歌舞伎座3月『雷船頭』『弁天娘女男白浪』

雷船頭』と『弁天娘女男白浪』は奇数日と偶数日で配役が変わるのである。近い日にちで見比べると役者さんによって踊りや芝居の雰囲気が変わるのがよくわかる。それぞれに培ってきたものが基本に加味されて造形されているのである。

 

雷船頭』は踊りで、吉原に客を運ぶ船頭が、地上に落ちてきた雷とのやりとりを見せるのである。奇数日、猿之助さんは女船頭で雷は弘太郎さん。偶数日、幸四郎さんは男船頭で雷は鷹之資さんである。女船頭と男船頭ということもあって見せ所も違っていた。弘太郎さんの雷は少し太めでちょっとドジで落ちてしまったという感じで、粋な女船頭に軽くいなされて遊ばれている感じである。鷹之資さんの雷はすばしっこくて下界をのぞき過ぎて落ちてしまったという感じで、いなせな船頭の幸四郎さんに面白がられて遊ばれている感じ。

 

女形の場合、着物のすそで足が見えないためその表現の難しさを感じた。動きの少ない全身でその心持を表現しなくてはならないのである。その点、男船頭の場合、足の動きで軽快さを見せることができる。表現方法がかなり直接的に観客に伝えることができ観客もそのリズム感を簡単に享受できるのである。幸四郎さんは、『傀儡師』より楽しそうに軽快に踊られていて、なるほどなあと踊りによって違うものであると感じさせられた。動きのことを考えてのことか、女船頭の場合は若い者との立ち廻りをいれている。色々考慮しているわけで、それぞれの見方ができて楽しめた。

 

こうした雷と船頭の風景は現実には観られない舞台上のお楽しみであるが、現実には3月18日には浅草で浅草寺の奉納舞「金龍の舞」がある。国立劇場のほうで早々と観覧させてもらった。観音様をお守りするために金のウロコの龍が舞い降りたのだそうである。金のウロコが八千八百八十八枚あり、そのウロコがうごめいて勇壮な動きをみせてくれる。この日は『女鳴神』の龍神龍女たちも誘われて、一層高く舞い上がるかもしれない。そして、雷さんも、またまた、上から覗き込んで雷門に落ちようと思ったのが歌舞伎座であったということになっているかも。船頭さんたちまた遊んであげて下さいな。

 

弁天娘女男白波』は、御存知「しらざぁ言って聞かせやしょう」の「浜松屋店先の場」と白波五人男が勢揃いする「稲瀬川勢揃いの場」である。これも奇数と偶数日で役者さんが入れ替わっている。奇数日・弁天小僧菊之助(幸四郎)、南郷力丸(猿弥)、鳶頭清次(猿之助)。偶数日・弁天小僧菊之助(猿之助)、南郷力丸(幸四郎)、鳶頭清次(猿弥)。

 

幸四郎さんの弁天小僧は、しとやかで猿弥さんの南郷が最初はしきりにかばう感じであるが、かたりが露見すると狩野元信が弁天小僧になった感じでおとなしめの凄味をきかす。猿之助さんの弁天小僧は愛らしくしているが、変わり身はルフィが弁天小僧になった感じでまあ元気な事で、あたりを自分のペースに巻き込んでしまう。幸四郎さんの南郷は勝手にやってくれとまかせている。

 

鳶頭は猿之助さんはすっきりと形を決め、猿弥さんは貫禄ある顔のきく頭という感じであった。これまたなるほどなあと面白がらせてもらった。そういえば、今回四天王もできそうなくらいじっとしていた小三郎の寺嶋眞秀さんは、丁稚の長松をやったことがあり、お茶出ししてましたね。

 

勢揃いでは、日本駄衛門の白鷗さんが若い白波たちの後押しをされ、伸び伸びと若い役者さんの考え方に任せているような感じも受けました。忠信利平(亀鶴)、赤星十三郎(笑也)。心地よくツラネを堪能。夜の部も昼の部と同様歌舞伎初めての人も楽しめる。ちょっと違う配役でも観て観たいなと思った時は、一幕見の経験もどうぞ。

弁天小僧菊之助と南郷力丸にあたふたさせられる浜松屋の人々・浜松屋伜宗之助(鷹之資)、番頭与九郎(橘三郎)、浜松屋幸兵衛(友右衛門)

 

歌舞伎座『盛綱陣屋』

盛綱陣屋』は、小四郎の後ろに父・高綱がおり、盛綱は弟・高綱と小四郎を通して会話しているのがわかる。それだけ小四郎は高綱を背負ってここに登場しているのである。先が長いので早くから子役さんを褒めて負担をかけたくはないが、『盛経陣屋』を面白くさせた勘太郎さんの功績は大きいのである。盛綱である仁左衛門さんの芝居をじゃますることなくむしろ盛綱が高綱の気持ちをさぐる深さを押していた。

 

敵味方に別れて戦う兄弟の盛綱(仁左衛門)は、弟の高綱の息子・小四郎(勘太郎)を自分のほうに捕らえた。ここは大人の世界で思案し、高綱が息子のことを気にして闘う意欲をそこなわれないように小四郎に自害させようとする。小四郎を説得する役目を母の微妙(秀太郎)に頼む。小四郎は母に一目会いたいと逃げまどう。それはここで死ぬことは無駄死にと知っていたからである。自分には果たさなければ役目がある。それが終るまで見抜かれてはならない役目である。

 

ここは観客も子供だからと思って母に逢いたいのであろうと観ている。その役目をわかってもらえるのは、父の首実検をする伯父の盛綱しかいないのである。その伯父に、父の贋首を父・高綱の首と言わせるまでのアイコンタクト。オペラグラスからのサイレント映画のアップである。高綱の首ではないと知ったときのほっとし様子から、さらに不敵な笑みとなる仁左衛門さんの気持ちの変化。真顔になって小四郎をうかがう。小四郎の左手は刀を刺したお腹に、右手は支えとして床についている。そして首をゆっくりと横に振っている。小四郎は何を言おうとしているのだ。そうかそういうことか。「高綱の首に相違ない。」

今回は二回観ることになったが何回観ても生身のサイレント映像は見事である。どう編集しようと絵になっている。

 

小四郎を讃えよと小四郎に会いに来た母・篝火(雀右衛門)に会わせる盛綱。当然、高綱の妻・篝火と盛綱の妻・早瀬(孝太郎)も敵味方であるが、一族、心を一つにできる機会を小四郎は作ったのである。悲しいことである。女たちの嘆きはもっともなことである。なんでこんな悲しい場に居合わせなければいけないのか。褒めてやらなければ小四郎の死を無駄にすることになる。なんという不条理であろうか。

 

盛綱は、高綱の意を解し、小四郎の自死の行動を見て北條時政(歌六)をあざむき自分も切腹することを決心する。ここは腹芸なので小四郎の死後、そうかそう決心していたのかと観客は理解する。贋首とわかれば許されない。時政の後に従った息子の小三郎(寺嶋眞秀)の命もあぶないのである。気持ちを決めて一族で小四郎を見送り、高綱へのエールとするわけである。兄弟敵味方である以上どちらかが滅びなければならない。いや戦である以上両方が滅びるかもしれない。それがこのようなかたちとなって出現したのである。

