歌舞伎座1月 『蜘蛛の拍子舞』『一本刀土俵入』

舞踏劇『蜘蛛の拍子舞』は、場所は花山院で無人のため荒廃しているが怪しきものが現れるというので、源頼光(七之助)と家来の渡辺綱(勘九郎)が偵察に来ている。急病で倒れた頼光の前に大蜘蛛が現れ、それが消えると、花道に美しい白拍子妻菊(玉三郎)が現れる。そして、ここでも刀の故事来歴の問答があるのが耳に楽しかった。頼光、綱、妻菊の三人の踊りが入る。実は白拍子妻菊は葛城山の蜘蛛の精で、妖怪退治にきた頼光たちとの大手地回りとなり、そこに坂田金時(染五郎)が助っ人にきて大団円となる。

玉三郎さんの白拍子妻菊の花道の出はやはり美しい。期待していた三人の踊りが想像していたよりも味わいが薄かった。後半も基本的に玉三郎さんのこの種の変化が好きではないという好みからくるためか、冷めて観ていた。この妖怪の隈取でなくても、玉三郎さんなら独自の妖怪さを出せるのにと思ってしまうからでもある。金時の染五郎さんは、大きくて力強く愛嬌も含んだ助っ人であった。

刀に関しては、今年の出会いは、甲府の武田神社での武田信虎(信玄の父)の正室大井夫人の懐剣である。備前長船清光作だそうで、薄く細身な鋭利で、これでなら刺し方によっては一息かもと想像してしまったが、説明に「伝説によれば自刃の時でも鋭利の余り無痛で死に至る事が出来る」とあり、うなずけた。

『一本刀土俵入』。長谷川伸作、村上元三演出のお馴染みのものである。駒形茂兵衛が幸四郎さん。お蔦が魁春さんである。

伊豆の下田に、明治に入ってから下田に戻った唐人お吉さんの開いた小料理屋(安直楼)が残っていて、それを見た時、「安孫子屋の雰囲気だ。」と思ったのである。それだけこの舞台の旅籠屋安孫子屋は観客に印象づける場面である。その二階の魁春さんのお蔦は、長谷川伸さんが実際に見たとするなら、お蔦はこういう雰囲気だったに違いないと思わせた。芝居の被膜を見せないお蔦であった。お互いの母の話し。お蔦の有り金を全部もらい茂兵衛が、「姉さん困りはしないかい。」という気持ちが、こちらも茂兵衛と同じ気持ちにさせられる。茂兵衛はお蔦を自分と同じような立場と考えて居るのである。それなのに櫛も簪もお金さえ与えてくれるのである。お蔦が茂兵衛を見送るとき歌う「おわら節」も声がかすれているのであるが、それがかえって芝居の流れに合っているのである。

土地のヤクザからお蔦が子持ちのあばずれだと言われ「そんなことはない。あの姉さんに限って。」とつぶやくのは、現実にそうであろうと、茂兵衛の心の中のお蔦はそんな女性ではないのである。そのあたりの恩を受けた者の想いを幸四郎さんは上手く表現された。ここがあるからこその十年後である。

今回は、波一里儀十(歌六)の子分に相撲取りも入れ親分が相撲好きであることを加えている。これは、茂兵衛と儀十の刀無しの相撲での一番があるが、その不自然さを解消しての演出であろうか。観方によっては、この親分との一番が、お蔦への恩返しの土俵入りということになる。

この芝居はそうすんなりと解釈してすっきりさせるべきものか。渡世人みたいなものになって、どうあがいても、あの時の姉さんに見合うだけの土俵入りなんて無いんだとするべきなのか。

幸四郎さんの茂兵衛は形もよいすっきりとした渡世人である。そうであっても渡世人は渡世人に過ぎないとの想いがどこかにある、ただじーっと先を見つめ無事逃げのびて欲しいとの想いの幕切れであった。