成瀬己喜男監督・川島雄三監督『夜の流れ』

成瀬己喜男監督と川島雄三監督の共同監督作品が『夜の流れ』(1960年)で、花柳界に生きる母娘の生き方を描いています。神保町シアターでの企画<「母」という名の女たち>の中の一本でした。母は山田五十鈴さんで娘が司葉子さんです。

司葉子さんは池袋の新文芸坐で特集をしていました。『紀ノ川』は原作も読んでおり映画も見ており、和歌山の九度山町から、高野山町石道の展望台まで歩いて上からの紀ノ川をみていますので、大きな画面でもう一度みたいとおもいました。しかし、司葉子さんのトークショーがついていて、当然混雑が予想されましたので、またの機会としました。映画館がいろいろな企画で見たかった映画の上映をしてくれていて嬉しい悲鳴となります。

夜の流れ』は、シナリオ完成の時点で、封切りまでの日数があまりに短かったため、製作も兼ねる成瀬監督の発案で川島監督に共同監督を依頼しました。脚本は、井手俊郎さんと松山善三さんです。

さらに成瀬監督は語っています。「古い世代の人物の出てくる場面と料亭の部分を全部僕がやり、若い世代の部分と芸者屋の場面を全部川島君がやりました。」

映画の出だしがホテルのプールでの若者たちの場面で、これは言われなくても成瀬監督ではないと判りました。衣裳などでも川島監督だなとおもわせます。

さらにそれぞれの監督が別々に撮影を続けて最後に一本のフイルムにしていて「みた時には、大変楽しかった」と成瀬監督は言われています。川島監督がどうだったのかは今、探せないので課題としますが、暗さは暗く、暗さは明るく描く監督二人の共作がこうした面白い形できちんと見せる映画になっているのが流石がです。川島監督を選んだという成瀬監督は凄いです。明るくても<夜の流れ>の淀み部分はきちんと描いていて川島監督、成瀬監督に乗せられたなと思うところもありますが、俺はこっちの方向性を選ぶよという違いを娘の描き方で主張しています。

母・綾は、パトロン(志村喬)つきの料亭の女将で、その娘・美也子は大学生で、興味本位でお座敷で踊りをみせたりします。その時芸者さんが素人さんには叶わないという嫌味をいいますが、芸者さんの踊りと娘の踊りでは、目が違っていました。お化粧の関係もあるのでしょうがこんなに違うのかと思いましたね。成瀬監督が撮ったなら、素人さんにはかなわないというのは成瀬監督流のプロの気持ちを言わせているなとおもえます。

娘は板前・五十嵐(三橋達也)に好意をもちますが、既に母と板前五十嵐には大人の関係がありました。ここは、溝口健二監督の『噂の女』(1954年)を思い出します。母が田中絹代さんで娘が久我美子さん、好意をもたれるのが医師で大谷友右衛門時代の四代目雀右衛門さんです。

母と娘にはさまり板前五十嵐は料亭をやめます。母綾は五十嵐のためにパトロン・園田との色恋も断っていました。しかし、五十嵐とのことが噂となり園田にも知られてしまい、料亭から追い出されるかたちとなります。母綾は、結果はどうであれ五十嵐のところへ行くことを決心し、娘美也子は、芸者になりこの町に残ることに決めるのです。

こちらが成瀬監督なら川島監督の芸者屋は、女将が三益愛子さんで芸者衆は、草笛光子さん、水谷良重(二代目八重子)さん、星由里子さん、横山道代さん、市原悦子さんなどの芸達者なかたがたでたくましく悲哀を笑いに変えていきます。ところが、芸者をやめて好きな人と小さな呉服屋を開いた幸せな二人(草笛光子、宝田明)に思いがけない悲劇も待っています。こういう多人数の動かしかたは川島監督流です。

母綾が料亭をやめさせられての後がまが越路吹雪さんで、料亭も新しい女将でがらっと変わるなというところを越路さんが短時間の出演でわからせてしまうのも面白いですし、かつては芸者仲間だった、山田五十鈴さんと三益愛子さんの違いもこの二人の役者さんとしての見どころでもあります。

母のパトロンでもある志村喬さんの娘が白川由美さんで娘美也子と友人関係で、美也子が薦められて断った男性と結婚し、その結婚式に出席していて自分は芸者になると晴れ晴れとした顔の司葉子さんの顔がなんともまぶしいです。

あらすじがわかったとしても、成瀬監督と川島監督の映画の撮り方、登場人物の役者さんたちの個性を楽しむだけでも忙しいですから、充分愉しめる映画です。

急ぎ働きでこういう映画が残ったことは映画ファンにとっては幸せな結果となりました。

溝口監督の『噂の女』(脚本・依田義賢、成澤昌茂)は場所が京都島原の置屋兼お茶屋であり、医師は打算的な正体を現し、母の田中絹代さんは振られて寝込み、母の商売を嫌っていた娘の久我美子さんは母に代わって置屋を継ぐ決心をします。成瀬監督と川島監督に加え、溝口監督との違いを感じとる作品として、並べて見るのも面白いかと思います。

成瀬監督だけならば『流れる』(1956年)も好いですね。(原作・幸田文/脚本・田中澄江、井手俊郎)柳橋の置屋が舞台で、母が山田五十鈴さん、娘が高峰秀子さん、そこへ住み込み女中となるのが田中絹代さん。田中絹代さんがあこがれて映画界に入るきっかけとなった栗島すみ子さんがこの映画で18年ぶりの映画復帰でもあります。その他、杉村春子さん、岡田茉莉子さん、中北千枝子さん、賀原夏子さんらずらーっと顔を出しています。

川島監督の母娘の花柳界ものは今のところ思いつきません。