浅草映画『抱かれた花嫁』『喜劇 駅前女将』『キネマの天地』(2)

映画『キネマの天地』は、松竹が蒲田撮影所から大船撮影所に移る前の1934年(昭和9年)頃の松竹蒲田撮影所の様子、新しい映画スターが誕生していく過程、世の中の様子などをみることができる。時代的には贈賄事件や東北の大凶作、大火、自然災害などがあり、庶民は暗い時代に押し込められていく時代でもある。そんな時代、まだ幼く若い労働者は手にお金を握りしめ活動写真小屋へいく。握りしめていたお金は湿っていた。

浅草の長屋に住み、浅草六区の活動写真館・帝国館で休憩時間にパンや飲み物などを客席で売る娘・田中小春(有森也実)が、小倉金之助監督(すまけい)の目に留まり撮影所に来るように声を掛けられる。撮影所に行ったところ、病室で危篤の父と娘が再会する場面で、監督がどうして看護婦がいないのだというので、急遽、小春は看護婦にさせられる。立ち位置も分からず、女優(美保純)のじゃまとなり、どうして泣かないのだといわれ大泣きして怒られ、女優はこりごりだと小春は思う。

そんな小春の住む長屋に、助監督の島田(中井貴一)が謝りにきて小春は再び映画女優を目指し、大部屋からのスタートであった。スタジオ外の守衛さん(桜井センリ)から用務員のおじさん(笠智衆)に始まって映画つくりに係わっている熱い映画人が映される。

役の上で実際の監督や映画俳優のモデルとする人物も現れ、わかる人もいる。小津安二郎監督がモデルの緒方監督(岸部一徳)はすぐわかる。あと逃避行した岡田嘉子さん(松坂慶子)と杉本良吉さん(津嘉山正種)も判りやすい。実名ではなくあくまでモデルとして名前は変えてある。田中小春は田中絹代さんがモデルというが、こちらはそうなのかと思う程度で田中絹代さんを意識しなかった。とにかく大勢の俳優さんが出演している。

小春の父・喜八(渥美清)は旅回りの役者だった人で、演技に関してはちょっとうるさいのである。小春がうなぎ屋の女中の役で台詞を一言いうことになる。喜八は、まずどんなうなぎ屋かで女中の演じ方もちがうと解説する。うなぎ屋の格によって女中もそれなりの立ち居振る舞いが違ってきて、庶民的なところであればこうなると例の寅さんの語りが始まるのである。

それを小春と一緒に喜八の話しを聴く隣の奥さん。隣の一家(倍賞千恵子、前田吟、吉岡秀隆)は寅さんのさくらの家族である。『男はつらいよ』のメンバー(下条正巳、三崎千恵子、佐藤蛾次郎、関敬六)があちらこちらに登場する。津嘉山正種さんは、『男はつらいよ』のオープニングシーンの常連らしい。どんな俳優さんが受け持っているのかな、見た事があるようなと思っていたので今度注目して観ることにする。脚本は井上ひさしさん、山田太一さん、朝間義隆さん、山田洋次さんである。

面白いのは幸四郎さん時代の白鷗さんの起田所長である。城戸四郎さんがモデルであるが、実際の城戸四郎さんと似ているのかどうかはわからないが所長として監督たちを指導するところが面白い。一筋縄ではいかない映画監督たちである。時代的に傾向映画をつくる監督もいるし、政府からの引き締めもきつくなってきている。映画会社としては客に入ってもらわなくてはやっていけないしで、監督たちを刺激させないように上手く話をもっていくのである。その懐柔作戦のテンポがなんともいいのである。

次の映画『浮草』の主役予定の女優が逃避行をしてしまいその代役が決まらない。小倉監督は小春を押す。緒方監督もいけるかもしれないと口添えする。起田所長は小雪を主役に抜擢するかどうか迷う。所長は用務員に小春はどうかねと尋ねる。用務員は好い女優になると思いますと答えるのである。こういうところも、何がきっかけでスターになっていくかわからない映画界がみえてくる。シンデレラムービーの一つでもある。脇からの攻めも計算されている。

助監督の島田も映画について色々悩むが、労働運動をしている大学時代の先輩(平田満)からの言葉と留置所での経験から、映画に賭けてみようと思うのである。撮影所では仲間たちや小春が喜んで迎えてくれる。そして、『浮草』の脚本のクレジットに島田の名が映される。そして、田中小春の名も。

喜八の家に活動好きの屑屋(笹野高史)が入り込んで、蒲田の女優を次々と上げていく。喜八は娘の名前が聞きたくてお酒をすすめるといった場面もある。そんな小春の出世を願う喜八は、幸せなことに小春の主演映画を観ながら亡くなるのである。その時小春は「蒲田まつり」で、高らかに「蒲田行進曲」を歌っていた。

出番が少なくても多くの俳優さんが力量の見せ所となっている。浅草六区の映画館前を通る藤山寛美さんなども、映像に現れるとどうされるのかと観る者を惹きつける。取り上げればきりがないので省くが、個性的な役柄をしっかり役に合わせて印象づけている俳優さんが多い映画であり、映画が好きな映画人集合の映画である。

撮影現場を見せる映画では『ザ・マジックアワー』(三谷幸喜監督)も奇想天外な発想で笑わせてくれる。撮影していないのに撮影していると信じ込ませて俳優に演技させるのである。俳優は信じているので自分なりの工夫で成りきって怖い場所で演じきるのである。

この映画、俳優さんや役者さんが、ちらっと現れて消える場面がある。猿之助さんが亀治郎時代にこの映画にちらっとでている。撮影所の食堂で落ち目の俳優の佐藤浩市さんとマネジャーの小日向文世さんが「亀じゃないか、おーい亀」と呼ぶのであるが、亀さん、会いたくない人に会ったとばかりに映像の左側に少し映り、さーっと消えるのである。DVDだったので何度も戻して観ては笑ってしまった。嫌そうな表情をしていて、歩き方もおもしろかった。それも一瞬というのがいい。

今のはもしかして、というの愉しみもあり油断できないのである。

フランソワ・トリュフォー監督の『アメリカの夜』も撮影現場の人間関係なども描いていて、これまた愉快な映画である。最初から撮影現場とは知らずに見入っていて突然、撮影中なのかと知らされたり、美しい映画の場面が、突然セットが現れてあっけにとられたりするのである。

横道にそれたついでに、山田洋次監督作品に歌舞伎役者さんが登場する映画や舞台を紹介しておきます。全て観ることができた。

『男はつらいよ・私の寅さん』(五代目河原崎國太郎)。『男はつらいよ・寅次郎あじさいの恋』(十四代目片岡仁左衛門)。『キネマの天地』(二代目松本白鴎)。『ダウンタウン・ヒーローズ』(七代目中村芝翫、八代目中村芝翫)。『学校Ⅱ』(中村富十郎)。『十五才 学校Ⅳ』(中村梅雀)。『たそがれ清兵衛』(中村梅雀、嵐圭史、中村錦之助)、『武士の一分』(坂東三津五郎)。『母べえ』(坂東三津五郎、中村梅之助)。シネマ歌舞伎『人情噺文七元結』。シネマ歌舞伎『連獅子』。舞台『さらば八月の大地』(中村勘九郎)。『小さいおうち』(片岡孝太郎、市川福太郎)。『家族はつらいよ』(中村鷹之資)。