歌舞伎座10月『沓手鳥孤城落月』『漢人韓文手管始』『秋の色種』

沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)』は、大阪夏の陣での豊臣家最後の状況を坪内逍遥さんが脚本化したものです。(石川耕士 補綴・演出)

見どころは、淀君の心の動きということになりますが、玉三郎さんがその荒れ狂う機微を表現されることです。事に至って、秀頼(七之助)の正室で家康の孫である千姫(米吉)が、奥女中常盤木(児太郎)の導きで大阪城から脱出しようとしている現場を淀君は目撃します。

淀君にとっては、裏切りと家康の指図に煮えくりかえり、千姫にその気持ちをぶつけます。常盤木は舌を噛み切り、導いた局は斬られます。さらに、淀君は自分に仕える奥女中たちにも何をしていたのかと叱責します。そんな事がありながら、庖丁頭・与左衛門(坂東亀蔵)が台所に火をつけ混乱の中から千姫を城外へ逃がします。

淀君は、刻々と豊臣家の滅亡の中で、秀頼を守れない母としての想いと自分のかつての栄光などが入り乱れて、苦しい葛藤が起っているのであろうか、正常な状態を保てなくなっています。そんな母を前にして秀頼は母を殺し自分も死のうとしますが周りの説得で開城を決心します。

玉三郎さんの淀君の気魄に、周囲の役者さんも淀君に平伏したり、言上したり、なだめたりと必死さが出て、緊迫感がでていました。そういう点ではリアルさも増幅された芝居となりました。

淀君と秀頼は炎に包まれての自害や死までが描かれることが多いので、心理面での場面で終わる逍遥さんのこの作品は、難しく、やはり淀君の玉三郎さんの大きさで支えられた芝居となりました。

正栄尼(萬次郎・あの独特のお声で押さえがきいていました)、大野修理亮(松也)、饗宴の局(梅枝)、氏家内膳(彦三郎)

漢人韓文手管始(かんじんかんもんてくだのはじまり)』<唐人話>は、江戸時代におきた朝鮮国の使節が殺された実際の事件を題材にしていますが、場所を長崎に変えています。芝居の見どころは、役として「ぴんとこな」、「つっころばし」、「たちやく(立役)」がはっきりと印象づけられる芝居であるということでしょう。

「ぴんとこな」の代表は『伊勢音頭恋寝刃』の福岡貢のような色男の和事でありながら武士の心意気もあるという役どころのようですが、鴈治郎さんの十木(つづき)伝七は、さらに一生懸命なのであるが観客側からするとその一生懸命さに可笑し味と愛嬌も見え隠れするという味も加わるという役柄でした。

唐使接待役を仰せつかった相良家の若殿・和泉之助(高麗蔵)は、例によりまして頼りなく女にもてて身請けしたい名山太夫(米吉)がいますがお金がなく、さらに唐使に献上すべき家宝の槍先の菊一文字を紛失しているのです。色男だが頼りない、お金がない、家宝紛失の三無いづくしの「つっころばし」で、高麗蔵さんです。十木伝七は、相良家の家老で高尾太夫(七之助)と恋仲です。

「たちやく(立役)」は、通辞の幸才典蔵(こうさいてんぞう)の芝翫さんで、伝七と高尾太夫の深い仲を知らず、高尾太夫との取り持ちを伝七が引き受けてくれたと勘違いして、唐使呉才官(片岡亀蔵)が横恋慕している名山太夫の身請けの金も用立て、偽物の菊一文字も本物だと偽ってやると請け合います。

そこまでの経緯がそれぞれの役柄で演じられ、なんとかここまであたふたとして道筋をたてた伝七は柔らかさと懸命さで働きます。

ところが、高尾太夫と伝七の仲を知った典蔵はがらりと態度を変え、菊一文字を偽物だといい、名山太夫を呉才官に渡します。この変化を芝翫さんは上手くあらわし、それにあたふたする高麗蔵さんとそれを補佐する鴈治郎さんがそれぞれの役どころを掴み繰り広げてくれます。上方独特の持ち味です。

辱しめを受け我慢が爆発し、伝七は典蔵を殺してしまいます。そこへ奴光平(松也)が本物の菊一文字のありかを知らせに来て、伝七は本物を手に入れるため走ります。

話しは他愛無いですが、三役が上手く演じわけられ面白い舞台となりました。

千歳屋女房(友右衛門・珍しく女方ですが違和感ありません)、珍花慶(橘太郎)、須藤丹平(福之助)、太鼓持(竹松、廣太郎)

 

秋の色種』は、現実の気候はおかしいですが、舞台は理想的な秋の装いでした。背景が薄い水色系に秋の草花が程よく描かれ、玉三郎さんは高島田の前には輝きを押さえた金の花櫛で、着物は薄い紫のぼかしから薄い水色にかわり、袖と裾に秋の草花が刺繍されています。扇が秋風にここちよいほどに優雅に遊び、秋の虫の音に聴き入ります。

静かにしましょうとそっと梅枝さんがピンク系で、児太郎さんが朱色系のぼかしをいれた着物姿で花道からあらわれます。

あの扇使いは無理であろうから使って欲しくないなと思っていましたら、そこでお二人は使われませんでした。

終盤近くで、玉三郎さんが上手に消えて、梅枝さんと児太郎さんはお箏の前にすわります。誰もいないお箏が最初から気にかかりましたが、そういうことですかと、やはりサプライズありです。何事でもないようにお二人は箏を演奏されます。

それが終わり出て来られた玉三郎さんは黒の着物で、櫛と笄のみの名前はわかりませんが好きな髪型です。がらっと雰囲気が変わりこれまたサプライズです。三人で静かに扇を使われて終わりました。谷崎潤一郎も好んだと言われる『秋の色種』、堪能しました。満足感でいっぱいです。