小四郎を生け捕った時盛綱は小四郎の犠牲だけであとは大人の世界と思っていたのかもしれない。ところが大人の世界観だけで世の中は存在しているわけではない。

 

時政はぬかりなく用意周到で盛綱が裏切ることも考慮し密偵を鎧櫃に隠していた。それを知らせくれるのが和田兵衛秀盛(左團次)であり、盛綱は贋首とわかるまで生きのびることを決めるのである。

 

『盛綱陣屋』は陣屋内での戦さを描いている。そのため注進が外の戦を主人に知らせる役目で、観客にも見えない戦さの様子を知らせる役目でもあり、芝居のその後の展開の変化の風を変えたりする。竹下孫八(錦吾)、信楽太郎(錦之助)、伊吹藤太(猿弥)。そして時政の威風を伝える家臣たち。古郡新左衛門(秀調)、四天王(廣太郎、種之助、米吉、千之助)。

 

『中村七之助特別舞踏公演』で、中村屋ヒストリーとして映像と解説が入る。解説というよりもっと身近な内輪話しという雰囲気である。そこに歌舞伎座で勘太郎さんが小四郎の出を待つ後ろ姿の写真が紹介されたのであるが、その姿にすでに中村屋を背負っている姿があった。

 

父の勘九郎さんは『いだてん』のテレビ出演で、七之助さんは中村屋のお弟子さんを連れての巡業中で、勘太郎さんは一人歌舞伎座出演ですと、七之助さんが話された。小四郎役を観ていたので、その重責をしっかりと自覚しているような後ろ姿である。小四郎を演じられる年代のときに小四郎役が回って来るということはまれである。その機会をしっかりつかんで自分の役になりきっている。勘太郎襲名の時の映像でも同じく襲名した長三郎さんの挨拶の言葉を横でそっと口ずさんでいる。その場その場の重要性を勘太郎さんなりに感じられているのであろう。

 

長三郎さんはハチャメチャのやんちゃさで、ほっといていますと言われ、その様子がわかる。わんぱくがいて嬉しいところもある。岐阜・中津川 かしも明治座は冷暖房無しの劇場だそうで、行かれる方は寒さが厳しい日もあるので気温調整に気を付けて下さいとのことでした。ご注進にてお知らせします。

 

歌舞伎座3月『傾城反魂香』

傾城反魂香』は、今回は序幕がある。序幕「近江国高嶋館の場」「館外竹藪の場」二幕「土佐将監閑居の場」となっていて、上演される時はほとんど「土佐将監閑居の場」のみである。「近江国高嶋館の場」「館外竹藪の場」は<三代猿之助四十八撰の内>とある。三代目猿之助(二代目猿翁)さんが復活されたわけで、大劇場での上演は21年ぶりで歌舞伎座では初上演である。高校生のお客さんにとってはラッキーである。

「土佐将監閑居の場」だけでは解らないところが多くある。先ず幕開きに農民が虎を探しているのである。日本にいない虎がなぜここに居るのか。現代人が観る場合その時代日本に虎がいたかどうかなど考えないので、修理之助の台詞で気が付くのである。そしてこの虎が絵から飛び出したものであることを知り、虎は修理之助の筆で消されてしまうのである。初めて観るとさすが歌舞伎はシュールであると思うが、その後ご注進などもあり、物語がもっと大きい背景があるのだと気が付かされるのである。

しかし、今回は初心者でも観ているだけで流れがわかる。何回も「土佐将監閑居の場」を観ている者もなるほどと、想像部分が舞台として観れるのである。

近江の国の六角家に召し抱えられた絵師・狩野四郎次郎元信(幸四郎)は、六角家の姫君・銀杏の前(米吉)に想われている。この芝居は絵の流派の中の狩野派の宣伝かなと思われるがそれだけではないことが後でわかる。元信は新参者で当然古参・長谷部雲谷(松之助)から疎まれる。そして銀杏の前に頼まれた掛け軸の絵に六角家を乗っ取る印があるとして縛り上げられてしまう。元信は必死の覚悟で自分の身を食いちぎりその血で襖に虎の絵を画く。

この虎が絵から飛び出し悪人の道犬(猿弥)を噛み殺し、元信を助けるのである。おそらく元信は故事に絵から実物として飛び出すことを知っていたのであろう。それだけ念力を込めて描いたのである。犬より虎のほうが強い。歌舞伎には絵から鯉が飛び出したり、桜の花びらを集めてそこに涙で鼠を描いたりという話しもある。

絵から飛び出した虎が超活躍で、これが愛嬌もありどう猛さもある。中に入られている役者さんに拍手である。観ているほうは楽しいが役者さんは大変である。その大変さを忘れさせてくれる息の合った前足と後ろ足である。歌舞伎には色々な動物が出てくるがその中でもヒーローの部類に入る。

銀杏の前とそれに仕える宮内卿の局(笑三郎)は逃れる。そこへ元信の弟子の雅楽之助(うたのすけ・鴈治郎)が助けに来るが道犬の息子(廣太郎)や雲谷によって銀杏の前はさらわれてしまう。この雅楽之助が「土佐将監閑居の場」でご注進として土佐派の長の土佐将監光信に銀杏の前救出を願い出るのである。「土佐将監閑居の場」からは土佐派の話しになるのである。土佐派は今は絵の世界から外されている。ここで登場する光信の弟子・又平は後に土佐光起となり土佐派を再興したといわれる。狩野派だけではなく土佐派も出て来て、絵師の世界が舞台に繰り広げられることとなる。

狩野派のところではお家騒動で、優雅な絵師の幸四郎さんと愛らしく大胆な米吉さんコンビのやりとりではユーモアあふれる仕掛けも織り込まれている。これが「土佐将監閑居の場」では、絵に命を懸ける夫婦の物語へと移っていく。

土佐将監閑居の場」の筋は何回も上演されているのではぶくが、高校生のお客さんがどこに食いついてくれるか興味があった。言葉は悪いが食いついてくれるかどうか。序幕が変化に飛んでいるからどうなるのか。彼らが食いついたのは又平(白鴎)が自死の前に手水鉢に自画像を描くところである。反対側からの絵がこちら側にも観えるのである。ガラス張りではありません。絵がこちら側まで抜けたのです。絵の顔が出てくるあたりで気が付かれた学生さんが口走ったのでしょう。指さす学生さんやフライヤーをみる方もいて次第に興味がじわじわと広まっていくのがわかりました。

この前に、もう又平は絵師としては認めてもらえないと絶望の中で、夫の代わりによくしゃべっていた女房おとく(猿之助)もこうなれば夫と一緒に死ぬからちょっと待ってくれという。観客は又平の夫婦愛を知っているので涙させられる。そして絵が写る。元信が虎を出したり、修理之助(高麗蔵)が虎を消して光澄(みつずみ)の名を貰っているので何かがあるであろう。

