劇団民藝『時を接ぐ』

  • 時を接ぐ』は、映画の編集をしていた岸富美子さんが、「フイルムを接ぐ」ことと、大きな歴史の流れの中にいた一人として「時間を接ぐ」ということを重ねている作品である。岸富美子さん(98歳)が書かれた『満映とわたし』(共著・石井妙子)から脚本を書かれたのが黒川陽子さんである。黒川さんは、一昨年NHKで『中国映画を支えた日本人~“満映”映画人秘められた戦後』を見てもっと知りたいと思い『満映とわたし』に出会ったということである。(パンフレットより)

 

  • このドキュメンタリー見たかったです。満映に関しては、2013年11月新橋演舞場で『さらば八月の大地』を上演している。この舞台はフィクションであるが、『時を接ぐ』はノンフィクションである。岸富美子さんは15歳で映画の編集の仕事につく。映画界における職業婦人の誕生といったような華やかさではない。家族の生活を支えるために、兄が日活に勤めていた関係で日活から独立した第一映画社に編集助手として入社する。

 

  • 岸富美子さんを演じたのが日色ともゑさんである。入社した日から映画作りの激しい風に吹かれてウロウロする。岸さんが編集助手として参加した映画に『新しき土』(監督・アーノルド・ファンク、伊丹万作)がある。あの映画なのかと原節子さんが着物を着て山を登って行く映像がうかぶ。浅間山らしいのだがその場面があきるほど長いのである。ドイツとの合作映画である。新しき土というのは、満州をさしていて、若い二人(小杉勇、原節子)は新しい土地を新天地として頑張ることを誓うのである。

 

  • 舞台には、アーノルド・ファンク監督が登場した。編集者に言わず勝手にフイルム編集をし、ドイツ人女性の編集者は音合わせなど大変なのだから一言いってくれと抗議して監督を納得させる。富美子は驚く。このドイツ女性は13歳から編集の仕事をしていると言い、富美子に新しいやり方を教えてくれる。相当過酷な労働時間であったろうし、監督たちとの上下関係などもたいへんであったとおもうが、富美子は仕事が好きであった。彼女は仕事と共に、満州に渡り結婚をし、家族をもつ。そこには、娘がお婆ちゃんから生まれたという母の支えもあった。

 

  • 兄も夫も満映のカメラマンであった。満映の理事長は甘粕正彦である。日本の国策映画というより中国人が楽しめる映画をつくれという。そしてそこを日本人は上手く捉えられないので中国人を多く映画人として採用するのである。やっとその人たちに技術などを教えたところで戦争は終わる。

 

  • ここから歴史は変わるのである。満映にいた日本人にとって大変なことであったが、後に満映で働いていた中国人の人々も文化大革命のとき、さらなる試練に立たされる人々もいた。岸さんは、個人として不用意にこの時代とそれ以後のことを長い間語らなかったのは、そういう災いがどこでだれに振りかかるかわからないということもあったであろう。そういう思いがけない人間同士のぶつかり合いを見て来た人であるから。

 

  • 満映の人々も日本に帰る人、中国共産党の要請もあり、映画技術を提供するために残る人などに別れ、富美子は、兄と母と家族で残ることにし、映画の仕事を続ける。ところが、人員削減があり兄がその中にはいる。富美子は自分も兄達について行くと主張。夫もそれを承諾してくれ、映画の仕事から離れることになる。

 

  • 富美子は日本に帰ってくる。今、富美子はせっかくここまできたのだから中国に協力して映画技術を残したいという想いに迷いはなかった。自分は周りの事がわかっていたであろうか。自分におごりはなかったであろうかとふと思ったりもする。

 

  • 中国が長い間日本人の映画技術や技術者のことを伏せて認めなかった。後にそれは公認されるが。そういうことだけではなく戦争という歴史のなかで個人ではどうすることもできない事がおこる。生きて行くために人は隣の人を名指しでおとしめることもある。富美子は思想はわからない。だが、映画を愛してその技術を伝えようとした人々のいたことは事実である。そのことは知ってほしいし伝えたいと思う。

 

  • 富美子はドイツ女性の編集者を思い出す。富美子が、フイルムをなめてから接ぐ方法を習っていたのでその通りにする。彼女はなめてはいけない、体に良くないのだといい、機械がそれをしてくれる新しい技術を教えてくれたのである。そうやって色々な人々の教えで仕事の辛さも楽しさにかえられたのである。それだけに、個人的な想いとして語っておきたいと広告のチラシの裏に書き始めたのである。

 

  • 満映にいた人々のなかで、中国に残られた人もいたらしいということは知っていたが、その後どういうことがあったのかはわからなかった。『時を接ぐ』で、概略を掴むことができた。そして、上に兄三人の末っ子の岸富美子さんという少女が、映画編集という仕事を全うしつつ生き抜いたことに感嘆する。日色ともゑさんの小柄な身体が嵐を受けながらもぽっきり折れないで進む姿が、富美子役にあっていた。

 

  • 作・黒川陽子/演出・丹野郁弓/出演・日色ともゑ、有安多佳子、河野しずか、細川ひさよ、石巻美香、森田咲子、仲野愛子、山本哲也、境賢一、横島亘、吉岡扶敏、天津民生、神敏将、塩田泰久、吉田正朗、岩田優志、仁宮賢、近藤一輝(新宿・紀伊國屋サザンシアター/~7日(日)まで)

 

 

  • 民藝の観劇の後、『NHK古典芸能鑑賞会』に行く予定であったが台風のため中止となってしまい残念である。途中で電車が午後8時で止まってしまうとの情報であったが、これが旅行中ならどうなるのであろうか。宿とかとれないとき、ここに避難していてもいいですよという場所があるのであろうか。まずどこに尋ねればいいのであろうか。そうなったら手当たり次第に尋ねるしかないか。