歌舞伎座12月『赤い陣羽織』『重戀雪関扉』

『赤い陣羽織』は劇作家木下順二さんの脚本である。原作はスペインの喜劇『三角帽子』ということで、これはバレエにもなっている。デイアギレフのロシアバレエ団が初演でピカソが衣装・装置を担当した作品でもある。三角帽子が権威の象徴で、木下順二さんは赤い陣羽織を権威の象徴にしている。

十七代目勘三郎さん主演の映画『赤い陣羽織』を見ているが他愛無いお話しなので映画としてはそれほど面白い作品ではなかった。

旧東海道の「宇津ノ谷峠」入口に<お羽織屋>さんがある。豊臣秀吉が小田原征伐のときに馬の沓(くつ)の取り替えをこの民家で頼んだが三脚しか取り換えず、あと一つは残して戦勝を祈るつもりですと答えた。戦さは勝利し帰るときに寄り陣羽織を与えたのである。その後、武将達がここを訪れ秀吉にあやかりたいと、この陣羽織に触ってここを通ったという。

今も、この家のお婆ちゃんが展示している陣羽織の説明をしてくれる。軽いように和紙で作られている部分が多く、沢山の人々に触られてすり切れてしまったのを、国立博物館で修復してくれたそうである。こちらは、身頃は和紙の白である。

芝居の中の<赤い陣羽織>は農家の女房がやはり立派な陣羽織なので代官に頼んで触らせてもらう。代官はこの美しい女房を気に入っているので大得意である。自分ではなく、自分の着ている陣羽織に人は権威を感じているのであるが、それを権威の象徴として胸を張っている代官にとっては自分が褒められたように満足である。

ではこの赤い陣羽織が無くなった代官はどうなるのか。

農家のおやじの門之助さんと女房の児太郎さんは仲の良い夫婦である。おやじにとって勿体ないほどの美しい女房である。その女房をおやじそっくりの赤い陣羽織を着た代官の中車さんが気に入り何んとか我がものにしたいと思い、おやじを庄屋のところに閉じ込める。そして女房をおもいのままにしようとするのである。おやじは家に戻ると赤い陣羽織がある。さてはとその陣羽織を着て代官屋敷へと乗り込むのである。

代官は慌てて屋敷にもどると、赤い陣羽織を着ていないものは代官とは認められないとの代官の奥方の吉弥さんのお達しである。代官は奥方に灸をすえられてしまうのである。そしておやじ一筋の女房は、代官の魔の手から逃れていた。そのことは台詞で話されるので、代官の振られる部分の芝居としては、笑いどころは少ない。笑いの芝居でありながら、笑いの取りづらい芝居となっている。どこで笑わせるかは、役者さん達の腕である。代官のこぶんの亀寿さんを含め、さらにもう一頭参加してのコラボは日々かわることであろう。

おやじと女房の夫婦仲は、赤い陣羽織では何の影響もなかった。

『重戀雪関扉』。『積恋雪関扉』常磐津の大曲であるが、今回は常磐津と竹本の掛け合いで演題も『重戀雪関扉』としている。読み方は同じ<つもるこいゆきのせきのと>である。ではどういう風に違うのかと思ってもわからない。関兵衛が松緑さん、小野小町姫が七之助さん、宗貞が松也さん、傾城墨染が玉三郎さんと役者さんが変わると芝居の雰囲気も変わり、掛け合いになるとこうであるという高尚な感想が書けない。

一人の役者さんが二役をする小町姫と傾城墨染を今回は、七之助さんと玉三郎さんがそれぞれ演じられわかりやすくなった。最初のこの芝居を観たとき、二役とわかっていても混乱してしまっている部分があった。

小町姫は宗貞の恋人である。関兵衛は、宗貞と小町姫とのやり取りでは本性を現さない。三人の手踊りがあって、小町姫と貞宗は関兵衛の素性を怪しむのである。

しかし、小町桜の精の力を借りてまで姿をあらわす傾城墨染の怨念は夫の仇の大友黒主の本性を暴きだすのである。そこまでの郭での様子を再現しつつ墨染は、じわじわと黒主を追い込んでいく。その場その場を見る者も想像しつつの流れである。

関兵衛の小町姫と宗貞の対し方、黒主の傾城墨染への対し方は違っている。傾城墨染との場合は、黒主へ変わるための手順が芝居として計算されている。傾城墨染と黒主の対局は次第に大きくぶつかりあっていく。その辺の違いがはっきりしていて面白かった。

