劇団民藝『SOETSU 韓(から)くにの白き太陽』

<SOETSU>(そうえつ)というのは、柳宗悦さんのことです。正確には<やなぎむねよし>ですが<そうえつ>と呼ばれることのほうが多いとおもいます。民藝運動に力をいれたかたで、私的には「名もなき人々のつくった生活のための工芸品の価値を高めた人」との認識で、宗悦さんの本は難しそうで読んでいません。

私が三回足を運んだ世田谷美術館の『志村ふくみ展』の志村ふくみさんは、第五回日本伝統工芸展に<秋霞>を出品して宗悦さんから破門されています。「民藝を逸脱し、個人の仕事をした」ということなんですが、友人にいわせると、二人の子供を抱えているんだもの、可能性も見極めて自由にしてあげたんじゃないのかなという意見で、破門されたことによって個人としての名前を出して突き進む道ができたということでもあります。

柳宗悦さんは『日本民藝館』を設立する前に、韓国に『朝鮮民族美術館』を設立開館させています。その時代は日韓併合の日本が朝鮮総督府をおいて朝鮮を統治している時代で、朝鮮の独立運動の三・一などが起こった時代でもあったのです。そういう時代に宗悦さんは、朝鮮の人々が日常に使われている食器や膳、中国の青磁とは違う白磁の壺などに<美>を感じてそれを残そうと行動するのです。

作者は長田育恵さんで、井上ひさしさんに師事された時期がありました。様々な人々と交流のあった宗悦さんですから全体像は難しいですが、その中でも時代的に日韓併合時代に焦点を合わせられ、この時代をよく判らない者としては、少し時代の裂けめを感じることができました。

登場人物が、柳宗悦、宗悦の妻であり声楽家の柳兼子、宗悦の書生の南宮璧(ナングンビョク)、浅川巧・浅川伯教(のりたか)兄弟、宗悦の妹・今村千枝子、総督府の役人である千枝子の夫・今村武志、宗悦と同じ学習院出身の軍人・塚田幹二郎、斎藤実総督、宗悦が朝鮮で定宿とした女将・姜明珠(カンミョンジュ)、明珠の養女やその婚約者の独立運動家などで、それぞれの思惑が交差します。

朝鮮総督府は三・一独立運動で威圧的な武断政策から、文化政策に変更します。そうしたなかで宗悦さんは周囲の協力のもと『朝鮮民族美術館』を設立して朝鮮の民藝を残そうとします。朝鮮の人からは、文化政策の懐柔的戦略の一つに過ぎないとみなされたりもしますが、残すことに意味があると開館までこぎつけるのです。

宗悦さんの奥さんである兼子さんは資金集めのため、朝鮮でコンサートを開いたりして経済的に宗悦さんを助けます。

千葉県我孫子市に『白樺文学館』があり訪れたことがあるのですが、この地は白樺派の武者小路実篤さんや志賀直哉さんも住んだところで、『白樺文学館』近くの志賀直哉邸宅跡には書斎部分が残されています。『白樺文学館』には兼子さんが使われていたピアノがあり、地階は音楽室になっていて兼子さんの歌曲が流れていました。その時購入したCD(「柳兼子 現代日本歌曲選集 第2集 日本の心を唄う」)のなかには、80歳すぎてから録音されたものもあり「みなさん、年を取ると歌えなくなるのではなくて、歌わなくなるんでしょ」といわれています。

宗悦さんが我孫子に住まわれたのは叔父の嘉納治五郎さんの勧めがあってなのです。プーチン大統領の日本人で尊敬するひとの嘉納治五郎さんが叔父さんだったとは。本通りから狭い坂道を入ったところに、宗悦さんの住まわれて三樹荘跡があり、敷地内は非公開ですが、その前にある嘉納治五郎別荘跡は緑地となっていて入れたとおもいます。

浅川巧さんは、甲府にある山梨県立美術館に行く途中で大きな映画の案内があり、韓国との友好を成した人のようで、ここの出身のひとなのだと思ってそのままにしていたのですが、芝居をみていて、このかたかなと思って調べましたらそうでした。映画『道~白磁の人』(監督・高橋伴明)。

朝鮮の山が伐採だけで、植林されないのを何とかしたいとしていて、兄の関係から宗悦さんと巡り合い、朝鮮白磁の収集に協力します。そして韓国で骨を埋めます。

日本人に好意的な宿の女将との交流などが続く中、時代の流れの中で、人の想いにも変化がおこります。そうした経験を経てその後の日本での民藝運動の柳宗悦へとつながっていくのだと暗示させられます。

宿の女将・姜明珠の最後の宗悦に対する詞が本心だったのか、子どもをかばうための言葉だったのか、それとも両方だったのかが観客の自分のなかではっきりしませんでした。

朝鮮王朝は朝鮮の人民に不当な扱いと貧困の苦しみを与えていたようですが、それを救うとしてその国の生活の美しさを壊してはならないという想いが柳宗悦さんを動かしたのでしょう。そんな宗悦を篠田三郎さんは、ひょうひょうとしながら言いたいことは主張して突き進む意志の強さをあらわしました。実在のかたははっきり見えてくるのですが、フィクションであると思われる人物は、今回は時代と異国ということもあって演じるのに苦労されたように思われました。

別々にそれぞれの生き方で芝居一本出来てしまうような登場人物をなんとか宗悦でつなげたことの大変さには敬服します。

作・長田育枝/演出・丹野郁弓/出演・柳宗悦(篠田三郎)、柳兼子(中地美佐子)、姜明珠(日色ともゑ)、浅川巧(齊藤尊史)、浅川伯教(塩田泰久)、今村武志(天津民生)、今村千枝子(石巻美香)、南宮璧(神敏将)、塚田幹二郎(竹内照夫、斉藤実(高橋征郎)etc

日本橋・三越劇場 12月18日まで

 

工藝に関してはこれでお終いかなと思っていましたら、『21世紀鷹峯フォーラム』(第二回)というのをやっています。ガイドブックを高倉健さんの追悼特別展で手にしたのですが、100の連携、300におよぶ工芸イベントがのっていて驚きです。

もちろん「日本工藝館」ものっていますが、<創設80周年特別展 柳宗悦・蒐集の軌跡>は11月で終わっています。このフォーラム、2016年10月22日~2017年1月29日までですが、無料のギャラリーもあって、日本の工藝をあらためて愉しむことができます。残念ながら終わったところもあってもう少しはやく知りたかったと思うものが沢山ありました。これは来年までつながります。

追記: 映画『道~白磁の人』(監督・高橋伴明)みました。国家間が政治的に争っている時でも、芸能、芸術、文化はひっそりと、時には凛として光り輝いているのが素晴らしいですね。知らなかったことを教えてくれる演劇、映画の力も素晴らしいです。