映画の中の手袋

映画の中には小物が様々の役割を与えたり思いがけない効果をもたらしたりする。

2013年1月22日 新派「お嬢さんに乾杯」で  【映画「お嬢さん乾杯」は昭和24年(松竹)の作品で脚本が新藤兼人さん。新藤さんは昭和22年に映画「安城家の舞踏会」の脚本も書いていて、原節子さんがどちらも没落貴族の娘役であるが、「お嬢さん乾杯」はラブコメディである。「お嬢さん乾杯」で木下監督は原節子さんのあらゆる表情を映してくれた。その原さんに身分違いの朴訥で不器用な佐野周二さんが一目惚れをして楽しませてくれる喜劇である。】と書いたが、その映画で原さんと佐野さんがデートをして原さんの家まで送り届け原さんが佐野さんのところへスーっと戻って来て、佐野さんの皮の手袋の上から口づけをして門の中へ駆け込む場面がある。洋画などでは婦人の手袋の上からキスをする場面はあるが、その反対は見た事が無いしお嬢さんの原さんならではの演出効果でもあった。

日活青春映画に吉永小百合さんと浜田光夫さん共演の「泥だらけの純情」がある。「お嬢さんに乾杯」と多少似ていて、高校生のお嬢さんとチンピラの若者との成就しない悲恋物語である。この映画でも男性はお嬢さんをボクシングの試合に連れて行く。吉永さんのお嬢さんは、可憐さと弾けるような笑顔の素敵なお嬢さんである。吉永さんと浜田さんは、デートの後、駅のホームで別れるのだが、浜田さんがスナック菓子を袋から半分お嬢さんの手に分けようとすると、お嬢さんは布製の手袋の片方を手から外し、その中に入れてもらう。これも予想外の行動である。中平康監督は当然「お嬢さんに乾杯」を見ていると思う。

「北のカナリヤたち」は東映創立60周年記念映画で吉永さんの主演映画である。誤って人を殺してしまい自殺しようとしたした警察官の仲村トオルさんを島の小学校の教師である吉永さんが助け、お互いに心魅かれてゆく。ある事故から吉永さんは島を去ることになり、その別れの時、仲村さんが吉永さんが差し出した手の毛糸の手袋をはずし素手で握手する。仲村さんが吉永さんの手袋を外すところに意味がある。これを見たときも坂本順治監督は両方の映画を見ているなと思った。原さんのは見ていなくても吉永さんの主だった映画は見ていると思う。

すでにあらゆる映画があらゆるワンシーンを映しだしていているが、さらに良いワンシーンを印象づけるとため様々なことを考えだしていく。<手袋>一つにしてもあらゆる見せ方と効果があるのである。見る方も、一つの映画から幾つかの映画のワンシーンをパッパッーと思い出す光の点滅も楽しいものであり、少し得意な気分になるものである。