映画館「銀座シネパトス」有終の美 (8) 「暁の追跡」

「暁の追跡」(1950年)

監督・市川崑/脚本・新藤兼人/出演・池部良、杉葉子、水島道太郎、伊藤雄之助、田崎潤

新橋駅前に勤務する警察官・巡査(池部良)を主人公にしている。警察関係も協力している。(字幕案内が消えるのが早く記憶していられない。)戦後の混乱を乗じての犯罪も多かったのであろう。警察官の指揮を高める意味合いもあるのかもしれない。警察官も危険を伴いながら薄給。皆が戦争の傷跡を抱えている。

予想外の面白さ新米銭形平次 の視点と似ている。格好良い取締り役ではない。悩み、辞めようかと思ったりする。恋人役が同じ杉葉子。伊藤雄之助が拳銃暴発の事故で後輩を怪我させ警察官をやめキャバレーのトランペッターとなる先輩警官で出ている。気楽と言いつつ彼もお金がない。

非番明けで寮に帰って寝ようとした池部は、子どもが熱を出している他の警官のために無許可で勤務を代わってやる。それを見て先輩の警官(水島道太郎)は甘いと忠告する。池部は反発する。一人不審な男が連行されてくるがその男が逃走し池部はその男を追跡し、男は線路に上がり列車に轢かれて死亡する。(この列車は大宮行きの京浜東北線だそうで、さすが鉄道好きの川本さんである)その事で勤務を代わったこともばれ、自分のせいで不審な男をも殺してしまったと自責の念に駆られ勝鬨橋を渡り男の家を訪ねる。男の妹が貧しい者達がどうやって生きて行けというのかと、池部をなじる。男は麻薬組織に関係していたことが解かり、男の妹もその仲間に利用され殺されてしまう。池部は恋人から転職を勧められているが、男の妹の死から悪と戦う事に使命を見い出し始める。トラックで麻薬組織の一斉捕縛に向かうとき渡るのが清洲橋である。やはり格好良い橋である。

その撃ち合いで先輩の水島が殺されてしまう。その水島を抱きかかえる時の池部の表情が虚無的と言おうか、南方帰りのためか、表現できないような表情をする。ここで初めて死に行く同志を抱きかかえ悲嘆に暮れる表情ではない。言われぬ何かを含んでいる。

静かな道を納豆売りの少年の声が響き、帰る警察のトラックを見つけた納豆売りの少年は、そのトラックを見るため駆け出す。その少年が大きく成るまでこの街は大丈夫であるとの暗示であろうか。

【池部良の世界展】 (早稲田大学演劇博物館) の写真チラシが、この「暁の追跡」の写真で交番の入り口に暑そうにして立っている。その頭上に<SHINBASHIEKI‐MAE POLICE BOX>とある。映画では判らなかったが時代を表している。

映画館「銀座シネパトス」有終の美 (7) 「セクシー地帯」

セクシー地帯(ライン)」(1961年)

監督・脚本・石井輝男/出演・吉田輝雄、三原葉子、三条魔子、池内淳子、細川俊夫

映画名と映画の面白さのギャップに可笑しさを感じてしまう。川本三郎さんは「ニューヨーク・ロケで作られた犯罪映画の秀作、ジュールス・ダッシン監督の『裸の町』(1948年)を思いださせる。」と書かれているが、その映画は見ていないので何ともいえないが、フランスのサスペンス映画と言っても良いような隠し撮りの楽しさがある。服部時計店の時計塔の時間表示を映しつつ、銀座の夜の中を動く俳優さん達と一般人の動き、街の明かり、ショウウインドウの光など白黒のよさも含め見所満載である。サスペンスなので捜したり、逃げたりの場面が、通行している人達が不思議に振り返ったり、立ち止まったりしてドキュメント風で臨場感があり、当時の銀座の雰囲気がよく解かる。

