テレビドラマ『黒井戸殺し』『名探偵ポワロ ~アクロイド殺人事件~』

アガサ・クリスティーの原作、「アクロイド殺し」。『黒井戸殺し』から観るべきだったのか、『名探偵ポワロ ~アクロイド殺人事件~』から観るべきだったかは、今となっては検証すべきもない。ミステリーであるから結末が解っていると、どうしても後の方が不利のようにおもえるが、やはり『黒井戸殺し』が先で良かったと思う。なぜなら、ミステリーと知っているのにそのドラマの運び方が出演者の個性的な演技力とテンポに乗せられて、ミステリーなしのドラマのように観始めていた。

黒井戸殺し』は三谷幸喜さん脚本で2018年に放送されているがその時は観ていない。題名が面白い。黒井戸って何。黒い井戸、いわくつきの古井戸かな、井戸を殺してもなあとつまらぬことを考えていたら、黒井戸とは人の名前(苗字)であった。こねくり回しすぎていたがこのこねくりがなかったら観なかったであろう。原作は、「アクロイド殺し」、アクロイドが黒井戸に変換されていたのである。

先ず、大泉羊さんが野村萬斎さんに原稿を読んで貰うことから始まる。殺人事件に遭遇するなどめったにないのでと。三谷幸喜さんの話しの進め方には色々トリックがあり先に進んで出会う些細なヒントがちらっとでてくるのでこちらもそれなりに頭の中でチェックを入れるのであるがそのサラリ感が憎い。

医者である柴平祐(大泉羊)と隣に住む名探偵・勝呂武尊(野村萬斎)との出会いは勝呂(すぐろ)が家庭菜園で育てたカボチャが平祐の足元に飛んで来て始まる。

昨年ご主人を亡くした唐津佐奈子(吉田羊)が自殺し、医者の平祐が呼ばれる。平祐の姉のカナ(斉藤由貴)が村の情報屋でこの姉と平祐の話しの受け答えのテンポが非常に観る者を楽しませてくれる。ミステリー感を失くしてしまう条件の一つとなる。

もちろん殺人事件は起こる。自殺した唐津夫人と婚約していた黒井戸禄助(遠藤憲一)が短刀で殺されていたのである。さて名探偵勝呂の出番となる。勝呂は、平祐にシャーロック・ホームズのワトソン役を頼むのである。平祐も悪い気がしない。黒井戸家にいる人々の話しを勝呂と一緒に聞くのである。そんな立場から平祐はこの殺人事件を記録しはじめていた。出来れば出版したいとも望んでいた。

そうした中で、姉のカナさんがやはりいいキャラをしていて、なべ焼きうどんがのびると平祐に電話してくる。平祐は今捜査中で帰れないというが、勝呂の分もあると聞きつけた勝呂は、なべ焼きうどんが大好きだという。

なべ焼きうどんがのびないうちにと平祐は自転車の後ろに勝呂をのせて自転車をこぎ、無事なべ焼きうどんを口にすることができるのである。このなべ焼きうどんが非常に役立つのである。カナさんのキャラは素晴らしいはめ込みかたである。さらにミステリーを忘れてしまうキャラは登場人物すべてにある。そのキャラを楽しんでいるうちに突然謎解きは訪れるのである。

他のキャラを紹介しておく。

兵藤春夫(向井理・殺された禄助の義理の息子で金銭感覚に問題があり、東京から帰って来たのに黒井戸家に顔を出さない。)

黒井戸花(松岡茉優・禄助の姪で春夫と婚約)

黒井戸満つる(草刈民代・禄助の義理の妹で花の母、金欲強い)

袴田次郎(藤井隆・黒井戸家の執事で盗み聞きの名人)

冷泉茂一(寺脇康文・黒井戸家の秘書でミステリー好き)

蘭堂吾郎(今井朋彦・録助の友人で女性関係の評判が悪い作家)

来仙恒子(余貴美子・黒井戸家の女中頭で感情を表情に出さない)

本田明日香(秋元才加・黒井戸家の女中で禄助から解雇されていた)

袖丈幸四郎(佐藤二郎・警部で名探偵勝呂のファン)

茶川建造(和田正人・不審な復員兵で事件当日平祐に目撃されている)

鱧瀬(はもせ・浅野和之・黒井戸家、唐津家の顧問弁護士)

これだけの興味深い人々が名探偵勝呂の頭の中で考察され、平祐の記録に記されるいるのである。さて犯人は誰なのであろうか。

犯人が解って『名探偵ポワロ』のほうをみる。観る眼は登場人物が『黒井戸殺し』とどう違うかをみているが、流れとしては名探偵ポワロを追う形となっている。登場人物も『黒井戸殺し』ほど個性的でないのでその点でものめり込み度は低い。

最初は、ポワロが貸金庫から手帳を出し読み始める。回想的な始まりとなる。医者の足元に飛んでくるのはカボチャではなく冬瓜である。医者には姉ではなく妹がいる。情報通であるがカナよりテンポはゆるい。

ワトソン的役割は、ジャップ主任警部がになう。作家と復員兵にあたる人物はでてこない。そして大きな違いは、殺人がもう一件起こるのである。そして、アクロイドを殺す動機が違い、さらに犯人がピストルで撃ちまくるというアクションつきであり犯人の凶暴性がはっきりしている。

黒井戸殺し』には興味深いことがエンディングロードに記されていた。桑名市六華苑と静岡市旧マッケンジー邸である。六華苑は黒井戸家の屋敷であり、旧マッケンジー邸は名探偵勝呂の住まいである。こういうおまけも嬉しい。

映画『記憶にございません』にも斎藤由貴さんが出られていた。『黒井戸殺し』ほどの活躍ではないが、驚く食べ物を提供してくれる料理人なのがつながっている。よくこういう発想が出てくるものである。