師の光信(彌十郎)は浮世又平と苗字もなかったものに土佐光起の名と印可の筆を与える。そして銀杏の前を救出にゆけと命じる。夫婦にとって二重、三重の喜びである。おとくは、節があれば吃音の又平はスムーズにしゃべれるといい又平は北の方(門之助)が用意した裃を着用し、嬉しさを胸いっぱいに舞うのである。

この日観劇した高校生の中からいつか『傾城反魂香』の「土佐将監閑居の場」だけを観ることがあったなら、俺は知ってるぞ、このご注進の背景も虎の活躍もとほくそ笑んでくれる人が出てくれるであろう。この場で顔を出す虎はかなりしょぼくれている。農民たちに追い回されて毛並みも散々で、あの虎も苦労したのだなあと同情してしまうかも。

こちらも改めて、絵師の流派を越えた物語にした近松門左衛門の捉え方を目の当たりにした。心中物もその磁場は狭いようで想像力を広げれば相当広いのである。「土佐将監閑居の場」も『傾城反魂香』の広い中での夫婦愛を描いていて、白鷗さんは、その狭さから飛び出す虎のような人間性を現わされ、猿之助さんは、そのきっかけを逃さない女房としての腕の見せ所を押さえられた。昼の部は初心者でもわかりやすく、歌舞伎のエッセンスも充分味わえる。

歌舞伎座三月『女鳴神』『傀儡師』

女鳴神』(龍王ケ峰岩屋の場)は、<女>とあるので『鳴神』の女性版ということであるが軸は同じでも大きく入れ替えている。鳴神尼は、織田信長に滅ぼされた松永弾正久秀の娘・初瀬の前である。舞台が開き『鳴神』と違うのは、鳴神尼が姿を現しているのと、滝のそばの崖の途中に祠があることである。鳴神尼は父の遺言である信長を倒し、松永家再興を一心に祈っている。そのため、家宝の「雷丸(いかづちまる)」を祠に納め、大滝に世界中の龍神龍女を閉じ込めて雨を降らせなくし、世の中を乱して信長を討とうというのである。

 

鳴神』の場面設定は京都の北山ですが、『女鳴神』は奈良のようで、鳴神尼のもとの名前は初瀬の前といい大和に関連づけている。弟子たちも白雲尼、黒雲尼と尼で、当然龍神らを解き放つ役目は男性で雲野絶間之助である。仕掛ける絶間之助は鴈治郎さんで、それに惑わされる鳴神尼は孝太郎さんである。

 

鳴神尼は落飾する前、初瀬の前の時許婚がいたのである。絶間之助は自分には生き別れた恋しい人がいると語り鳴神尼の興味を引きつける。その人の名は初瀬の前と告げる。完全に鳴神尼は許婚と間違ってしまうのである。そしてやっと会えたと夫婦の盃をかわす。いや嬉しやと恋に身を崩していく鳴神尼の見せどころである。

 

絶間之助はそっと庵から抜け出し、祠から「雷丸」を奪い、しめ縄を切り、龍神龍女を解き放つのである。きらびやかな複数の龍が登って行く。絶間之助は初瀬の前の許婚によく似た信長の家臣だったのである。主君信長の命により鳴神尼をおとしいれたのである。許して欲しいという気持ちで花道を去る絶間之助。

 

長唄が入る。ここの音楽が観客の気持ちを高めていき効果的である。終わるとだまされた鳴神尼はすざましい形相となっている。怒り狂う。そこへ、織田の家臣が佐久間玄蕃盛政が荒事の押し戻しで登場である。ここも『鳴神』には無い意外性である。27年ぶりの舞台のようである。ヒッチコック映画のリメイク版ではないがどう変わるか興味津々でたのしんだ。

 

今回、高校生の団体が入っていたが愛憎劇と龍神龍女が放たれるなど何となく解ったのではないだろうか。押し戻しという荒事も登場し、あの形相の鳴神尼を押さえるにはこれくらい隈取でなければ位に想ってもらえればよい。雨と雷で大道具の木の大枝も折れ曲り変化に飛んでいた。『鳴神』は今後、高校生が歌舞伎に興味をもったときには目にすることもあるであろうから、そのとき確かあの時はと思い出せれば幸いである。

 

孝太郎さんは、仁左衛門さんの立役と違い女形で、仁左衛門さんの役を継承するというわけにはいかず地味なところがあった。近頃は、女形・片岡孝太郎として独自の役者さんとしての土台のしっかりさが現れてこられている。鳴神尼と初瀬の前の気持ちにもどるあたりの色香の変化も面白かった。鴈治郎さんの絶間之助とのやりとりも『鳴神』の形よりも柔らかみがあり自然に引き込まれていく。鴈治郎さんの押し戻しもきっちり形にはまっていて驚いた。この演目どうして長い間上演されなかったのであろうか。

 

傀儡師(かいらいし)』は、当時の流行り歌や義太夫節などを人形を使って見せた大道芸人のことらしい。傀儡師は首から箱を下げていてその中に人形が入っているのであろう。小さな人形や指人形なども使ったようで、首から下げた箱が舞台となったりしたわけであろう。舞踏の『傀儡師』は、人形ではなく自分が様々な登場人物になって踊り分けるのである。清元がその様子を語るが伸ばすところがあり、単語のつながりを聴き分けるのが慣れていないと難しい。一応、歌詞は読んでおいたが、聴きながらというわけにはいかず、頭の記憶の流れで踊りを楽しむこととなった。

 

祝言をあげた夫婦に三人の子供が出来その総領息子はと順番に紹介したり、八百屋お七と吉三が出てきたり、ちょんがれ節がでてきたりと変化にとんでいる。そして知盛もでてくる。しかしそこは踊りで表すのでそうかなと思っているうちに次の場面になっていたりする。かなり高度な踊りと思えた。踊り手は幸四郎さんで、下半身の足の動きを丁寧に移動させられているように見受けられた。日本の踊りの鑑賞は難しい。

 

ヒッチコック映画『暗殺の家』『知り過ぎていた男』(4)

