浅草散策と浅草映画(6)

  • 映画『浅草キッドの「浅草キッド」』(2002年・篠崎誠監督)正直期待していなくて急いで見ることもないと思っていた。原作は北野武さんの『浅草キッド』で脚本はダンカンさん。出演が浅草キッドで、すいませんが全然知りません。名前は聞いたことありますがどんなことをされているのかも知らないのである。あの原作の『浅草キッド』をグチャグチャにして笑い飛ばすのであろうか。若者がビーチサンダルでピタピタ歩いている。路上での靴売りが、浅草は、「永井荷風先生が、あの川端康成先生が通ったという由緒ある格の高い土地柄だよ。」と言って靴を履きなよとすすめる。永井先生と川端先生が靴の宣伝になる。面白い。

 

  • 片方の靴の寸法が大きすぎる。靴売りは革を多く使っていると思えばいいよ、と大きい靴の後ろに煙草をいれる。ふざけんなよと若者。そこへヤクザが現れて、兄ちゃん足があるのがいけないんだよと懐に手を入れる。若者逃げ出す。このヤクザ、紙切りの林家正楽さん。きっちり怖い人になっています。まゆの間のシワが効いている。紙切りの時は淡々と表情を崩さずに紙とはさみを動かすかたである。そして若者はフランス座の前にいる。切符売り場のおばちゃんが内海桂子さん。こちらは次第にしっかり見る態勢に入ってきた。若者の名前は、北野武。

 

  • フランス座のエレべーターべボーイに雇ってもらう。顔も知らなかった深見千三郎さんに舞台に出たいから弟子にして下さいと頼む。にいちゃん何かできるのかい。ジャズを聴きます。聴いてどうするんだい。深見師匠は何もできないタケシにタップを教えてくれる。このタップが何かあるごとに心の動揺を鎮めてくれるように動くのである。座付き作家になりたいともう一人弟子が入る。深見師匠は自分が住んでいるアパートの空き部屋に二人を住まわす。タケシは、浅草キッドの水道橋博士さんで、作家志望の井上雅義が玉袋筋太郎さんである。この二人がそれぞれの修行の中で育まれた関係と、深見師匠との関係が展開していく。特に深見師匠とタケの関係が微妙で可笑しい。師匠にタケが仕掛け、それに乗って怒る師匠がこれまた笑わせてくれる。

 

  • 深見千三郎は石倉三郎さんである。ぴったりである。初めてタケが深見さんと出会ってぶつかりそうになり、深見さんはそこをひらりっとかわす粋な動きを最初からみせる。大学中退で、先の見えない暗さがタケには漂っている。とにかく博士さんのタケは暗いのである。そこがこの映画の必要不可欠なところでもある。長い年季をを積んだ人と何もない人との出会いで縁を想わせる。初めてピンチヒッターで舞台に出る時、コントだからと面白い顔にしたら「タケ!なにやってる。芸で笑わせるんだよ。笑われてどうする。もうタケ!でいい。」と言うことでタケとよばれるようになる。

 

  • 毎日通って来るお客に、エレベエターボーイのタケは、このスケベオヤジめとゴチョゴチョいうと、その客降りる時、兄ちゃん男のスケベは死ぬまでなおらないよという。このお客が、横山あきおさんで、軽くてうまい脇をつとめられていたかたである。居酒屋でご馳走になるが負けん気のタケは、なんだスケベのオヤジじゃないかというと、笑って深見師匠の若い頃にそっくりだ、コント面白かったよと持ち上げられる。悪い気のしないタケ。少し顔がゆるむ。踊り子のお姉さんたちの準備など下働きと進行係りをしつつの毎日で、その失敗や、師匠とのやり取りにコント以上の面白さがある。踊り子さんのヒモの寺島進さんとダンカンさん。マジックのナポレオンズ。漫才コンビに島崎俊郎さんと小宮孝泰さん。それぞれの場面で盛り上げる。

 

