新橋演舞場 『三月花形歌舞伎』 (昼の部) 

四月となり新しい歌舞伎座での四月柿葺落興行が目出度くも始まっているのに、三月の観劇の足跡を訪ねてうろうろとしている。飛ばしても良さそうであるが自分の中ではそうもいかないのである。

「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 三笠山御殿」

造り酒屋の娘お三輪(菊之助)は七夕に愛の成就を願ってお供えした赤い糸の苧環(機織の麻糸を巻いたもの)を恋人の求女(もとめ・亀三郎)に渡し、自分は白い糸の苧環を持つ。ある夜、求女は苧環の赤い糸を橘姫(たちばなひめ)の裾に付けてついて行ってしまう。それを知ったお三輪は、自分の苧環の白い糸を求女の裾につけ後を追うのである。

橘姫は蘇我入鹿の妹で三笠山の入鹿の御殿に入ってゆく。官女は姫の裾の赤い糸をたぐり求女を中に入れる。だが、求女の裾に付いている白い糸はぷっつりと切ってしまう。ここに求女とお三輪の縁が切れお三輪の悲劇が始まり、お三輪の見せ所となる。今回はこの苧環が強い印象として焼きついた。それもお三輪の白の苧環が。

糸を切られたお三輪は迷いつつも御殿にたどり着く。ところが求女と橘姫が今夜祝言をあげると聴き、気も狂わんばかりの心境で何とかその祝言を見たいと官女たちに頼む。この官女たちが意地悪で散々にお三輪をいじめる。この辺りは菊之助さんは可憐に辛抱強く耐え形も綺麗である。いじめられつつも奥の様子が気になり何とか一目求女に会いたい気持ちが伝わる。官女達はお三輪を置き去りにして去ってしまう。我慢に我慢を重ねたお三輪の耳に求女と橘姫の祝言が終わったとの知らせ。お三輪は怒り狂う嫉妬が顔に表れる。そのお三輪を漁師鱶七(ふかしち・松緑)が刺し殺す。何という理不尽か。

鱶七は入鹿と敵対する藤原鎌足の家臣で特別の鹿の血と激しい嫉妬の人相の娘の血を横笛にそそいで吹くと、入鹿が正体を無くし入鹿を倒すことが出来、求女は実は鎌足の息子であるとお三輪に告げる。それを聴いたお三輪は求女の役に立てた事を喜び旅立つのであるが、この話を聴いたときからのお三輪の糸の切られた白い苧環を愛しそうに抱きかかえつつ表現する菊之助さんの悲しさと儚さと淡い満足感が何ともいえない。この時の苧環の使いかたは絶品であり、記憶に残したい場面である。淡く消えそうであるが。

「暗闇の丑松」

この話は暗くて好きな部類ではないと思っていたら、若手で見たら、若者の信じていた者に裏切られた悔しさと、世の中からはみ出した鬱屈したやるせなさが伝わり面白かった。祖父二世松緑さん、父三世松緑さんが演じられ現松緑さんは初役だそうである。お二人のは見ていないが、何回か演じられると若さだけではない深みが出るかもしれない。

丑松の女房お米の梅枝さんも血の気の多い丑松に対比して古風で芯を秘めた悲恋の感じを出し、丑松が怒りを爆発させる原動力となり納得できた。

簡単にあらすじを。丑松にはお米という恋女房があるが、その母親がお米を妾奉公に出そうとしたため、丑松はその母を殺してしまう。丑松はお米を信頼していた兄貴分に預けるが、この兄貴分がお米を女郎にしてしまい、偶然にもお米は客として丑松と会ってしまう。丑松は兄貴分を信じていて、お米が自分から他の男に騙されて身を崩したと思ってお米の話を信じない。お米は絶望し死を選ぶ。事実を知った丑松は兄貴分を湯やで殺す。

丑松とお米が想像もしていなかった場所で会ってしまう丑松の驚き。この女の為に俺は人を殺めたのか、何という馬鹿であったか。恥ずかしくて居たたまれないのに、自分の話を信じてくれない夫への絶望感。死を覚悟しそっと夫を部屋の外から覗くお米。その二人の繋がらない糸の切ない空間を心理的にもよく出していた。ここまでは期待していなかったので面白かった。

江戸時代の湯やの様子を楽しめる作品である。

尾上菊之助さんは私生活では綺麗に糸が結ばれたようで喜ばしいことである。