映画館「銀座シネパトス」有終の美 (4) 「君の名は」(一部~三部)

「君の名は」(第一部・第二部・第三部) 1953年~1954年

監督・大庭秀雄/原作・菊池寛/脚本・柳井隆雄/出演・佐田啓二、岸恵子、淡島千景、月丘夢路、川喜多雄二

東京の空襲で出会った二人の男女が、空襲の後、数寄屋橋の上にて半年後に会おうと約束する。もしそれがダメならその半年後に。半年後に女性の氏家真知子(岸恵子)は行けず、1年後に再会。しかし後宮春樹(佐田啓二)は真知子から「明日結婚します」と告げられ成すすべも無く別れる。お互いに名前も知らなかった事から真知子の友人の綾(淡島千景)等の協力で会う前に名前はわかる。さらに真知子の見合い相手の浜口勝則(川喜多雄二)は後宮を一緒に捜してくれる。後宮の姉の悠起枝(月丘夢路)は自分の不幸な結婚と恋人の裏切りから男性不審に陥っており、弟に対する真知子の気持ち程、弟が貴方の事を思っているかどうか解からない、男の気持ちは変わるものであると告げる。それを聞いた真知子は、浜口の親切さと叔父の勧めもあり、浜口と結婚を決意するのである。後に悠起枝はその時の発言を誤るのであるが、この時、自分の意思を変えた真知子の責任でもあり、その事が不幸の始まりでもあり、修正への道のりでもある。

結婚した浜口と真知子の物事に対する考え方の相違が出始め、それは浜口にとって真知子が後宮を忘れられないからだと考え、夫浜口の嫉妬心が増幅していく。おせっかいの綾は、真知子と後宮は運命の二人なのだから一緒になるべきだと考えパイプ役を勝手に引き受けている。この人がいなければ最終的なハッピーエンドは無かったのかもしれないが、静かにしていれば事も無く二人は諦めたのかもしれない。微妙な立場であり、筋立てに変化をもたらす人である。淡島さんならではの役である。屈託なくじれったがったり自分のお節介に呆れたりしていて、嫌味でないのが良い。

真知子と春樹の別れている場所として、佐渡の尖閣湾、北海道の美幌峠・摩周湖、九州の雲仙・普賢岳など観光地も上手く使っている。今見ると自然が自然としての荒々しさが残っている。特に雲仙普賢岳の樹氷は知らなかったので、その氷に覆われた枝々の間からアップで映す岸恵子さんの表情も美しい。

佐渡の尖閣湾では女として押して押しまくり悠起枝から恋人を奪う奈美・淡路恵子さん、じっと耐える月丘夢路さん、自分の生き方を模索する岸恵子さん、自力で生活を切り開いていく淡島千景さん、それぞれの女性像をも菊池寛の原作をもとに大庭監督は冷静に撮っている。さらに、真知子の叔母である望月優子が普通の一般的日本女性でありながら、真知子の環境の変化に伴い真知子の気持ちを代弁していくのが小気味良い。真知子はこの叔母を頼りにしているが、見ている方もこの叔母が出てくると今度は何をいうのであろうかと楽しみであり、その一言に館内明るい笑いとなる。ごく当たり前の事を言っているのだが、ずっと言えないできた一言が効く。

北海道では、アイヌ人であるユミ・北原三枝さんが個性をぶつけ、真知子・岸恵子さんとの馬車で美幌峠を走るそれぞれの表情が興味深い。ユミは真知子に負けじと馬を走らせる。揺られながら真知子は自分の選んだ道を今度は手放さないと覚悟している。北原三枝さんの情念のほとばしりが北海道の自然に負けていない。有名な「黒百合の花」(織井茂子)は歌謡番組の映像では見て聞いていたが、どう映画で使われているのか知りたかったのでそれだけでもこの映画を見た価値がある。映画の中の歌謡曲というものもあるのである。菊池寛という人は女性の個性なり前に進む女性像を上手く書ける人である。甘いところもあるが、突き進ませると成ったら待つ暇など与えない。奈美とユミの自死。

その他、身を売っていた梢・小林トシ子とあさ・野添ひとみの再生。不幸のどん底にいた悠起枝と梢の幸せ。様々の人々の生き方を通過しての真知子と春樹のやっとの春。

古い映画を見ると俳優の層の厚さをいつも感じる。笠智衆、大阪志郎、柳永次郎、須賀不二男なども出ている。さらにこれだけの女優陣を撮る醍醐味もあるであろうが三部作という長さに挑戦した大庭監督の力量もたいしたものである。一回ではあらすじが解かる程度なのでもう一回見たかったが時間的に無理であった。

一部の撮影円谷英二さんの名前もあった。空襲の特殊撮影の担当だったのであろう。音楽は古関裕而さんが担当。映画の中の歌は作詞・菊田一夫、作曲・古関裕而。

「君の名は」「黒百合の花」(織井茂子)・「忘れえぬ人」「数寄屋橋エレジー」(伊藤久男)・「君は遥かに」(佐田啓二・織井茂子)・「綾の歌」(淡島千景)

佐田さんと淡島さんの歌声は聞いたような聞かなかったような、はっきりした記憶がない。俳優さんの演技に気をとられ最後まで歌の歌詞は残らないものである。歌謡映画として、メロドラマとして、戦後の女性たちの生き方のダイジェストとして、菊田一夫さんのエンターテイメントの代表として楽しみ方は幾らでもある。

 

数寄屋橋の碑  真知子と春樹が再会を約束した橋は今はない。数寄屋橋公園に橋の遺材を残して碑が建てられました。