歌舞伎座三月「五代目中村雀右衛門襲名披露」

中村芝雀さんが、五代目中村雀右衛門さんを襲名される披露公演である。五代目雀右衛門さんが演じるのは、八重垣姫・時姫・雪姫の三姫のうち昼の部で時姫を、夜の部で雪姫をと二姫演じられる。

口上の時に、役者さんのどなたかが、芝雀さんは立役を引きたてられるような相手役を勤められてきたので、今度は自己主張される女形を見せていただきたいと言われていたがなるほどと思わされた。

どちらかというと、ソフトタイプの女形さんである。四代目の雀右衛門さんは、私が歌舞伎を観始めたころはすでに女形の筆頭格におられた。書かれたものから推察すると名子役といわれていた。その後戦地にいかれ、復員されてから立役から女形にかわられ再出発である。ところが出演した映画『佐々木小次郎』がヒットしてしまい映画界でのスターとなられる。しかし、そこからまた歌舞伎界にもどられ、修業に励まれる。大変な努力と勉強をされて持ち前の才能を開花されるのである。年令的には遅い開花となったわけであるが、そうした道筋が、芸のうえで幾つになられても愛らしいお姫さま役を演じられる力を持ちつづけられることとなったわけである。

そうした四代目さんから推し測ると、五代目雀右衛門さんがどんな自分を押し出す立女形さんになられるかも楽しみのひとつである。

『鎌倉三代記』の時姫も『金閣寺』の雪姫も、自分の愛と意志を選択して突き進む役である。と同時に時代物で芝居自体が重い物である。そのため昼夜ともに、明るく楽しい舞踏を組み込まれ、襲名舞台に相応しい公演となった。

『鎌倉三代記』は大阪夏の陣が下地としてある作品である。時姫の婚約者である三浦之助は源頼家を主人としており、時姫はその敵側の北条時政の娘なのである。時姫は一途に三浦之助を想って三浦之助の不信感をくつがえすため父である時政を討つことまで約束するのである。

ところが、これが、三浦之助と佐々木高綱の計略であった。筋を知るとそんな、時姫をおとしいれてしまうわけと三浦之助と高綱にこちらが不信感をもってしまうが、この芝居の下敷きが大阪夏の陣である。三浦之助と高綱は豊臣側で、三浦之助は木村重成を、高綱は、真田幸村をモデルとし、北条時政は徳川家康を時姫は千姫をあてているのだそうである。

冬の陣で堀を埋めることになり、そして夏の陣である。三浦之助と高綱にとっては最後の場面ともいえる。高綱は、モデルの幸村の知略らしき展開を見せる。

時姫は、そんな戦の中でも自分の愛を貫くことだけにかけている。愛しい三浦之助は負傷してもいる。

時姫のしどころが沢山あり、三浦之助が気絶しているのを発見したときは、どうしよう、そうだ薬がある、それを飲ませようと口移しに呑ませるのである。書くと簡単であるが、お姫様である。行動までの心の流れをパントマイム的に表現する。あくまでもお姫様の優雅さで。このあたりが歌舞伎の時間をかけるところである。

この動きの一つ一つに心の内の驚き、動揺、不安、安堵などが含まれ凝縮されている。しかし、時間的には長くなるのである。そうした場面、場面の心もようをつぎつぎと表現していかなければならない。

五代目雀右衛門さんは、これまでの長い舞台歴で培ってきた様々な身体的表現を、丁寧にひとつひとつ気持ちをとらえて身体から発するように演じられていた。

自分が翻弄される立場にあることなど考えられず、ただひたすらその場その場に置かれる自分の気持ちに素直に突き進むのである。そしてどこか、ふわりとした芝雀さんならでわのソフトさが醸し出されていた。芝雀さんから雀右衛門さんへの新たな芸はこれからはじまるのである。

こちらもまだ、芝雀さんの芸の印象が強く、雀右衛門さんと思うまでには時間がかかりそうである。これまでやられなかった役も演じられることによって、新たな印象が増えていくことになりそうである。