  • ドリス・デイが「ケ・セラ・セラ」を歌うサスペンス映画『知り過ぎていた男』(1956年)は、映画『暗殺の家』(1934年)をヒッチコック監督が自らリメイクした映画である。『暗殺の家』はイギリスでのトーキー時代の映画で、『知り過ぎていた男』はアメリカへ渡ってからの作品で、絶頂期の作品郡に入るといえる。
  • イギリスでのサイレント時代の作品もあって、『下宿人』(1926年)だけはみれた。『下宿人』で驚いたのは、下宿人が歩き回っているところをガラス張りにして下から撮っていることである。サイレント時代に、もうすでにこの手法を使っていたのかとヒッチコック監督の探求心に恐れ入る。同時セリフが無いだけに、登場人物の心理描写を映像で工夫して見せるという試みをしているのである。下の住人が上の下宿人の動向を気にしている気持ちを現わしている。表現方法に欠けている部分があれば、違う方法は無いかと追及するところが素晴らしいと思わされた。
  • 暗殺の家』と『知り過ぎていた男』は大幅に変えている。ある国の政府高官の暗殺計画があり、そのほんの一部の情報をある家族が知ってしまう。その情報を漏らさないように家族の子供が誘拐されるのである。子供の安全を考え、警察の手を借りることができず、夫婦は自分たちで子供の行方を探すことになる。探しているうちに暗殺計画があるということに行き着くのである。いつどこで暗殺が行われるかを知った夫婦の妻は暗殺を未遂に終わらせ、夫も無事子供を救出するのである。この軸は同じであるが、場所が全く違い、子供もも女の子を男の子と変え、人間関係の設定も全く変えている。22年目のリメイクであるから時代の流れの新しさも加味したのであろう。
  • 知り過ぎていた男』のほうを先に観ていた。どういう歌の入れ方をしているのかが気になっていた。今は医者の妻であるジョー夫人(ドリス・デイ)はかつてはミュージカル歌手であったが結婚して引退のかたちである。フランス領のモロッコに家族三人で旅の途中である。夫婦は旅で知り合った男と夕食に出かけることになっている。そのためジョー夫人は寝る前にと息子に唄ってあげるのが「ケ・セラ・セラ」である。この歌はよく歌ってあげてるようで息子もママと一緒に楽しんでいる。そして、この歌は息子が誘拐され、居場所が分かった時に活躍するのである。
  • 一緒に行くはずだった男は用事が出来たと夕食に欠席する。ところがこの男と次に会った時には、男の背中にはナイフが刺さっており、夫のベン(ジェームス・スチュアート)は謎の言葉を託されるのである。夕食の時隣席したイギリス人の夫婦が親切に警察に行っている間息子を預かってくれるという。ところが、この夫婦が息子を連れ去るのである。この夫婦を追ってベンとジョーはロンドンへ行く。
  • そして、アルバート・ホールでのオーケストラの演奏会で某国の首相の命が狙われるのを知るのである。オーケストラを指揮しているのが、映画の音楽担当のバーナード・ハーマンで演奏されているのが『スートム・クラウド』という曲らしく、この音楽も重要な働きをしている。最後のほうに大きなシンバルの音が一回入るのである。「バーン!」と、その音に合わせてピストルで首相を暗殺するのである。
  • この演奏場面は映画のオープニング・クレジットの時に映されて見る者を引きつける。そして暗殺場面でということで効果てきめんである。ジョーはこれを知って大きな声を出す。そのため未遂となるのである。命を救ってくれたお礼に後日大使館へと招待されていたので、息子が大使館に連れ込まれたことを知った夫妻は、その夜伺いたいと大使館に乗り込むのである。暗殺を指揮した人間が大使館の中にいたのである。
  • ジョーは歌手であったことから歌を所望される。夫はその間に息子を探すので妻に唄うようすすめる。ジョーは息子に聴こえるようにと大きな声で「ケ・セラ・セラ」をうたうのである。大使館の人は、普通はオペラを聴いているのであろうか。ジョーの歌に顔を見合わせ当惑ぎみであるが、そのうち楽しそうに耳を傾ける。ベンはそっと抜け出し息子の居場所を探す。息子は母の歌に口笛で答え、父が救出に飛び込むのであった。きっちりとサスペンス映画の流れのなかに「ケ・セラ・セラ」の歌は挿入されていたのである。
  • 暗殺の家』は、スイスのサンモリツが最初の舞台で、スキー競技などをしている。女の子がその会場で犬を放しちょとトラブルになる。そこで後に誘拐される暗殺団の首領と出会う形となる。母は射撃の名手でそこでの優勝者が、暗殺の射撃手となる。そして殺されるのが母とダンスを踊っていた知人で、ホテルの部屋のブラシをと告げて亡くなる。夫はその男の部屋の髭剃り用のブラシからメモをみつけ、暗殺団に口止めされ娘を誘拐されるのである。
  • 暗殺団のアジトは怪しい宗教の教会で、暗殺に失敗した暗殺団と警察との銃撃戦となる。夫は教会に娘を助けに行くが捉えられて怪我をしてしまう。娘は一味から逃れて屋根にのがれるが例の射撃手が追ってくる。母は自分の腕にかけ射撃手を射殺して娘を助けるのである。暗殺場面は、こちらもオーケストラの音楽が活躍し、合唱団員の顔をアップし合唱団の歌詞で緊張感を増していく。シンバルは『知りすぎていた男』より小さめであった。
  • 教会は『知りすぎていた男』でも出て来て、謎の言葉から探しあてるのはジョーであった。しかし、ここは一時的なアジトで、大使館がジョーの歌声の出番であった。このようにリメイクしたのかと興味深かった。あのオーケストラの一方でポップな「ケ・セラ・セラ」を挿入するとは凄い発案と実践力である。ドリス・デイはこの歌を始め子供の歌として気に入らなかったようであるが、自分のテレビ番組の曲としても使ったそうである。この後ドリス・デイの映画『二人でお茶を』をみたが、こちらはユーモアたっぷりの楽しいミュージカル映画であった。ドリス・デイのタップも軽快で、ジーン・ネルソンが階段を使ってのタップが見事である。
  • 追記: ヒッチコック映画50本鑑賞終了。 未鑑賞作品→「快楽の園」「山鷲」「下り坂」「シャンパーニュ」

京マチ子映画祭・映画『婚期』

  • 死語になりつつあるのかもしれない結婚適齢期の「婚期」。今は結婚する時が婚期よということになる。映画『婚期』は水木洋子さんのシナリオなのでずうっと観たかったのであるが、DVDは高いので出会えるまでと待っていました。コメディに仕上がっていて、映画館であまり笑い声を上げてもと控えつつ笑いました。水木洋子さんのがっちり社会派作品とこうした喜劇作の差がお見事。結婚適齢期に囚われている小姑が二人、離婚して一人暮らしの姉のところで兄嫁をこき下ろしている。言いたい放題である。

 

  • ではその兄嫁とはどんな人なのかと実家にカメラは移る。兄嫁の静は、家事に一生懸命である。ばあやが「奥さま、腰巻が出てます。」と注意する。「腰巻ではなく下着なの。」と奥さまはいう。スカートから下着が出ているのである。それが兄嫁の京マチ子さん。ばあやが北林谷栄さん。小姑の長女が高峰三枝子さん。次女・波子が若尾文子さん。三女・鳩子が野添ひとみさん。さて夫はというと、船越英二さんである。この夫、家に帰って来ても女たちの戦の中から逃避し、仏間でお経を読んだりするが、これまた曲者なのである。

 

  • 兄嫁と波子と鳩子姉妹の攻防戦が小気味よいくらいのテンポのよさで、その台詞の面白さに感心してしまう。そこへ、ばあやが加わるのである。波子は書道を教えこづかい程度の収入である。鳩子は劇団に入っているが一言台詞がやっとである。「おふろが冷めますからどなたか入って下さい。」「書道をみてしまわなければ。」「台詞の練習をしなければ。」いつものことと困ったもんだと引っ込むばあや。あくびの兄嫁。

