御息所、六の君、明石の上の四人。母の面影を求めその恋しさから愛を求めた藤壺は登場せず説明。左大臣の娘である葵の上は正式の妻となり子も授かります。葵の上は児太郎さんで、光源氏の海老蔵さんとの間で愛について模索する場面があるが安易に結論がでてしまう。

 

  • 葵の上が子を誕生させたことによって六条の御息所の芝雀さんは押さえていた気持ちが嫉妬にかわり、それが生霊にかわる。その場面に能が加わる。一瞬にして生霊の世界である。かなわないなと思ってしまう。歌舞伎が盗んでまでこの能の様式を歌舞伎の世界にするとすればどう表現すべきなのかを辛苦しつつ工夫をしてきたその歴史を想い描かかされた。もうひとり光源氏の子がいる。藤壺との間の子で、春宮であるが父とは名乗れない関係である。

 

  • 光源氏を讃える世に対抗しているのが右大臣の右團次さんとその娘の弘徽殿の女御の魁春さんである。弘徽殿の女御はどうにか桐壷帝との子を朱雀帝にすることができた。しかし、春宮が光源氏の子であるとの噂から脅威と感じ、なんとか失脚さたい。そんな折、弘徽殿の女御の妹である六の君(朧月夜)の玉朗さんが源氏の君と関係をもってしまう。怒り心頭の右大臣側である。光源氏はこの抗争から自ら身を引くため須磨に向かうのである。

 

  • 須磨に向かう馬上の憂いの光源氏が美しかった。やっと溜飲をさげ、これが歌舞伎であろうと思えた。ところがこの後から能となる。竜神もでてくる。ここで意味がわからなくなる。さらに海老蔵さんが花道から現れ宙乗りとなる。映像は波である。これは何を意味するのか。ついにわからなくて筋書を購入。須磨に流れゆくわが子を想う桐壷院の霊が竜神に守護を願い、龍王がその願いを聞き届け光源氏の元に飛び立つということなのである。この能から歌舞伎へのつながりがわからなくてがっくりである。あれだけ盛り上がっているということは皆さんわかっていたわけだ。落ちこぼれた!
  • 能楽シテ方・片山九郎右衛門、梅若紀彰、観世喜正

 

  • 都から消えた光源氏。右大臣側には思わぬ病などが発生し、朱雀帝の坂東亀蔵さんは、兄弟である光源氏を都にもどすべきであると主張。光源氏は、明石の上の児太郎さんとの間に一子を授かるが、光源氏が都に帰るにあたり明石の上は子どもを頭の中将の九團次さんに託す。光源氏は、亡き桐壷帝の父親としての深い愛を感じながら都にもどるのであった。光源氏の父への屈折した想い、春の宮への想い、父の本心を受けとり明るい気持ちで都に帰るまでの流れは光源氏の台詞だけでも観客も受け留めることができる。

 

  • 成田屋三代が『源氏物語』に係って来たことにより、さらに勸玄さんが加わり成田屋流の『新釈 源氏物語』でもあると言える。新しいものは新しいもの、古いものは古いものとしてそれぞれの道を究めていくことになるのであろう。光源氏が頭の中将を相手に青海波を舞う場面などは、光源氏の美しさを世に放つ重要な場面でもあり捨てがたい。新しい試みとして生花を生ける場面があったが、映画『花戦さ』を観ていたのでそちらの映像が浮かんでしまった。

 

  • 最初に宮廷の内部を思わせる映像が映し出され、宮廷内部の権力闘争の複雑さをも表していたのであろうが、紫式部が花道なら琵琶湖とそこに映る月明りから静かに宮廷に入ってほしかった。そして琵琶湖から龍王が飛び立ってくれれば、紫式部の作品からをも抜けだした世界としてさらに楽しめたようにもおもえる。長丁場、勸玄さんは、疲れたら最後まで残らないで「父上、私は父上を置いて先に失礼します。」と帰られてもいいのですよ。そのときの海老蔵さんの返答が聞きたいものである。歌舞伎の道のりはまだまだ長いのですから。『通し狂言 三國無雙瓢箪久』はもっと先の観劇となる。
  • 大命婦(東蔵)、兵部卿宮(友右衛門)、左大臣(家橘)、大宮・尼( 齊入)漁師(竹松、廣松、男寅、鷹之資、玉太郎)
  • 作・今井豊茂、演出・振付・藤間勘十郎

 

  • 筋書に、江戸の花火について紹介されていたが、すみだ郷土文化資料館を訪れたら開館20周年記念特別展で『隅田川花火の390年』を展示紹介していた。開館20周年ということで3種類のクリアホルダーからひとつもらうことができた。偶然にも選んだのが筋書にも載っている『東都両国ばし夏景色』(橋本貞秀 画)のクリアホルダーである。両国橋の人の数が頭、頭、頭・・・と半端ではない。押しつぶされそうである。それくらい花火は人気があったということであろう。一度は隅田川の近くで観て観るのも・・・・。江戸時代は鎮魂、厄除けという意味が強かったらしいが、今の時代もその意味合いがもどってきているような。