映画 『乾いた花』

【池部良の世界展】 (早稲田大学演劇博物館) で、『乾いた花』に早く出会いたいものであると書いたが、1年半近くたっての出会いである。池部良さんの多少希望があるのかもしれないが、やはりじわじわ締め付ける虚無感が凄い。時に、ニヒルではない自然の笑みを浮かべる。しかし、何も望まない虚無の眼になっていく。その日常にふっと近づきながら離れていく過程もいい。

賭けることによってしか、自分の存在価値を見出せない男女が賭場で出会う。男は、ヤクザで人を殺し刑務所から出てきたばかりである。女の正体は最後まで解らない。この二人の男女の視線の中にもう一人何を考えているのか解らない薬をやっているであろう男の視線が絡まる。絡まる男に危険を感じているヤクザの男は、女にも注意をうながす。女は忠告を聞き入れているようで聞き入れていない。ヤクザの男は、巡りあわせでまた争う相手ヤクザを殺さなくてはならない。ヤクザの男は、女に自分が人を殺すところを見せる。女は瞬きもせずに見る。ヤクザの男は刑務所で、後から入所した仲間に、女が、絡らまる男に殺されたことを聞く。ヤクザの男の喪失感は、自分が思っていたよりも深かった。

ヤクザの男は、女が殺されるかもしれない。絡まる男に意味もなく近づく女を予想していた。それを食い止めるため、自分が人を殺すところを見せたのである。ここまで行っても女の望むようなものは何もないぞという事を示したのである。しかし、それが女の行動を止める力とはならなかった。

女の加賀まりこさんの衣装は、おしゃれできちんと仕立てられたものを着ている。そのまま高級レストランで食事ができるスタイルである。二人が賭場へ行く時待ち合わせるのが夜の教会の前で、女はスポーツカーで来る。それを待つヤクザの男の池部良さんは、教会の階段を降り、スポーツカーに乗る。外から見るダンディズムに反して、ふたりは埋めることの出来ない虚無を抱え込んでいる役柄である。絡む男は藤木孝さんで、この男の視線を凝視する池部さんの視線は今までの映画で見せたことのない暗い視線である。

この映画を引き受ける前に池部さんは舞台「敦煌」を、1週間で降板している。マスコミメディアは<映画で人気が少々落ち目のスターが舞台で失敗>と書き立てる。篠田正浩監督は、このような状況のとき、池部さんに映画出演依頼をする。テレビのインタビュウーで篠田監督は、その時のことを話されている。池部さんからどうして僕なのかと尋ねられ、小津監督は「早春」を、渋谷監督は「現代人」を、豊田監督は「雪国」「暗夜行路」を、木下監督は「破戒」を、池部さんで撮られている。下手だったらだれも池部さんを呼ばないでしょうと言われたと。池部さんはとても嬉しそうだったと付け加えられた。

この映画は、映倫に成人指定され、松竹は8か月間公開を見送るが、公開されると評判となる。この映画を観ると、脇であっても<池部良>という俳優の何かを見落としていたのではないかと思えてくる。

篠田監督は、キャスティングしてしまえば何もしませんと言われている。『乾いた花』の池部さんを引き出したのは篠田監督である。しかし篠田監督は細かい演出はしないと言われる。確かにあの池部さんの虚無感は、ああですこうです言われて出てくるものではないのかもしれない。その人の何処かにしまい込んでいたものが、表出しただけなのかも。

親分役の宮口精二さんと東野英治郎さんの凄味はないが、お互いを探り合いながら上手く立ち回り、子分には負担をしいる設定は、『仁義なき戦い』に受け継がれた感じがする。

『乾いた花』  監督・篠田正浩/原作・石原慎太郎/脚本・馬場当、篠田正浩/撮影・小杉正雄/出演・池部良、加賀まりこ、原知佐子、藤木孝、杉浦直樹、宮口精二、東野英治郎