新橋演舞場 『もとの黙阿弥』

井上ひさしさん原作の『もとの黙阿弥』である。場所を強調するためか、小さく<浅草七軒町界隈>とある。浅草七軒町にある大和座という芝居小屋を軸に芝居は展開される。男爵の相続人と政商の娘の縁談がきまり、鹿鳴館の舞踏会で踊ることに取り決められていた。その西洋踊りの指導をすることになったのが、大和座の座長である。本人に相談もなく勝手に取り決められ、男爵の相続人・隆次は、書生の久松と入れ替わり相手をじっくり観察することにする。 政商の娘・お琴も同じことを考え、女中のお繁と入れ替わる。

同じ事を考えるわけで、これは相性が良いはずである。入れ替わった書生(愛之助)と女中(貫地谷しほり)は相思相愛となってしまう。このお二人苦労したことがないから、愛一筋である。一方、隆次(早乙女太一)とお琴(真飛聖)に入れ替わった二人にも恋が芽生えるが、お琴から女中のお繁に戻ることができなくなってしまうという、思いもしない結果が生じてしまうのである。

大和座の座長・飛鶴(波乃久里子)が、自分の現実がみじめすぎて、入れ替わった華やかさからもどれなくなったと説明する。では、そのみじめな現実に隆次とお琴は身を置くことができるのであろうか。

時は明治である。浅草七軒町周辺から、オペレッタが生まれ、隆次の姉で男爵未亡人(床嶋佳子)と飛鶴の演劇改良劇と黙阿弥先生の劇とが一騎打ちとなる。条件は、物を食べ、実は何々であった、取込みを入れるのが設定条件である。

庶民の生活から、大きな問題を提起するのが、井上ひさし戯作者の手である。ここがおざなりになっては、何の必要があったの、あの芝居の中の芝居場面となってしまうのである。

後半のこの部分が見ものである。演劇改良劇のリアルさの可笑しさと、歌舞伎を演じたことがない人々が演じる黙阿弥歌舞伎。歌舞伎役者が演じる、歌舞伎を演じたことのない人に成りきっての歌舞伎。それも、その身は男爵を引き継ぐ立場の若者である。このあたりの演じ分けは、愛之助さんの腕である。それを受けての貫地谷さんも恐れをしらぬお嬢様としての度胸がいい。

明治の価値観の混沌を上手く出していた。ただ、もうすこし泥臭さ、バタ臭さがあってもよかったと思う。周囲にもう少し色が欲しい。オペレッタ。座長と姉君との言葉による演劇論の対決など。周囲の人々の個性が薄い。原作者の役づけは用意周到であり台詞も多い。それに乗っているだけでは、原作者に押しつぶされてしまう。国事探偵さん(酒向芳)は儲け役であったが、お繁に匹敵する久松の生い立ちが上滑りで追跡の緊迫感からの可笑しみとまではいかなかった。

大きな劇場で通用する井上さんの戯曲であるが、一人一人の姿が霞み気味なのが残念である。しかし、ラストの照準は外さずしっかり合わせて見せてくれたのは見事である。実は ・・・

浅草七軒町というのは、現在の元浅草だそうで、都立白鴎高校のあたりであろうか。大和座は実際にあった小屋でモデルがあったわけである。新橋演舞場の場内には、花道の上に大和座と書かれた大きな提灯と、<もとの黙阿弥>と書かれたの舞台幕が迎えてくれる。

 

原作・井上ひさし/演出・栗山民也/出演・片岡愛之助、貫地谷しほり、早乙女太一、真飛聖、渡辺哲、床嶋佳子、浜中文一、大沢健、酒向芳、石原舞子、前田一世、浪乃久里子

8月1日~8月25日