小町桜の精が黒主の大きな斧を目の前にして墨染の想いと合体する魔力と大伴黒主の魔力の争いである。玉三郎さんにぶつかる松緑さん。そして大きく変身する。芝居のなかの役と、生身の役者さんのぶつかり合いは、役どころを邪魔しないところで垣間見えるとき、観客としては嬉しい現象なのである。

玉三郎さんは、若い役者さん達へ次への一歩を指し示めされたように思う。喜んではいられない責任の重い一歩でもあるに違いない。

 

 

 

歌舞伎座12月『本朝廿四孝』

『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』<十種香> 武田と上杉の戦の時代に、中国の二十四人の孝行な人を集めた故事を重ねた話らしいが、その辺はおいておいて、そのうちの<十種香>は、二人の女性の亡き人を弔うためのお香をさしている。

一人は長尾謙信の息女・八重垣姫で許婚の武田勝頼が切腹したと聞き勝頼の絵姿の前で回向している。もう一人は、花作り箕作と共に長尾家に召し抱えられた濡衣(ぬれぎぬ)である。濡衣が回向しているのは、勝頼の身代わりとなって死んだ夫のためである。勝頼は生きていた。箕作となって、武田家の家宝の兜を取り返そうと、謙信の館に潜入していたのである。

箕作のを中央に、下手の部屋で先ず濡衣が正面を向いて回向し、それが終わると、上手の部屋での八重垣姫の絵姿をみての後ろ姿の回向の場面となる。ここからが八重垣姫の見せ所であるが、七之助さんの八重垣姫は清楚な感じで色香は薄い。

この八重垣姫が、箕作の松也さんを見て絵姿の勝頼にそっくりなため一瞬にして生身の人を恋する姫に変身してしまうのである。ただ深窓の姫君であるから口説きも袂を使っての愛らしい色香とならなければならない。七之助さんはあくまでも清楚な愛らしさで一途さを貫いた。濡衣の児太郎さんに仲を取り持ってくれと頼む。

濡衣の児太郎さんは、芝翫さんを思い出させるしっかりさである。八重垣姫の様子から、兜を盗み出してその想いの証明とするならと持ち掛ける。それを聴いた八重垣姫は、やはり勝頼様だと確信する。ところが箕作は違うと否定する。それを聴いた八重垣姫、違う人に懸想してしまったと生きてはは居られぬと自害しようとする。濡衣、そこまでするならと勝頼であることを明かす。あらうれしや。

そこへ、謙信の市川右近さんがあらわれ勝頼を使いに出す。箕作が勝頼であることを見抜いていた。もどるときに勝頼を殺すため、六郎の亀寿さんと、小文治の亀三郎さんを送り出す。驚く八重垣姫と濡衣を謙信は押さえこむ。

黒の濡衣、紫の勝頼、赤の八重垣姫と衣装が艶やかで、襖絵には菊の花が広がっている。襖の前には、寄り添う一対の小鳥が雪の枝にとまる墨絵の描かれた衝立が置かれていて、それも八重垣姫の口説きの時に赤い袂が振りかかるという道具立てになっている。

長い振袖の袂を自在に優雅に扱うことによって生身の相手を目の前にして初めて恋に目覚めた、お姫様の想いを表現するのである。その動きが年齢に関係ない役を描き出せる魔法の力なのである。

今の若い力の素直な見せ所となった<十種香>である。香りの高さが増すのはこれからである。

話しに出てくる<兜>は、武田家の<諏訪訪性の兜>で、謙信が借りたのに返さないというのが、両家の不和の原因とされている。この兜が今回は上演されない<奥庭>の次の美しい場面の小道具の一つになるのである。衣裳から小道具まで全て芝居のために考えられ構築されていくのである。

武田信玄と上杉謙信のことを少し調べたところ、信玄の五女の菊姫が上杉景勝に嫁いでいる。信玄と謙信の次の世代、武田勝頼と上杉景勝の時代、甲越同盟が結ばれる。その時、菊姫は上杉に嫁いでいる。

謙信の甥の景勝は、幼少から謙信に可愛がられ、謙信は景勝のために「伊呂波尽手本」(国宝)を書いている。謙信30代なかばの戦さに忙しい時期に、一字の漢字の横に幾つかの読み方も書き加えている。その甥が川中島で戦った信玄の娘と結婚するのであるから時代の流れというのはわからないものである。

政治戦略として、嫁がなければならない深窓のお姫様が、この人と思ったら思い込むエネルギーの凄さを歌舞伎のお姫様は度々見せてくれる。或る面では、自分の意思を貫く道の一つを表しているともいえる。