『頭痛肩こり樋口一葉』『恋ぶみ屋一葉』

樋口一葉さんの『大つごもり』のようにお金の拝借はしないで年はこせそうですが、時間はどこからか盗んできたいところです。

見なければよいのに『頭痛肩こり樋口一葉』『恋ぶみ屋一葉』の録画をみてしまったのです。やはり面白かったです。かなり時間がたった舞台ですので、現在入りの良い舞台などの比較としても面白い現象の変化がみれます。

一番見落としていて今回驚いたのは『恋ぶみ屋一葉』の脚本が齋藤雅文さんであったということです。こういう物も書かれていたのだと新しい発見でした。

録画の『頭痛肩こり樋口一葉』は1984年の「こまつ座」旗揚げ公演です。

脚本・井上ひさし/演出・木村光一/出演:一葉・香野百合子、母の多喜・渡辺美佐子、妹の邦子・白都真理、母が奉公していた旗本稲葉家のお嬢様のお鑛・上月晃、父の八丁堀同心時代の隣組の中野八重・風間舞子、幽霊の花蛍・新橋耐子

樋口家の明治23年から明治31年のお盆までの出来事としています。お盆としているのは花蛍という記憶喪失の幽霊が登場するためでもあります。あの世とこの世の世界を同じ次元としていて、そこには悲しみはありません。ここが井上ひさしさん独特の構成でもあり、樋口一葉という若くして亡くなった悲劇の女流作家を悲劇にはしないで笑いを起こして描き表わしているのです。それでいながら一葉さんが伝わってきます。

江戸から明治維新を上手く乗り越えられなかった旗本や下級武士の生活。吉原での源氏名が花蛍という幽霊の怨みがめぐりめぐって一葉をも通過して中島歌子から皇后さまにまでいたる人の気持ちの影響力。一葉の作品の登場人物と同じ生き方をしてしまう重なりぐあいなど味わいどころは一杯なのです。

旗揚げ公演ということもあってか、動きが大きく、歌も入るので、それまでの新劇の枠を超えていて、観客の笑い声が大きいのです。この飛んだり滑ったりの観客を笑わせ入場客を一杯にする今の演技術につながっています。ところが、この作品はその後、動きよりも聞かせどころに移行していきます。私が観た範ちゅうではということですが。

2000年新橋演舞場の新派公演。

演出・木村光一/出演:一葉・波野久里子、多喜・英太郎、邦子・紅貴代、稲葉鑛・水谷八重子、中野八重・長谷川稀世、花蛍・新橋耐子

2009年浅草公会堂

演出・齋藤雅文/出演:一葉・田畑智子、多喜・野川由美子、邦子・宇野なおみ、稲葉鑛・杜けあき、中野八重・大鳥れい、花蛍・池畑慎之助

新派は動きを押さえ、当たり役の新橋耐子さんの幽霊の動きを際立たせるという感じで、浅草は新橋耐子さんの当たり役に挑戦した池畑慎之助さんが、踊りの訓練をしているしなやかな動きで幽霊の動きを見せるというところが印象的でした。さらに浅草公会堂での舞台装置が、菊坂の借家の路地の階段をあらわし、菊坂の雰囲気充分でした。

1984年の時、笑い満載だったものを、その後は、一葉さんの作品と重なることが伝わるようなゆったりさをもたせていました。同じ作品で登場人物や演出、舞台装置、音楽などで違った印象を与えるものです。録画のほうは、脚本も読んでいてみたので、笑いも作品の重なる部分もたっぷり堪能でき、井上作品が当時新しい風をおこしたであろうことが十分理解できました。

浅草公会堂で井上ひさしさんをお見かけしたのが最後のお姿となりました。講演会などでのユーモアがあって深いお話も聞くことが出来なくなり時間は過ぎていきます。

恋ぶみ屋一葉』は1994年に読売演劇大賞最優秀作品賞を、杉村春子さんが大賞と最優秀女優賞を受賞されています。

作・齋藤雅文/演出・江守徹/出演:杉村春子、杉浦直樹、藤村志保、榎本孝明、寺島しのぶ、英太郎

杉村春子さんが、88歳のときです。何がそうさせるのかという激しい動きもないのに可笑しいのです。笑いつつふっと今のどこが可笑しかったのかと疑問視しているのですが、わからないのです。間なのでしょうか。弦に触れて出る音がかすかなのに微妙にその違いが苦労なくとらえさせてくれるのです。構えていなくても伝えてくれるのです。ドタバタにしなくても伝わる可笑しさ。こんな女優さんはもうでてこないでしょう。

脚本もよくて、登場人物が思いもしなかった巡り合わせとなり、そこに『シラノ・ド・ベルジュラック』のように、恋文の代筆がからんでくるのです。

尾崎紅葉の門下生である前田奈津(杉村春子)は、一葉のような女流作家を目指しますが、今はあきらめて下谷龍泉寺町で吉原の遊女などの手紙の代筆業をしています。紅葉門下の後輩である加賀見涼月(杉浦直樹)は売れっ子小説家となっていて、二人は文学の話しも通じるよい距離感の仲なのです。涼月はかつて芸者の恋人・小菊(藤村志保)との仲を、師の紅葉に裂かれてしまい、小菊は川越にお嫁にゆき若くして亡くなってしまいます。奈津と小菊は親友で、奈津は涼月とともに小菊を懐かしみます。

ところがこの小菊が生きていたのです。そしてさらに小菊の息子・草助(榎木孝明)が小説家になりたくて涼月のところの書生になっていて、息子を川越にもどすべく小菊が奈津の前にあらわれます。草助は吉原の芸者・桃太郎(寺島しのぶ)と恋仲に。実は草助は涼月との子どもだったのです。お決まりの感じですが、それがなんともいい雰囲気で話が展開していくのです。芸の力です。

奈津はかつて小菊の涼月への恋文の代筆もしていたのです。杉村春子さんと杉浦直樹さんのコンビの間のずれ具合も絶妙でした。

この公演は、最初齋藤雅文さんの別の作品で制作発表もしたあとで、どうも違うとの判断から、映画『午後の遺言状』の撮影をしていた杉村春子さんにも了承をえに行き、前売りぎりぎりで差し替えたのだそうです。

齋藤雅文さんは、関連するものを集めてオリジナルとして組み立てるのが上手い脚本家さんです。『恋ぶみ屋一葉』の題名もすっきりしています。奈津さん、一葉さんが欲しいと眺めていたという簪をもらうんのですが、フィクションの使い方も自然で、ほど良い作品としてのアクセサリーにしてしまいます。

『頭痛肩こり樋口一葉』『恋ぶみ屋一葉』で、樋口一葉さんとの<大つごもり>も早めに楽しく終わることができました。