映画館「銀座シネパトス」有終の美 (6) 「女人哀愁」

「女人哀愁」(1937年)こちらも戦前の映画である。

監督・成瀬巳喜男/脚本・成瀬巳喜男、田中千禾夫/出演・入江たか子、伊藤薫、堤真知子佐伯秀男

戦前で古く、映画の題名からして耐えるお涙頂戴の話であろうと思っていたらどうして、戦争は女性の前に進むべき生き方を後ろに戻してしまったのかもしれないと思わせられた。

主人公・広子(入江たか子)は銀座のレコード店に務めている。「銀幕の銀座」にはクラシックのレコードが売れていたという事だから、クラシック音楽にもそれなりの知識があると云う事で、母にダンスなど出来ないと言われ従兄・良介(佐伯秀男)の妹と踊ってみせたりもして、自分の生き方を意識的に古風に押し込めている。その古風さを良介は広子の意思からくる生き方として自然に受け止めていて広子も良介に本心を隠さずに話せる相手である。

広子は父を亡くし母と弟の学校の事もあり資産家の息子と結婚をする。そこでひたすら嫁として嫁ぎ先の家族に仕える。入江たか子さんが華族出身と云う事もあってか、その動きが美しく品があり程よいてきぱきさで苛められているという印象が薄くなんとも小気味良くその美しい動きを見るだけで価値がある。彼女にとってお手伝いとして使われようとそれは覚悟の上でそれに耐える強さはもっている。ただ夫が自分をそれだけの女と思い、それ以外はただ意思の無い美しい人形と思っていることに納得が行かない。夫の妹が駆け落ちをし、その相手から妹に会いたいからと頼まれる。相手は妹のために会社の金を使い込み逃げていた。夫や義父母は自分達に災いが降りかかるのを恐れ居場所を問いただし、相手を警察に突き出すという。

広子は納得できない。妹にそれでよいのかと詰め寄る。妹は自分の役目を理解し相手のところに駆けつける。広子は離縁される。彼女は喜んでそれを受け入れ堂々と自分の意見を述べ婚家から立ち去る。川本三郎さんも書かれているが、イプセンの「人形の家」を思い浮かべる。ノラより自分の意見をきちんと述べ立てられる。離婚後良介に会い、こういう女は困ったものよねというようなことを話す。自分で自分の事を分析できる女性で、良介もそれが解かっているのでへんに同情したりせず爽やかである。母と弟の事もある家庭事情の設定であるから泣きつつ我慢させるのかと思ったがそうはならなかった。彼女は事も無げにまた働きに出るわと前に進むのである。本当は広子と良介がお互いが分かり合える似合いのカップルであるのだが、お互いにそれは出来ないことを前提にしているので、凭れ合う事もなくそれぞれの意思ある人間関係が、見終った後もすくっと気持ちよく席を立つことが出来る。戦前にこうした映画があったことが嬉しい。