南座3月歌舞伎『壇浦兜軍記』『太刀盗人』『傾城雪吉原』

壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき) 阿古屋』は、おそらくこの後しばらくは上演がないであろうとの予想で南座へ。2月に文楽の第三部でも上演されこちらも観劇したので「阿古屋づくし」の感がある。

 

文楽では人形が三曲の演奏者(寛太郎)の音に合わせて手や指を動かすのである。国立劇場のHPに阿古屋をつかう桐竹勘十郎さんが動画で説明されているが、観劇してから動画を見た。その説明によると、いつもの右手と違う、お琴と三味線と胡弓のための右手に替わり、左手も指が動く手に替えるのだそうで納得でできた。右手つかいう方と左手つかいの方は別の人であるが、同一人物が動かしているような息の合い具合であった。そして愛らしい人形の指がよく音に合わせて動くのである。演奏方法身につけておられなければあそこまで出来るであろうかと思えた。見惚れてしまった。

 

人形の阿古屋は詮議の途中で髪に右手をちょっとさわるところがあり、これは人形だから爽やかであるが役者さんがやっては変な生々しさが出て合わないなと思わせる箇所もあり、それぞれの違いが多少なりとも目にとまる。人形が不自由でありながら軽快に動かすのであるから、責めとしては人形のほうが健気に見える。そのあたりも役者さんの表現と違う印象を受けるが、人形の遊君阿古屋もやはり意地を感じさせてくれた。文楽の岩永左衛門は人形であるが、歌舞伎の人形振りのような動きではなくもっと自然の動きに近い。

 

文楽の三部のもう一つの演目が『鶊山姫捨松(ひばりやまひめすてのまつ)』で、当麻寺の中将姫の話しである。中将姫が継母にいじめられ雪の中で責められるのであるが、侍女のはからいで責め殺されたことにして命を助けられるというどんでん返しがある。こちらは「中将姫雪責の段」で二演目めが「阿古屋琴責の段」とそれぞれ難局を乗り越えることとなる。面白い並べ方である。

 

歌舞伎の『阿古屋』であるが、京都南座ということもあり、景清が清水寺へ参詣にきたとき五条坂で出会ったという様子が場所柄もあり、物語がずうっと近く感じられる。景清が平家の勢いを無くした時に五条坂の自分のような浮かれ女に心を寄せたとあっては弓矢の恥である。そっと別れはすませましたと言い切る遊君阿古屋の覚悟のほどが遠い時間空間を越えて伝わってくる。

 

若手に伝えるべきことは伝えたということでもあろうか、玉三郎さん、東京の歌舞伎座よりも少しゆったりとして観える。彦三郎さんの重忠のセリフも強弱が出てきていてさらに味わいがでてきそうである。坂東亀蔵さんの岩永もその場その場の可笑し味が出ていて、六郎の功一さんもすっきりとしていた。南座は微かな音も響き阿古屋の髪飾りのゆれてぶつかる音や、懐紙で胸をたたく音も聞こえた。ある面では怖い劇場であると思った。不味い音も捉えてしまいそうである。先ずは『阿古屋』とのお付き合いも満足の中で無事終わらせることができた。

 

太刀盗人』は、彦三郎さんの抜け目のない太刀盗人・すっぱの九郎兵衛の愛嬌振りが出色であった。吉之丞さんのどちらの太刀であろうかの詮議も年寄りすぎて詮議の方法を従者の玉雪さんの意見に従いゆったりとしているのも、すっぱの九郎兵衛にとって都合がよい。それを正直に答えて太刀を盗まれたことを証明しようとする田舎者万兵衛の坂東亀蔵さんも、ついに、自分が先ではそのマネをされると気づく。そこはかとない可笑し味が観ている方の気分を『阿古屋』の緊張感から解放してくれる。

 

傾城雪吉原』は、やっとその世界に浸ることができた。透かしの黒傘で打掛けを広げた形良い玉三郎さんの傾城が中央のセリから上がって来る。黒塗りの高い下駄の足さばきが際立つ。下駄の底についた雪を軽く払うしぐさのようにも見える。雪の白と黒。南座の広さにあっている踊りに思える。透かしの幕が上がると後ろの長唄と囃子の方々の姿が現れ、その後ろに仲之町が遠近法で続く。そこに並ぶ提灯。

 

この提灯だけ赤の透光性のある染料で塗られているそうで、さらに裏から明りをあてる明るさを出すのだそうである。傾城の打掛を脱いだ下の着物の赤と呼応する。舞台はその後、辺りを暗くしてこの提灯だけが灯され、劇場の客席の提灯と一体化する。その他、下手からのライトが傾城に微かにあたり夕陽を想像させ長唄の詞と重なる場面などもある。そして楽し気に音に誘われ傾城が踊る場面では今回気が付いたがお囃子にチャッパとうちわ太鼓が加わっていた。

 

傘の扱い、手紙の扱い、打掛を脱いでの打掛けに気持ちを伝える扱いなどたっぷりと傾城の情感を味わうことができた。最後に重いであろう打掛けを事も無げに着ながら見せる所作の美しさにはまたまたさすがであると思いつつ締めとなる。踊りの中の情景に誘われるヒダの膨らみが深くなっていた。最初にこの踊りを観た時の気分が払拭されて嬉しい事このうえなしです。(「坂東玉三郎特別公演」)