恋人(三条魔子)が殺され、その殺人犯に仕立て上げられた男(吉田輝雄)が、女スリ(三原葉子)の助けを借りて、コールガールの組織を捜し出し、警察に捕らえさせるのである。女スリの三原葉子さんが演技してるかどうか判らない自然体の明るい小悪魔さんで、後に時代が要求する作られた小悪魔的個性の女優さんが出てきたが、三原さんのような女優さんがいた事を知ったのは収穫である。彼女はちゃかりどんどん掏って、事件の糸口を掴んでゆく。彼女がそもそも男が上司から預かった物を掏り、それがコールガール組織の会員証だったことが発端なのである。彼女は偶然にも、組織のボスのお金を掏り、組織のアジトに潜入することになる。男もそのアジトを捜し出し二人の素性がばれてしまい、いよいよ殺されるという時、彼女は、いくら地下室といっても音は響くからもっと人のいない時間にしたほうが良いと殺されるほうが提案し、それもそうだと納得させてしまう。ばかばかしいようだが三原さんのテンポに皆、見る側も納得させられてしまう。その時、ボスのポッケトから爪切りを失敬し、それに付いている小さなナイフで縛られた紐を切るのである。制限時間は午前1時半。服部時計店の時計が刻々時間を知らせる。

サスペンスであるから何かが起こるわけで、その爪切りを吉田さんは受け取りそこねて落としてしまう。三原さんは、不器用ねとなじりつつもそれを解決する。さて脱出しようとするとドアには錠前が。彼女は、父が錠前空け屋だったと髪にさしたピンで挑戦し始める。男はもしここで死んでも君のような人と一緒で悔いは無いという。石井監督の脚本のスピーディーさでもあるが、三原さんのキャラは男にそう言わせる吸引力がある。無事逃げ出したところが工事現場。川本三郎さんの力を借りれば「ビルから出ると、目の前は、銀座と新橋のあいだを流れていた汐留川。ちょうど高速道路を作るために工事中で、二人は工事現場のあいだを逃げる。」とある。見そこねたが西洋の古城のような形の映画館「全線座」も映ったらしい。吉田さんと三条さんが築地川をボートに乗りデートする場面ではこの映画館キャッチできた。

「全線座」。おしゃれな名前ではないなと思ったら、昭和6年に公開されたソ連映画、エイゼンシュテイン監督の農村改革を描いた「全線」から付けられたそうである。(「銀幕の東京」川本三郎著) なるほど。

コールガールとして若き池内淳子さんも出てくる。やはり美しい。会社員である男・吉田さんは三原さんにも池内さんにも知られざる世界を案内してもらう事となる。

三原さんが、アジトから飛ばしたSOSの紙飛行機が、彼女を知っている刑事(細川俊夫)に偶然発見され二人は助かるのである。偶然過ぎるが、それが気にならないテンポと洒落と当時の風景がある。サスペンスに引きつけられながら当時の銀座にタイムスリップしているような魅力ある映画である。

追記: 川本三郎さんの本から銀座を探していたが、浅草も出てくるのである。まだ調べていない。

追記2: 『セクシー地帯(ライン)』観直すことができた。「全線座」確認できた。建物に「ホール全線座」とあり、屋上に「ZENSENZA」とある。(現在・銀座国際ホテル)

浅草の場面は、池内さんがエンコは私の古巣として吉田さんを案内する。六区で、夜なので二人の後ろに新世界の五重塔を模した塔が明々と映る。そして浅草日活の前を進む。広告には『大草原の渡り鳥』が。『堂堂たる人生』も同年である。

『昭和浅草映画地図』(中村実男著)には、セキネ(洋菓子)とあるが看板の「ネ」だけが映り洋菓子屋さんらしい。現在はと調べたら、同じ位置のようにおもえるが、セキネはシュウマイと肉まんのお店になっており確定できない。その他、すしや通り、新仲見世が映る。

銀座で、三原さんが吉田さんを追いかける場面で、路地の飲食店に「お多幸」の提灯が映る。日本橋のお多幸さんには行ったことがあるので調べたら、日本橋の前は銀座5丁目にあったということであり、その時のお店であろう。ただ、のれん分けもしていて違う経営のお多幸さんもあることを知る。

映画のタイトルが斬新で、外国雑誌の写真を切り張りして、間にキャストや出演者の名前を出している。夜の銀座、浅草の様子など、やはり魅了される映像の多い映画である。(撮影・須藤登)