歌舞伎座12月『妹背山婦女庭訓』

今月の歌舞伎座は坂東玉三郎座長公演の感がある。若い歌舞伎役者さんをどこまでの基準に到達させ、その上に玉三郎さんの芸を乗せることが出来るかどうかである。若い役者さんが頑張ってくれて、芝居を損なうことにはならなかった。

『妹背山婦人庭訓(いみせやまおんなていきん)』 酒屋の娘お三輪が、求女に恋をしてその一途さが自らの死を招いてしまい、その死が想い人求女の役にたち、義憤も消えて死んでいくのである。

お三輪は、<杉酒屋><道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)>の場を七之助さんが、<三笠山御殿>を玉三郎さんが受け持った。求女は松也さん。求女に恋するもう一人の女性・橘姫を児太郎さん。お三輪を刺し、求女が実は藤原鎌足の嫡男・藤原淡海で自分は鎌足の家臣で、お三輪の血が敵の蘇我入鹿を滅ぼせるとお三輪に告げるのが鱶七(ふかしち)の松緑さんである。

<杉酒屋>は、東京では54年ぶりの上演だそうで、お三輪と求女が出逢った場所がわかり、そこへ橘姫が訪ねてきて三人の関係と赤と白の苧環の最初の役割がわかるのである。糸が巻いてありそれに手を持つところがついていて、糸を引くと糸巻きがくるくるまわるのである。

お三輪は隣に住む烏帽子売りの求女と恋仲である。今夜は七夕で、赤糸と白糸の苧環に願をかけている。(七夕は色々な意味が重なっているお祭りである)里では井戸替えをしているが求女は身分を隠しているから近所付き合いも悪い。そんな世間から浮いた求女のところに橘姫が訪ねて来る。丁稚の子太郎(ねたろう)の團子さんが達者で、里人にお酒を注いで回ったり、お三輪に求女のところへ橘姫が訪ねてきたことを知らせたり、後家の歌女之丞さんと大家の権十郎さんの間に入って動いたりと勘所が良い。

お三輪は求女を呼び出し、お互いの気持ちが変わらない様にと赤糸の苧環を渡し、自分は白糸の苧環を持つ。

<道行恋苧環>は、求女を挟んでのお三輪と橘姫との恋の駆け引きである。入鹿討伐の志がある求女は素性を表すわけにはいかない。のらりくらりの色男ぶりの松也さん。気の強い里の娘お三輪の七之助さん。おとなしそうだが芯が強そうな児太郎さん。足並みはそろった。求女は橘姫の袖に赤い糸をつけ、お三輪は求女の裾に白い糸をつけ、相手の行き先をたどれるようにするが、白い糸は切れてしまう。ここで縁は切れるのであるが、お三輪はそこで諦めない。二人を捜して入鹿の屋敷に紛れ込むのである。

<三笠山御殿>は、入鹿の屋敷である。七之助さんは、お三輪の恋に一途な気の強い里娘をしっかり玉三郎さんにバトンタッチした。縁の切れていない求女と橘姫。橘姫は入鹿の妹であった。求女は橘姫に入鹿が手に入れた朝廷の宝剣を兄から盗んで来ることを承諾させる。引き受ける橘姫もなかなかである。

三笠山御殿で登場するのが、鱶七という漁師で、どてらに白と黒の大きな格子縞の裃姿である。この衣装と、台詞が合っていてなかなかいい役である。鎌足が入鹿に仕えるという書状を持ってくるのである。漁師であるから鎌足のことを「鎌どん」と言ったりして愛嬌がある。松緑さん、愛嬌は薄いがすっきりとした鱶七である。貫禄ある悪の入鹿の歌六さんに負けない荒事の心意気である。

御殿に迷い込んだお三輪の玉三郎さん、豆腐を買いに行く腰元のおむらに会う。中車さんである。この役女形ではあるが、忙しそうに一人芝居をして結構言いたいことをいって去り拍手を貰える役である。橘姫と求女が祝言をすると聞かされる。そんなことさせられないとはじめは思うが、勝手のわからない場所で、官女たちに邪魔される。気はあせるが、官女は示めし合わせいじめがエスカレートしていく。心細さと恥ずかしさで涙するお三輪。求女に会いたい一心が、官女に置き去りにされ、祝言の祝いの声を聞いてお三輪は一転嫉妬の念にかられ着物も髪も乱れてしまうが、そこで鱶七に刺されてしまう。

なんという口惜しくておぞましいことか。鱶七は事の次第を話す。横笛に二つの種類の生血を注いで吹くと入鹿が正体を失うのである。一つは黒爪の鹿の生血でもう一つが嫉妬に狂った擬着の相の女の生血である。

これを聞いてお三輪は得心するが、一目求女に会いたいと苧環を抱きしめて息をひきとるのが健気である。御殿に紛れ込んでからのお三輪はあらゆる娘の姿を映し出してくれる。それを描く玉三郎さんの芝居を支えるだけの基本を守れたのであるから、若い役者さんも立派であった。亀三郎さんと、亀寿さんも脇の堅めがしっかりしている。

お三輪が死んだ後の、最後の納めも松緑さんすっきりと気持ちよく締めてくれた。