無名塾 『炎の人』(1)

2010年10月9日 能登公演を収録したDⅤDからである。2011年の東京公演は3月11日に起きた東日本大震災に際し、安全を考慮し東京公演を中止されたのである。DⅤDを観て、改めて東日本大震災に対する様々な人々の想いが湧き立って来る。

『炎の人』は、民芸の新橋演舞場での初演は新劇の演劇史からも伝説的な公演である。(キャスト/滝沢修、山内明、清水将夫、細川ちか子、宇野重吉、森雅之、小夜福子、下元勉、多々良純、北林谷栄、奈良岡朋子、芦田伸介、桜井良子、大森義夫) 無名塾の30回公演は、仲代達矢さんのゴッホを中心に無名塾の塾生さん達の演技的成長の見せ場でもあった。そうした中での中止は仲代達矢さんの第二次世界大戦の終結を十代で体験したことも要因していたとも思える。しかし今回、能登公演がDVDとなり、能登演劇堂での公演が観れたことは幸いであった。能登演劇堂は舞台の後方の扉が開き、そこに森の一部とも思える自然が現出するのである。舞台上では仲代さん演じるゴッホの迷いが日本の森へ向かい、原作者である三好十郎さんのゴッホに対する想いがエピローグへと繋がるのである。

ヴィンセントよ、
貧しい貧しい心のヴィンセントよ、
今ここに、あなたが来たい来たいと言っていた日本で
同じように貧しい心を持った日本人が
あなたに、ささやかな花束をささげる。
飛んで来て、取れ。

エピローグで、作者である三好十郎さんが出現する。それは、三好さんの溢れ出るヴィンセント・ヴァン・ゴッホへの想いであろう。

貧しい貧しい心のヴィンセントよ!
同じ貧しい心の日本人が今、
小さな花束をあなたにささげて
人間にして英雄
炎の人、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホに
拍手をおくる!
飛んで来て、聞け
拍手をおくる!

神経を痛めるまで絵を描くことに没頭し闘ったゴッホと三好十郎さんの想いを重ねて演じる役者さんの重圧は、凄まじいものがある。その重圧に仲代さんは役者として挑戦されたのである。ゴッホに関しては、残された絵と同時に兄・ゴッホに献身的に尽くした弟・テオに宛てた膨大な手紙がある。絵を見ただけでも、その変化は激しい。どうしてこんなに変化するのだろう。自分の耳を切って包帯を巻いた自画像。明暗の変化。色の変化。それらのまとまらないこちらの想いを、『炎の人』は一つの形を提示してくれた。ここに描かれているゴッホを、私は気に入り満足した。 それは、本と同時に、舞台も気に入り満足し、このゴッホに影響され、今後、ゴッホの絵を観ることに抵抗がないということである。さらに、疑問に思っていたことに答えをもらったということでもある。

さらに、エピローグで一人の日本人画家の名前を耳にしたとき、私を次の行動に駆り立てた。

日本にもあなたに似た絵かきが居た
長谷川利行や佐伯祐三や村山槐多や
さかのぼれば青木繁に至るまでの
たくさんの天才たちが居た
今でも居る。
そういう絵かきたちを…..

佐伯祐三である。奈良 山の辺の道 (2) で友人が思いがけない出会いをした画家である。その時は、見ていた絵からユトリロに影響を受けた画家とだけ認識していただけであったが何かありそうである。そして呼ばれた。山梨県立美術館で『佐伯祐三とパリ』の特別展を開催していたのである。