 

  • こんなものではない。姉妹は、兄嫁宛に差出人不明で、兄の浮気と子供まであるという手紙を出すのである。兄嫁の様子を観察する姉妹。「バレたらどうしよう。」「ケ・セラ・セラよ。」出ました!ヒッチコック映画『知り過ぎていた男』の中でドリス・デイが歌う曲名である。日本でも「ケ・セラ・セラ なるよにになるわ」と歌われました。ついに姉妹は長女のところへ行くと家を出ようとする。そこへ兄嫁がお見合いの話しがあることを告げる。途端に態度が変わる波子。その変わり身がこれまた結婚願望の強い波子の現金なところである。

 

  • これほど「婚期」(結婚適齢期)という言葉をおもちゃにされていじくられている話もめずらしいかもしれない。『細雪』も雪子の婚期が問題であったが、この姉妹は「婚期」に条件をさげたりして果敢に挑戦している。兄嫁も「婚期」の後期に我が実家にお嫁に来ているのでそれも気に食わないのである。ばあやは長女の夫がふさわしくない人で、その結婚生活を見て波子と鳩子は結婚に幻滅したのがよくなかったという。しかし自活するだけの意気地もないので嫁いびりとなるのである。兄嫁が天然なのか、これまた反応が鈍いのである。それがまた姉妹には気に食わないのである。その感じがよくでている。

 

  • とにかくたたみかける台詞の面白さや応酬のテンポや間が快活で気持ちよいくらいである。そこへぼそぼそっと自分の考えをいうばあや。だれも真面目に受け取らないのがこれまた可笑しさを誘う。しかし行動もきちんとする。脚本のセリフを読んでも面白いのかもしれないが役者さんたちの腕でセリフもさらに生きたと思う。そんな中で、家長としての夫は地位を保つのであるが、外ではこれまた勝手なふるまいで、それでいてやはり女の知恵に四苦八苦である。最終的には誰の勝利となるのか。本妻は強しである。

 

  • 監督・吉村公三郎/脚本・水木洋子/撮影・宮川一夫/美術・野間茂雄/他の出演者・藤間紫、弓恵子、片山明彦、六本木真、中条静夫

 

  • 角川シネマコレクションとして京マチ子さんの映画のDVD化がなされ、嬉しいことにかなり手に入れやすい値段になった。水木洋子さんの映画シナリオで京マチ子さんが出演されているのは『あにいもうと』『婚期』『甘い汗』『妖婆』である。『妖婆』はまだ観ていないのでDVDを購入にした。

 

  • 水木洋子さん映画シナリオ作品は『女の一生』(原作・徳永直)『また逢う日まで』『せきれいの曲』『安宅家の人々』『おかあさん』『丘は花ざかり』『ひめゆりの塔』『夫婦』『愛情について』『あにいもうと』『にごりえ』『山の音』『浮雲』『女の一生』(原作・山本有三)『ここに泉あり』『驟雨(しゅうう)』『夜間中学』『あらくれ』『純愛物語』『怒りの孤島』『裸の大将』『キクとイサム』『おとうと』『婚期』『あれが港の灯だ』『もず』『にっぽんのお婆ぁちゃん』『甘い汗』『怪談』『氷点』『妖婆』の31本でさらにリメイク版が3本である。観れる予定がたっていないのが太字の7本である。

 

  • 池袋の新文芸坐で『没後50年 名匠・成瀬己喜男 戦後名作選』が3月12日(火)~22日(金)まで上映される。その中に『夫婦』と『驟雨』がはいっている。あらすじを読むと『驟雨』は観たような気もする。どちらにしても時間がとれないので残念である。調べたところ『驟雨』は2017年に神保町シアターで観ていた。ささやかな多少倦怠期もみられる夫婦の日常で大きな事件も起こらない。1956年の作品で、何も起こらないという日常が時代の流れの中から見るとかえって貴重で大切な時間である。

 

京マチ子映画祭・ 浅草映画・『浅草紅団』

  • アルフレッド・ヒッチコック監督作品の映画に没頭していたところ「京マチ子映画祭」を開催しているのを知る。(角川シネマ有楽町)京マチ子さんは、『羅生門』(1950年)、『源氏物語』(1951年)、『雨月物語』(1953年)、『地獄門』(1953年)、『鍵』(1959年)など、海外で脚光を浴びた作品に出演され、その演技力は周知の通りである。

 

  • しかし、その他の映画での京マチ子さんも魅力的で、この方の出ている映画は飽きないのである。リアルさとは違う独特の人物像を作って披露してくれるのである。驚いたのは『愛染かつら』で、田中絹代さんのイメージを変えて京マチ子版にしてしまっていたことである。映画の中での舞台映えがするのである。一応探しあてられるだけのDVDはレンタルして観たのであるが、今回は一挙に32本の映画上映である。

 

  • 映画『浅草紅団』は川端康成さん原作であるが、『浅草紅団』ではなく『浅草物語』のほうの映画化らしい。脚本が成澤昌茂さん、美術が木村威夫さんで、監督は久松静児さん。京マチ子さんは、女剣劇の紅座の座長・紅竜子役で地方をまわりをしてやっと浅草で興行できることになった。それも浅草の顔役・中根の力で、さらにその中根に子供の頃浅草寺そばで拾われここまでにしてもらった恩義がある。この顔役が悪い奴という定番である。

 

  • 中根が狙っているのは、おでん屋の娘でレビューに出ているマキの乙羽信子さんである。お金を貸して返せないなら俺の女になれという。マキは島吉という好きな人がいる。島吉の根上淳さんは、中根からマキを守ろうとして子分を刺し浅草から身を隠したが、島吉が戻って来たという声が飛び交う。マキは中根がねらっている島吉を浅草に来させたくないが島吉は浅草に顔を出すのである。島吉は上野で田舎から出てきた女に浅草に行きたいのだがと行き方を尋ねられる。地下鉄で一本だと島吉は教えるが、女は不安だから連れて行って欲しいと頼むのである。それは中根の差し金の竜子の誘いであった。竜子は気風のよい島吉を守る形となる。そして、竜子とマキの関係が島吉を通じて明らかになるのである。

 

  • 筋としては目新しいものではないが、マキの乙羽信子さんの笑顔の「百万ドルのえくぼ」が画面いっぱいにあふれ、明るく歌う。そして、京マチ子さんの剣劇が格好いいのである。マキと島吉を舞台の背景の道具の後ろに隠し、その前での立ち回りはたっぷりと見せてくれる。乙羽信子さんのえくぼと京マチ子さんの剣劇をを見れただけでも満足である。マキちゃん!竜子!と声を掛けたくなる雰囲気である。映画のなかでの観客はもちろん声をかける。京マチ子さん、リズム感があって動きがよい。それでいてピタッときまるのである。そして目力もたっぷりである。舞台映えの生きる映画でもある。それも浅草での女剣劇である。近い目線。当時の女剣劇の人気度がわかる。

