歌舞伎座6月 『新薄雪物語』

『新薄雪物語』は昼夜にまたがっており、昼が<花見><詮議>、夜が<広間><合腹><正宗内>であった。

奉納の刀に、鑢(やすり)で傷目がついていたことから、天下調伏の疑いをかけられた幸崎(さいざき)家と園部家の悲劇の話しである。

鑢で傷目をつけるのが、団九郎で、それを操っているのが、秋月大膳である。証拠隠滅で、普通下手人は殺されるのであるが、大膳は団九郎を殺そうとするが見逃すのである。この部分が以前から納得いかなかったが、今回分かった。

団九郎は吉右衛門さんである。大膳が仁左衛門さん。あらすじを読んでいなかった。<正宗内>という場面がある。今回は、刀に関係する刀鍛冶の話しがついているのである。団九郎が殺されなかったのは、<正宗内>で団九郎の話しとなるからである。今まで、<正宗内>はあまり上演されないので、団九郎は中心人物ではなかった。

夜の部の入場口で、よろしければ参考にと、昼の部の簡単なあらすじと、人物相関図の紙を渡された。<合腹>までは以前観ているので、<正宗内>の人間関係が一目瞭然で助かった。

園部家の子息・左衛門(錦之助)は、刀を打った名匠・来国行(らいくにゆき・家橘)、奴・妻平(菊五郎)と共に清水寺に刀を奉納に来る。先に花見に来ていた幸崎家の息女・薄雪姫(梅枝)は、腰元・籬(まがき・時蔵)と妻平に左衛門との仲をとりもってもらう。その時の艶書には、「刀」の字の下に「刀の絵」その下に「心」で、「忍」となり、忍んで逢いにくるようにと薄雪姫の想いが書かれていた。美しい梅枝さんと、しっかり柔らかさの身についた錦之助さんを取り持つ、余裕の菊五郎さんと時蔵さんで安心して観ていられる。

薄雪姫に心ある秋月大膳は、団九郎に奉納の刀に鑢目を入れさせ、それを来国行に見とがめたれ、小柄を投げ殺してしまう。ここで、団九郎も殺すつもりであったが、見逃すのである。この時の仁左衛門さんと吉右衛門さんの悪の呼吸の決めがいい。久しぶりの空気の振動である。大膳の園部家と幸崎家を失脚させる策略であった。

<花見>の場の最後は、妻平が、大膳側の水奴との大立ち廻りである。水奴ということから、水桶を持ったり。傘をもったりで、二回ほど妻平を囲んで三角形の幾何学模様を作り、見た目にも楽しい立ち廻りであった。

<詮議>は、幸崎家邸にて、葛城民部(菊五郎)と大膳の弟・大学(彦三郎)を上段に、下段には、園部兵衛(仁左衛門)、左衛門(錦之助)、幸﨑伊賀守(幸四郎)、薄雪姫(児太郎)が控えているが、国行も殺され、左衛門と薄雪姫には身の潔白を証明できない。兵衛と伊賀守の辛抱どころであり、二人は花道に渡り話し合い、それぞれが相手の子供を預かり詮議して事の次第を白状させることを申し出る。民部も承諾し、左衛門と薄雪姫との手を自分の開いた扇の下で重ねあわさせ、いずれはと希望を持たせる。重苦しい中にわずかな情をかもしだす。錦之助さんと児太郎さんのそれぞれ顔を合わせつつの交叉する別れに悲哀があった。幸四郎さんと仁左衛門さんの親としての腹の据えどころもいい。

<広間・合腹>である。薄雪姫は今回、梅枝さん、児太郎さん、米吉さんの三人がそれぞれ勤めた。ここは米吉さんで、三人三様の薄雪姫であった。何れは通しで演じることを胸に闘志を燃やしてほしい。兵衛は薄雪姫を逃がすことに決める。この場ですすすっと別室から出てきた腰元の足さばきがよい。腰元・呉羽の高麗蔵さんであった。ちょうど、先代の又五郎さんと佐貫百合人さん共著『ことばの民俗学 4 「芝居」』を読んでいたら、歌舞伎についての実践的なことや色々多義にわたることが書かれてあって、そのことが頭にあってか、足さばきが目に入ってしまったのである。

足さばきだけではなく、役の性根もしっかりしていた。この場の主人・園部夫婦(梅の方・魁春)の窮地、薄雪姫を守れという任務。ことは重大である。その責務を受ける腰元としての動きがいい。この人なら、おぼつかない薄雪姫を守って行けるであろう。やはり託す人によって、その場の雰囲気も変わってくる。左衛門に会えないのを悲しがる薄雪姫と自分の娘として送り出す園部夫婦。

幸崎家から左衛門の首を落としたとして、その刀が使者(又五郎)によって届けられる。その刀で薄雪姫の命をとの口上である。その刀を見て、兵衛は伊賀守の真意を悟る。お互いに通じ合った二人は、蔭腹を切り子供たちの命を嘆願する行動に出るのである。伊賀守、梅の方、兵衛、三人の泣き笑いとなる。ここが見せ場、聞かせどころである。幸四郎さん、魁春さん、仁左衛門さん、それぞれの役者さんがどう表現するのか。こちらも息をつめてその笑い方を待ち、圧倒された。伊賀守の妻・松が枝(芝雀)も訪ねてきて、男親二人を見送るのである。

<正宗内>。殺された国行の父と師弟関係なのが団九郎の父五郎兵衛正宗(歌六)で、団九郎は父の師匠の息子国行の打った刀にやすり目を入れたのである。国行の息子・国俊(橋之助)が放蕩から父に勘当され身を隠して正宗の弟子となり、娘のおれん(芝雀)と恋仲である。

仕事場で三人が刀を打つ音がいい。正宗は、息子団九郎の悪事を見抜き、刀鍛冶の秘伝である焼き刃の湯加減を息子には教えず、風呂の湯で国俊にそっと伝授する。それを察し、湯に手を入れた団九郎の手を切り落としてしまう。父・正宗に諭され改心した団九郎は、追われてきた薄雪姫を助すけるべく、片腕で捕り手と大立ち回りとなる。

<正宗内>は初見なので期待していたが、吉右衛門さんの息子と歌六さんの父との名コンビのセリフが深くならず、団九郎の改心がすんなり心に落ちてこなかった。立ち廻りも工夫しすぎの感があり、ツケの効いた基本的な立ち廻りにして欲しかった。期待しすぎで少し気がぬけた。

しかし、これだけの役者さんを揃えての、<正宗内>までの『新薄雪物語』は暫くはないであろう。