『昭和浅草映画地図』

  • 大阪の松竹座(二代目市川齊入・三代目右團次襲名披露)から帰ると申し込んでおいた『昭和浅草映画地図』(中村実男著)が届いていた。もう夢中で読んでしまった。きっちり調べておられるので信頼でき、たくさんのことを教えてもらった。浅草が映されている映画が170本以上ある。ため息がでそうであるが、俄然元気になってしまう。行くぞ!

 

  • 映画の中で浅草のどこが映されているかも一本、一本について記してくださり、もう嬉しくなります。自分でもメモしたりしたのだが、次第に雰囲気がわかればいいやと正確に調べることをやめてしまったのである。浅草の変遷も詳しく書かれていて、たとえば昭和34年(1959年)に完成した「新世界ビル」の中にあった「劇場キャバレー」のホステスさんの人数は500名とある。そんな時代もあったのである。

 

  • 何本かの映画は内容も詳しく紹介されているが、映画『喜劇 にっぽんのお婆ぁちゃん』は読んでいても北林谷栄さんとミヤコ蝶々さんの様子を思い出して吹き出してしまう。今井正監督は先を見込んで撮られたようであるが、それを越える程、おふたりはしたたかである。老人はしたたかに生きるべしである。

 

  • 脚本を書かれた水木洋子さんは、「死を目前にみた老人が一日をたのしく遊べるところ、といえば浅草意外にない」といわれたそうで、右同じと同意させてもらう。浅草でしか会えないような多種多様の人々に会い、二人のお婆ぁちゃんは新たな社会体験をするのである。老人施設の面倒な人間関係それを浅草に照らしてみるとまだまだと元気になるのである。テレビに映った北林谷栄さんを見て「浅草のあの人」から、ミヤコ蝶々さんは元気をもらう。シニカルでコミカルで、脚本の力、役者さんの力、監督の力、そして浅草の力が融合した傑作である。その浅草を懇切丁寧に解説されているのがこの著書である。今度は根気よく確認しなければ。

 

  • この著書には出てきてない映画がある。『ガキ☆ロック』である。コミックの実写化である。浅草に住む人情に長けた若者が時には暴走しつつも人助けに浅草を走り回る4人である。コミックならではの登場人物のキャラを楽しむ映画でもある。歌舞伎の『助六』だって江戸のキャラ満載の芝居である。

 

  • ガキ☆ロック』は東武鉄道浅草駅が重要な場所となっている。そこにおり立った蝶々さんに主人公の源(上遠野太洸)は一目惚れである。源はストリップ劇場の息子で仕事を手伝っている。劇場の名前が、イギリス座。フランス座にぶつけたとおもわせる。蝶々さんはストリップの踊子さんで、兄を探しに大阪からでてきてイギリス座に世話になることにしたのである。その兄探しを手伝うのが源の仲間の、人力車の車夫のマコト(前田公輝)、フリーターのジミー(川村陽介)、坊主向きではないまっつん(中村僚志)である。

 

  • お兄さんは見つかるのであるが、気の弱いヤクザになっていた。皆は、お兄さんを大会社のサラリーマンにし、恋人役も頼み、兄と妹の再会を演出する。しかし、それも蝶々さんにばれてしまい、最後はお兄さんもヤクザから堅気になって、兄と妹は東武浅草駅から大阪に帰るのである。(2014年/原作・柳内大樹/監督・中前勇児/脚本・山本浩貴)

 

  • 東武浅草駅はかつては今のとうきょうスカイツリー駅が浅草駅で、その後隅田川を渡って延長し、浅草雷門駅とした。それが、浅草駅は、業平橋駅となり、浅草雷門駅は浅草駅となり、スカイツリーができ、業平橋駅はとうきょうスカイツリー駅となったわけである(詳しく知りたいかたは是非本で)。この東武浅草駅は電車が隅田川を渡って駅に入るのがなかなか面白いのである。

 

  • 東武伊勢崎線で浅草からとうきょうスカイツリー駅まで乗ったのだが、どうもピントこないので、また引き返した。やはり駅構内に入っていくほうが新鮮な気分になる。隅田川に架かる東武鉄橋は隅田川が見えるように設計されている。かつてはとうきょうスカイツリー駅(浅草駅)から皆歩いて浅草に遊びにきたのである。ただ、上野などからは都電はあったであろう。今度はとうきょうスカイツリー駅から歩く機会をつくろう。

 

  • 『ガキ☆ロック』の一人は人力車の車夫である。かつては、樋口一葉さんの『十三夜』のように、密かに想いあっていた男のほうが車夫に身を落としてといったような印象であるが、今の浅草では勢いのある格好いい姿を楽しませてくれていて浅草になくてはならない存在である。日本近代文学館(『浅草文芸、戻る場所』)では人力車・明治壱号が展示されていた。車輪は荷車の車輪職人、金属部分は鍛冶職人、座席は家具職人、塗装部は漆職人によって制作されていたとか。それぞれの専門の職人さんの合作だったわけである。

 

  • 車夫の印象といえば、美空ひばりさんの歌『車屋さん』で明るい光があたったような気がする。『小説 浅草案内』(半村良著)では、主人公が猿之助横丁を歩いている時、ご苦労さまという芸者に見送られて梶棒をあげる俥屋のシルエットをみて、「たった一台だけだが、この界隈には俥屋がまだ残っていて、それが走っても全然違和感のない町並みなのだ。」と書いている。そして「生き残った最後の何台かは、木曽の妻籠あたりへ移って、観光用の商売をしているとか」とくわえている。実に色々な顔をみせてくれる浅草である。

 

  • 昭和浅草映画地図』には参考資料文献も記載されているので、興味ひかれるものは目を通したいものである。図書館にリクエストした本も二冊ほど届いたそうなので秋の夜長映画と本で楽しめそうである。そして思い立った時には浅草へ。夏に友人が浅草神社の夏詣での特別御朱印を貰いに行ったのだそうである。最終日で凄い人で整理券の番号からすると夕方になっても無理そうで、整理番号券があれば違う日でもよいということで後日再び出かけたらしい。

 

  • 美空ひばりさんの映画『お嬢さん社長』で、お参りする神社があって、映画の流れからすると浅草神社のようなのだが、随分心もとないたたずまいなので違うのかなとおもったところ、『昭和浅草映画地図』にやはり浅草神社と書かれてあった。そんな具合に曖昧さを払拭してくれる有難い本でもあるわけである。