 

  • 浅草寺から六区あたりもたっぷりで、時代設定としては瓢箪池の埋め立て工事が始まった頃としている。瓢箪池が埋められたのが1952年で映画『浅草紅団』の公開が1952年であるから同時代の浅草の映像である。久しぶりの映画館での浅草であった。浅草の映写とセットが上手く合って楽しませてもらった。

 

劇団民藝『正造の石』

  • 正造の石』の「正造」とは、栃木県の足尾銅山から流れる鉱毒の被害を訴えった田中正造さんのことである。明治末の頃である。田中正造から渡良瀬川の石をもらったのが26歳の女性・新田サチである。サチの家は谷中村の農家である。鉱毒のために母は死に、父と兄と三人で農業に従事し頑張っているが土地は鉱毒のためひどい状態である。兄は田中正造の考えを信じている人であった。サチは谷中村を離れ東京の福田英子のところに住み込みの家事手伝いとして上京する。

 

  • 福田英子は女性活動家で仲間たちと女性新聞世界婦人を発刊する。ところがサチは文字が読めないのである。福田英子は文字を教えるというが、サチはとんでもないという。サチにとって字が読めないことは今まで生きる上で困ったことではなく、それがあたりまえのことであった。ただ、石川啄木の歌を読んでもらい歌というものが自分の心に何かを伝えてくれるものなのだということを知る。歌だけは文字で読みたいとおもう。

 

  • その啄木にサチは出会うのである。サチはもう一度啄木に会いたいと思い探して訪ねたところは、浅草の十二階下(凌雲閣)の裏の私娼街であった。啄木は自分はダメな奴なんだという。ただサチには、福田英子たちの話しより、貧窮にあえぐダメな啄木の作った歌のほうが感情的にわかり伝わるものがあったのである。

 

  • サチには、福田英子に内緒で警察に福田家の様子を知らせる役目があった。兄のためだからといわれサチは引き受けさせられる。サチは警察がいう社会主義者は恐ろしい人間なんだということが信じられなかった。だからといって、福田英子たちの話しの内容はサチにとって別世界の事に思えよくわからない。しかし、福田家に集まる人々が警察につかまりひどい目にあっていることを知ると、自分は福田英子にひどいことをしている人間だと思い始める。

 

  • サチは、ひとつひとつ自分で感じることで自分の糧としていくのである。兄は苦しむ農民の立場を捨てそれを押さえる側に回ってしまった。サチは分からなくなるばかりで谷中村に帰り田中正造のそばで働きたいというが、正造に自分で考えて自分のやりたいことを見つけろといわれる。その時浮かんだのが、福田英子の母が入院している看護婦さんのことであった。親もなく独力で看護婦さんになった人であった。サチは、初めて真剣に文字を習おうと決心するのである。

 

  • サチは人の裏を見てもへこたれない。自分も汚いことをしてきたからである。ただそのことが負い目となって負けそうになったこともある。正造の石は重く、邪魔でもあった。それでも捨てられなかった。今、その石を投げるつけられる自分がいた。色々なことを知るうちにその石はもらった時よりも重くなっていたのかもしれない。自分を戒めてくれていたのかもしれない。その石をどこに投げつけるべきか、そして自分はどう進むべきかを教えてくれ、手放しても大丈夫な自分がみえたのである。

 

  • 芝居では役者さんたちは、客席の通路を使った。通路を道などとしてそこを役者さんが歩いて観客を喜ばせるという手法もあるが、今回の舞台では必要不可欠という感じで、舞台上の出入りだけでは表現できないその時代の人々のエネルギーを発散していた。明治政府の富国挙兵・殖産興業政策は時には国民を置き去りにし、時には切り捨てて突っ走っていた。その中でも足尾銅山の公害問題は、田中正造さんという人を得て大きく注目された。その運動の中で自分の生活体験を芯にして自分の進むべき道を切り開いた若き女性を主人公にしている。

 

  • 足尾銅山事件については多少詳しく知ったのは、田中正造さんの生家を訪れた時であった。そこの展示資料で、国会議員をやめ足尾銅山の鉱毒問題を明治天皇に直訴したり、死ぬまで公害に苦しむ人々や立ち退き問題と闘った人であることを知ったのである。よくここまで自分の信念を貫けるものだとその不屈の精神にただ驚嘆するばかりであった。

 

  • その前に渡良瀬渓谷を電車で眺めつつ足尾銅山跡を見学していて、ここで働いていた人々の大変さを想ったが公害に関しては触れていなかったような気がする。観光気分でいたが、その後、渡良瀬川が鉱毒を運んで農家を苦しめたのを知る。自然は警告したのであろうが、当時の富国挙兵・殖産興業政策はその警告をも無視したのである。

 

  • 田中正造は、足尾銅山を閉山にしなければ公害はなくならないし農民の暮らしはもとにもどらないと考えている。福田英子たちは、足尾銅山の労働者の待遇改善を主張している。閉山まで考えるとそこで働く人の場所がなくなる。田中正造にしてみれば、閉山をしてそのあとの労働者の働く場所を考えてやり、公害の被害者の補償をも考えるべきであるという考えで、先ず閉山ありきであった。

 

  • 芝居の中で、警官がこんななまぬるいことをしていないで田中正造をしまつしたらどうですかと上司にいうが、殉教者になってもらっては困るからと答えている。調べたところ田中正造さんの遺骨は6か所の墓所に分骨されている。それだけ広い地域の多くの人々の支えとなったのである。

 

  • 正造の石』に石川啄木が出てくる。田中正造の直訴を知って盛岡中学生の啄木は「夕月に葦は枯れたり血にまどふ民の叫びのなど悲しきや」と歌っており、足尾銅山鉱害被害者のために義援金を募っているのである。15歳の時である。この人は社会に対しても非常に早熟であった。その問題点に神経がぴりぴりと反応している。

 

  • サチが訪ねた浅草の十二階下であるが「十二階下の層窟」と言われた場所で北原白秋も啄木にここに連れられてきている。(『白秋望景』川本三郎著) 芝居を観ていて石川啄木と十二階下の設定にはよく調べておられると思った。啄木とサチの結び付け方も効果的であった。読み書きのできなかったサチは、啄木をも越えて生活者としての自立に立ち向かっていくのである。

 

  • 新田サチ役の森田咲子さんは劇団において大抜擢であったようだが、田中正造が伊藤孝雄さん、福田英子が樫山文枝さん、英子の母が仙北谷和子さんとベテランに囲まれてサチを演じきる。時には自分にはよくわからい、時にはそれは自分にもわかる、どうしてそうなってしまうのか、おかしいではないか、自分はどうすればよいかなど、その場その場で考え一歩一歩探しながら歩いて行く。啄木の大中耀洋さんは自分にはわかっているが貧しさゆえにという家族をかかえる若き苦悩がでていた。

 

  • その他、景山楳子さん、石川三四郎さん、堺為子さんなど実在した人物がでてくるが、福田英子さんの活動を把握していないので芝居の中だけでの人物像となった。『民藝の仲間』の中で、女性史研究者の折井美耶子さんが書かれている。「戦後1945年8月、市川(房江)らが政府に婦人参政権の要請を行い、幣原(しではら)内閣の初閣議で決定した。その翌日にGHQから婦選を含む5大改革指令がでたのであって、女性の参政権は決してマッカーサーからのプレゼントではない。」一日違いとは !