  • 兄弟子に須間一彌さんと後のビートきよしにつぶやきシローさんで、漫才をやろうとタケを誘うが、誰がおまえと絶対やらないとつっぱねる。皆で屋台で飲んでいて師匠と姉さんもくる。タケが屋台のオヤジさんが見ていないすきをねらっておでんを口に入れる。それをマネする皆。こういう悪戯を考えて行動するのがタケは速い。気が付いた屋台の主人に、こいつペンキ屋の息子だから屋台にペンキ塗られないように注意しろよと上手く場をおさめる師匠。こんな師弟にも別れがくる。伊藤雅義は浅草を出ることを決める。師匠に世話になりながら恩知らずと叫んだタケも兄弟子と師匠のもとから飛び出すことになる。タケおまえだけは絶対もどって来るなよ。

 

  • 人気の出たツービートは、木馬亭に出ている。楽屋の芸人たちが皆ツービートの舞台を見ている。始まる前に、タケの足は、タップを踏んでいる。終わって、御祝儀の封筒が届けられる。中を見て飛び出すタケ。姿はない。深見千三郎師匠であった。「へタクソ」と書いてあった。タケは無表情にタップを踏みはじめる。タップは深見師匠から身に着けてもらった芸であり、形見のようなものである。映画『この男凶暴につき』で、コツコツと音を立てて歩く刑事。そして突然暴力が開始される。コツコツそしてタップの始まりのように思えた。

 

  • 映画『浅草キッドの「浅草キッド」』一回目は浅草で観ることのできる芸人さんも出て来て、撮影場所が劇場の中と浅草の街だけで、浅草そのものの映画として存分に味わわせてくれる。二回目は、やはり武さんと深見師匠の出会いと別れで、深見師匠の複雑な気持ちが想像され最後は涙してしまった。深見師匠が、「タケ、おまえ40年早く浅草に来てりゃなあ。ひょうたん池があってよ。変わってしまったなあ。」「師匠、40年前はオレ生まれていません。」。この映画、深見師匠に見せてあげたかったですね。「タケ、オレ生きていないじゃないか。」
  • 出演・深浦加奈子、井上晴美、中原翔子、小島可奈子、里見瑤子、桂小かん、神山勝、ガラかつとし、橋本真也、薬師寺保栄、野村義男

 

  • 三回目。タケがピンチヒッターで舞台にでる。固まっている。お客は笑う。兄ちゃんがんばれと声がかかりまた笑われる。そのあとアドリブと動きで客を笑わせる。深見師匠の「笑われるんじゃないよ、笑わすんだよ。」の一つの例なのである。芸がつたなくて笑われたのである。

 

  • 沢村貞子さんが、『貝のうた』で書かれていた。どうしていいかわからなくて、丸山定夫さんに教えて欲しいと頼んだら「減るからいやだ。盗むものさ。」といわれた。40年たってわかった。一緒に芝居をしていると、教えた相手の演技が気になって自分が乱れる。さらに、一度だけ丸山定夫さんの演技の上手さに笑ってしまった。「沢村君、笑いたかったら、お金を払って客席で笑いなさい。」役者が舞台でほかの役者の芝居をみて笑っているようでは見込みがないからやめたらと言われるのである。

 

  • 今、舞台での失敗や相手の演技でふいて、客席と共有してまた笑わせるというのがある。故意に受けをねらっているのか、たまたまなのかはわからない。笑いは、しっかり相手の芝居を役者が見ていて、次の台詞なり動きで笑いを受け、さらなる笑いの波をつくる過程であったりする。客席との役者との共有は芝居よりも、あの役者さんも笑っていて面白かったで終わることもある。笑いは怖いところがある。そんなことも考えさせられた。

 

  • 深見師匠は、タケが勝手にナポレオンズの車を乗り回し説教する。そういう時でさえ、タケのツッコミがおそいと怒る。常に、その場その場での笑いのことを考えていなくてはならないのである。ただ師匠は怒りつつもこのタケのツッコミに才能ありとしていたようである。反対に伊藤雅義は、師匠にいじってもらえず自分の才能に疑問が出て来て去ることになる。タケは絶対に一緒にやらないといっていた兼子二郎と身一つでできる漫才に勝負をかけて去るのである。オレの芸は全部お前に教えるぞと言った師匠のもとを。