加藤健一事務所『Be My Baby いとしのベイビー』

2013年に公演され、同じ組み合わせでの再演である。再演でもその可笑しさは軽減されない。簡単なあらすじは2013年の感想に書いておいた。                 加藤健一事務所 『Be My Baby いとしのベイビー』

先回は笑いと同時にちりばめられている心づいを受け取ってはいたが、笑いが先行していた。今回は、笑いを思い出しつつ、ジョンとモードの相手を気づかう言葉もキュンとくる。それが、相手のいないところで発露されたりと、手が混んでいる。

ジョンとモードは同じ深い傷をそれぞれ所有していた。モードはベイビーを抱きつつ、戦死した夫のジャックの眼の光をベイビーの中にみつける。そして、< あなたにジャックのことを話してあげる。話すことがジャックが生きていた証だとジョンがいうから> ジョンのモードに対する心づかいがこういう発露のしかたをする。

そんなジョンの好きな歌が、エルビス・プレスリーの「Hound Dog」。モードは、ジョンのために、レコードとポータブルレコードプレーヤーも買って来る。< それを聴いて天国にいった気分になりなさい > 心筋梗塞で倒れたジョンにむかって。

こうした逆説的笑いのやりとりの応酬が、加藤健一さんと阿知波悟美さんの間の良さと台詞術と演技力が見事に合体されていく。

スコットランド育ちのジョンとイングランド育ちのモードの生活習慣の可笑しさ。それが二人でアメリカのサンフランシスコへ行って、ベイビーが加わって変化していく可笑しさ。

題名が1963年にヒットした、ザ・ロネッツの「Be My Baby」で、この劇の時代設定も1963年と設定している。「蛍の光」や「故郷の空」の原曲はスコットランド民謡であ。その音階ではなく、ジョンが好きなのはプレスリーである。プレスリーは、アメリカとイギリスの若者たちに圧倒的に支持された。時代の流れを歌で表しつつ、イングランドとスコットランドとアメリカという設定がでてきて、さらに、ジョンとモードに見守られて育った若いクリスティとグロリア夫婦が、ジョンとモードとは相対的に違う位置に立ち、ジョンとモードを照らす役目もする。

時代、場所、世代、経過そして誕生がきちんと描かれているのである。

その状況のなかで交差する笑いが豊富に用意され、観客にとっては嬉しいかぎりであるが、それでいながらキュンもきちんと入れて、なんとも心憎い。

この複雑さを、笑いの中でハッピーにはこんでいく腕は、作、訳、演出、役者、舞台装置、挿入歌の上手さにある。

クリスティの加藤義宗さんとグロリアの高畑こと美さんは、初演の時に比べると時間経過の役者経験が自然な演技へとつながってきている。

加藤忍さんの8役と粟野史浩さんの9役、この設定発想にもあらためて脱帽である。

このお芝居これから全国ツアーにお出かけだそうで、笑いの渦が移動していくのであろう。笑ってキュンとなってハッピーに!

 

作・ケン・ラドウィッグ/訳・小田島恒志、小田島則子/演出・鵜山仁/舞台美術・乘峯雅寛/出演・加藤健一、阿知波悟美、加藤忍、粟野史浩、加藤義宗、高畑こと美