 

  • 群馬県館林の『田山花袋記念文学館』と『向井千秋記念こども科学館』に行ったことがあるが、『田中正造記念館』はその頃はまだ開館されてなかった思う。足尾銅山は栃木県で鉱毒は栃木県と群馬県にまたがっていたわけでそれぞれの県の思惑もあり、抗議運動も大変なことであったろう。

 

  • 作・池端俊策、河本瑞貴/演出・丹野郁弓/出演・森田咲子、樫山文枝、神敏将、大野裕生、山梨光國、本廣真吾、近藤一輝、保坂剛大、望月ゆかり、境賢一、吉田正朗、大中輝洋、船坂博子、梶野稔、金井由妃、山本哲也、仙北谷和子、伊藤孝雄

 

新派・松竹新喜劇競演『華の太夫道中』『おばあちゃんの子守歌』

  • 新派130年と松竹新喜劇70年を合わせると200年ということでの記念公演とも言える。それぞれの良いところがつながったり引っ張り合ったりして面白い舞台となった。『華の太夫(こったい)道中』は、北條秀司さんの作品『太夫(こったい)さん』である。どうして芝居名を変えたのかと思ったら太夫の道中を豪華にという思惑からのようであるが変えてほしくなかったです。京都の島原では「太夫」のことを「こったい」と呼ぶのだそうで、新派の『太夫さん』で知ったのである。けったいな呼び方やなあと思ったものであるが、そのいわれについては島原には島原の心意気があるようである。

 

  • 妓楼の女将おえいを花柳章太郎さん、新しい太夫となるきみ子を京塚昌子さんでの古い映像を観た事がある。白黒映像であり妓楼の台所でのそこに住む人々の営みが話の中心で、薄暗く乗り気ではなかったが観ているうちに引きつけられていた。最後はその暗さにほのかな灯りが射すと言った感じで終わった。やはり花柳章太郎さんはいつのまにかおえいの人物像を観客に残し、テレビドラマでしか知らなかった京塚昌子さんの舞台人としての演技力も新鮮であった。

 

  • 映画『太夫(こったい)さんより 女体は哀しく』は、おえいが田中絹代さんで、喜美代が淡路恵子さんである。映画は、おえいに要求書えを提出する太夫役が乙羽信子さんで、この役にも色を濃くしていて、人間関係を広げ映画ならではの外の世界も映し出し、そこからこの仕事に従事した女の哀しさを膨らませている。

 

  • 三越劇場でおえいが水谷八重子さん、やえ子が波乃久里子さんで観た。この時が新派の『太夫さん』の全体像が明らかとなったわけでなるほどと堪能させてもらった。今回は、やえ子役が藤原紀香さんであどけなさは好演であるが、あまりにも現代的美人ということでちょっと夢物語的であった。そこを波乃久里子さんがカバーされ新派の味を壊さなかったのは見事です。それと、三越劇場の舞台の狭さに対し、新橋演舞場は広いので、島原の古い妓楼の広さが出ており、島原の角屋を見学していたのでその辺りも上手な舞台美術と思えた。

 

  • 新派と松竹新喜劇の競演で何が良かったかというと、おえいと善助の二人の場面である。おえいにはかつて恋仲だった善助という島原での古株がいる。今は島原を知る共に歩んできた同士のような存在で、それでいて気の置けないたわごとの言える中である。そして今では二人で時には琵琶湖あたりに小旅行などにも出かけている。おえいはしみじみとその旅行が唯一の楽しみだと語る。善助は曾我廼家文童さんで松竹喜劇の軽いひょうきんな喜劇性が場をなごませ、おえいの聞かせどころを受けていい場面となった。

 

  • おえいは自分で好んでつとめに出たわけでは無く、好まざるとに関わらず次々と旦那を持たされ気がつけば妓楼の女将である。時代と共に自分なりに妓楼の女性達の事を考えてきたと思っていたが、太夫たちは権利を主張し始め、自分はいったい何だったのであろうかとしんみりと善助に語るのである。仲を裂かれた二人だが、今では時間が運んで来てくれたご褒美のような間柄である。おえいは華やかに見える花街の薄暗い大きな台所のような場所で這いずり回ってきたのである。この芝居の全体を分かる観客ならこの二人の会話の部分だけ『太夫さんより』として取り出して上演してもらっても良いくらいであった。

 

  • ここがあるから、きよ子に肩入れして自分の生き方が洗われるような気持になり、そのことが明るい話題へと転換し芝居が生きてくるのである。きよ子は少しやることが人よりおそく自分の想うことが真実でその中で生きているような人である。男にだまされ妓楼を産院と思って連れて来られ、おえいも男にだまされてお金を取られてしまう。そのきみ子が太夫さんとなるのである。おえいに預けられたきよ子は幸せな縁であり、おえいもまたきよ子によって傷つけているのではなく何かを育てているという想いを持つことができ倖せが届くのである。

 

  • 演出・大場正昭/井上惠美子、瀬戸摩純、春本由香、丹羽貞仁 etc

 

  • おばあちゃんの子守歌』は、舘直志(二代目渋谷天外)さんの作『船場の子守歌』を『おばあちゃんの子守歌』としたようである。おばちゃんは水谷八重子さんで、「船場」を意識させてくれた。船場の薬問屋・岩井天神堂では高松から当主のお母さんである節子が出てくるという。節子は隠居して生まれ故郷の高松に引っ込んでいたらしい。ということは、節子は高松から大阪の船場にお嫁に来たのである。どれだけ苦労したことであろうか。

 

  • 岩井天神堂の当主・平太郎と妻・佐代子は大弱りである。節子が会いたいという孫の喜代子は長女であるが、事情があり社員の吉田と駆け落ちのような状態で行方がわからないのである。佐代子は後妻で、喜代子は前妻の子で、次女は自分の子供であるが分け隔てはないようである。もしかすると節子は岩井家の事を考えて高松に引っ込んだのかもしれない。喜劇であるからそういうことは匂わせないがそう勘ぐった方が面白くなり、新派の味も加わるのである。

 

  • 当主・平太郎の渋谷天外さんはあくまでも松竹新喜劇であるが、お母さんが歳だから心配させて具合が悪くなってはというが、次第に自分がしっかり船場でやっていることを母に認めてもらいたいという気持ちもあるように思えてくる。そう思って観てもおかしくないのである。喜代子は名古屋の支店にいっていることにするが、外からの情報は押さえることができない。おばあちゃんが登場してんやわんやである。そんな時、喜代子と吉田の居所が判るのである。

