国立劇場 『仮名手本忠臣蔵』第一部(2)

加古川本蔵が師直に進物の贈賄をするのは、師直が足利館へ登城する門前で、師直は駕籠のなかで、家来の鷺坂伴内(さぎさかばんない)が応対します。鷺坂伴内は芝居の緊張をゆるめる道化役でもあります。

足利館の門前ではもうひとつ若い一組の男女、勘平とお軽の悲劇の幕開けともなる場所です。お軽は顔世御前から判官を通じて師直に渡るようにと文をあずかり、勘平に渡します。この文は顔世御前が師直を拒絶する内容で、このことから師直の判官にたいするいじめは増幅します。

そのあとお軽は勤務中の勘平を誘い、勘平もお軽に引きづられるように逢瀬の時をもってしまいます。このへんが力弥と小浪とは違う、もうすこし情欲を含む男女の関係となります。この二組の男女の行く末は芝居の経過のなかでみていくことができます。鷺坂伴内も再度登場します。足利館のなかでは刃傷がおこり門は閉められ、勘平とお軽は門外に締め出された形となってしまうのです。

判官は自分の館に蟄居(ちっきょ)の身となり、顔世御前は夫を慰めるため様々な種類の桜を集めますが、そこへ上使がきて、判官は切腹、お家断絶、城明け渡しがつたえられます。

判官は切腹を前に国家老の由良之助を待ち、幾度となく力弥に由良之助はまだかとたずねます。力弥は未だ参上つかまつりませんと答えますが、本当に力弥は自分自身の最後を見苦しくなく終えるまで若くして重圧を担っていたのがわかります。

由良之助を待てずに判官は切腹となりますが遅かりし由良之助もやっと判官の死の間際に駆けつけ、判官の仇をとってくれとの遺言を受けとることができます。静かにおごそかに判官を見送るゆかりの人々。

顔世御前の秀太郎さんは、兜改めから、夫の判官を見送るまで、動揺を内に秘めどのようなことが起きようとも判官の妻としての威厳をもって立ち振る舞う気丈さをみせます。

勘平の扇雀さんは真面目でありながら、お軽の誘いにふっとのってしまう気のゆるみと動揺を台詞まわしが妙味で、お軽の高麗蔵さんも身体の動きで恋心を匂わせます。このあたりが小浪の米吉さんの可愛らしさとは違う色香で面白いところです。

鷺坂伴内の橘太郎さんの道化役は軽快で、少し疲れてきている観客をなごませ、師直の狡猾さの代役を笑いで引き受けてくれます。

判官の梅玉さんは、襖が開き上使の前に進み出る時の足の動きの間が覚悟している人の動きで、坐したときなは上使に対する態度も大序でのおおらかさにもどり、由良之助に自分の想いを伝えるときは悲壮感と悔しさがあり、それを受ける由良之助さんの幸四郎さんは大きさと同時に実務家の雰囲気がありました。

死の直前の判官の顔もまじかに見、父を待っていた心も知っている力弥の隼人さんは、父のもとでただ自分は言われた通りに動くのみと静かに別れの支度にかかるのが印象的です。

上使役は、塩冶家に好意的な左團次さん(師直との二役)とお上の言いつけ通りにことを運び塩冶家の人々の気持ちを混乱させる彦三郎さん。

まずは、主人の塩冶判官との最後の別れを終えて、これからが由良之助の大仕事の序盤戦です。どういう方向で残された者たちをまとめていくか。判官の遺言は受けているので由良之助の気持ちは決まっています。それを信頼できるものたちにどう伝えていくのか。

主人の死、城明け渡しなど家来にとっては承服しかねる状況です。そこで由良之助が持ち出したのが塩冶家の資産を公平に分配するということです。ここで籠城して主人の後を追ったのでは判官の意志を受け継ぐことができません。しかし一時的な感情で同志を引っ張ることはできません。落ち着けば先行きの生活のこともおもいいたります。この過程を公開してくれるのが家老の斧九太夫(おのくだゆう)です。見事に、お金によって本心をあらわす一人の人間を浮かびあがらせ当然道は別れることをしめします。

ついに由良之助は本心を打ち明けます。由良之助にとってもこれからこのおのおのの人々をまとめていけるかはわかりません。しかし、判官の一念を受けた以上やるしかありません。

様々な想いの交差する自分を隠し血気はやる若い人々を由良之助の真意を知る人々によってしずめさせ、すでに手腕の知略は働きはじめています。

城の外でひとり主人に対する情感の想いを解き放し、改めて自分の中に判官の気を入れ込みます。そして迷うことなく花道をさっていきます。

仇討に賛同する人々が花道にさがり由良之助と心を一つにするところも圧巻です。この辺の展開も由良之助の幸四郎さんの感情だけではなく実務家としての一端がうかがえます。もう実践は始まっているのです。押さえて鎮めて、それぞれの内に家族にも話さない約束事をおさめるのです。

そして、判官の形見の切腹刀についた血を口にするとき、判官の想いがすべて幸四郎さんの中におさめられます。それは、由良之助と同時に役者幸四郎さんの中に由良之助がおさまったことでもあります。幸四郎さんの由良之助は、感情を外に出す場面がところどころにあり、最初から出来上がった腹のある由良之助というより、やっと判官の死に間に合って、判官の本心を明かされ、それを待ったなしで采配する人物に変っていく過程をも観客には垣間見せ、家来たちには大きくみせる由良之助でありました。

由良之助を信頼する人々にも役の位の違いの落ち着き、はやる気持ちを抑える切れのある動きがあり、斧九太夫の錦吾さんにはそちらとは違うという色をだされていました。

さてさて、これらの登場人物は次の登場ではどんな人生がまちうけているのでしょうか。

秀調、桂三、宗之助、竹松、男寅、橘三郎、桂三、由次郎、友右衛門等一同