 

  • おばあちゃんはさすが行動が速い。喜代子と吉田の住む駄菓子屋の二階を尋ねる。駄菓子屋の主人が良い人過ぎて笑わせてくれる。喜代子の祖母と知らずに岩井家の人間関係を自分なりに説明し始めるのである。全く自分本位の自由発想の展開である。駄菓子屋の主人である曾我廼家寛太郎さんの一人芝居全開である。そこへ喜代子が帰って来る。おばあちゃんとひ孫との対面でもある。吉田は本家ともめる原因を作り社員を首になったのである。おばあちゃんは喜代子にいう。なんで、本家と実家と吉田の三方の橋渡しをしなかったのかと。これが船場で苦労した節子の言葉であった。

 

  • この台詞を聞いた時、やはり節子は喜代子には自分の生き方を学んでいてくれると思っていたのだあとおもえた。節子が高松へ引っ込んだのも自分が出過ぎることを警戒していたのであろう。当主の父も現れ吉田と喜代子にもどってくれるようにと頼む。おばあちゃんは、駄菓子屋の主人が直しかけの物干し台にひ孫を抱いて隠れていた。自分ではなく息子の平太郎に解決させるのである。泣き笑いの締めであるが、平太郎も当主として大丈夫であるということを母に見せたかったのである。そんなぼんぼんぶりが渋谷天外さんにはあった。それを水谷八重子さんの母は全部わかっていたのである。「おばあちゃん=船場」で笑いの中に船場三代の泣き笑いを見せてくれた。

 

  • 新派の水谷八重子さんが加わることによって松竹新喜劇の笑いの中に違う空気がフワっと加わり船場の香りがした。『華の太夫道中』と同様『おばあちゃんの子守歌』も新派と松竹新喜劇の良い競演となった。

 

  • 補綴・成瀬芳一/演出・米田亘/高田次郎、井上惠美子、曾我廼家八十吉、春本由香、藤山扇治郎 etc

 

歌舞伎座2月『暗闇の丑松』『団子売』

  • 暗闇の丑松』も初世尾上辰之助三十三回忌追善狂言である。長谷川伸さん作である。丑松は女房・お米の母と浪人を殺して江戸から逃げる。丑松はお米を信頼している兄貴分である四郎兵衛に頼む。一年後、お米恋しさに江戸にもどり、嵐で立ち寄った板橋の妓楼で女郎になっているお米と再会するのである。責める丑松。お米は四郎兵衛にだまされて身体を汚され、さらに女郎として売られ、それも転々と売り飛ばされていたのである。

 

  • 丑松はお米の話しに耳を貸そうとはしない。自分の身持ちの悪さを兄貴のしわざにして言い逃れしているのであろうと、なお一層腹を立てるのである。お米は怨めし気に丑松をそっと見つめて立ち去ってしまう。そして、嵐の中大木にぶら下がり自殺してしまうのである。店の者が風でお米の身体が揺れて降ろすのが大変であると告げる。丑松はお米の身の潔白を知らされるのである。

 

  • 四郎兵衛の家では、料理人たちが丑松のうわさをしている。丑松の事はお米の母も散々に毒づいていた。板前といっても洗い場や煮炊き専門で包丁も握らせてもらえないではないかと。料理人たちも丑松は親方にいいように利用されていて人がよすぎると。どうも、丑松は人を見る目が甘すぎるようである。それだけに兄貴の表の顔のみ信じていたのであろう。丑松は四郎兵衛の家に押し入り女房・お今から四郎兵衛は湯に行っていることを聞き出す。

 

  • お今は丑松のただならぬ様子から、自分の身体を投げ出すから四郎兵衛の命は助けてくれと言い出す。そんなお今に、いやだいやだ女は、惚れた男のためと自分の身を守るために自分を投げ出すのかと言って、お今を刺し殺すのである。丑松は四郎兵衛とお今の関係と同時に自分とお米の姿もそこに見ているのであろう。そしてそこに陥れたのが自分なのである。そのやるせなさが四郎兵衛を殺した後の花道を去る丑松の姿に重なっていた。

 

  • 何んとか今の生活から這い上がろうとする底辺の俗悪さをお米の母が映し出す。その俗悪さの中で、貧しくとも懸命に生きようとする一組の夫婦が願うような人の世の中ではなかったということである。物悲しい芝居であるが、丑松の菊五郎さんが皆に慕われている丑松であることを世話物のさらっとした感じで表される。板橋の妓楼で仲間内と会うが、丑松に対して好意的で丑松も力で納めるような人間ではない。そんな丑松だからこそお米も惚れたのであろう。それだけに丑松やお米のような人間が足下をすくわれるようないやな世の中が浮き出ている。

 

  • その闇のような暗さを風呂屋の裏方の様子で景気づけるのが湯屋番頭である。これまた元気であるが重労働である。この舞台、いつも井戸から水をくんでためるとき、本水であったろか。記憶が薄い。手の込んだ作りで江戸の人はよく考えたものだと思う。湯が熱ければ裏から水止めを上げて足すようになっている。湯桶も日に干し、個人専属の湯桶もある。そんな人々の触れ合いの湯屋の湯船で丑松は四郎兵衛を殺すのである。庶民生活そのものでの殺しの場面設定であり、後に独特の悲哀感を残す。

 

  • お米が養母に責められる部屋も隣同士がくっついていて、時々住民が窓からあの家らしいがと様子をうかがったりする。江戸の映画『裏窓』ではないかと思ってしまった。そういう点からも舞台装置が面白い芝居であり、粋な江戸のはずが、裏を返せばうら寂しい人間模様が見えてくる。長谷川伸さんならではの作品である。

 

  • 菊五郎さんの丑松と小さな幸せを願っていただけのお米の時蔵さんを軸に、ベテランが脇を固め、さらに次の世代の世話の形が出来てきているため台詞が生き生きとしてきていた。なんでもないような台詞に意味があることに気づかされる。落ちていく人のすがるもののない世の哀れさの機微を見せてくれた。

 

  • 浪人(團蔵)、料理人(男女蔵、彦三郎、坂東亀蔵)、妓楼の客(松也、萬太郎、巳之助)、妓楼の遣手(梅花)、妓夫(片岡亀蔵)、湯屋番頭(橘太郎)、お米の母(橘三郎)、岡っ引き(権十郎)、四郎兵衛女房・お今(東蔵)、四郎兵衛(左團次)

 

  • 団子売』(竹本連中)。江戸の物売りの舞踏で、「景勝団子」という名物があったらしい。くず粉ともち米の粉を混ぜて蒸してついて団子にして砂糖ときな粉をまぶしたもので、今でいう実演販売のようなものであろう。その団子売りの仲の良い夫婦の仕事ぶりと、息の合った様子をおかめとひょっとこのお面も使って踊りでみせるのである。軽快な明るい踊りで、芝翫さんと孝太郎さんコンビである。特に孝太郎さんの足の動きが働き者の女房を現わしていて、夫と一緒に働ける嬉しさを振りまいていた。