浅草映画一覧

現時点での浅草映画の一覧である。◎は観た映画。▲は内容を書き記したと思われる映画。●はまだ観ていない映画である。浅草を舞台にしているもの。浅草が重要な意味をもつもの。浅草が観光的にちょこっとでてくるもの。浅草にある建物や飲食店がでてくるもの。すでにないのでセットで作ったもの。全く架空の名前にして浅草に関係あるようにしたもの。いわれて気がつくなど様々である。順番はメモや思い出すまま並べただけで何の意図もない。観たあとで情報を得て確かめていないものもある。

つい先ごろ、「キネマ旬報・2006年10月号・1468号」が書棚にあり何のために購入したのだろうと開いたら浅草がでている。表紙は加瀬亮さんで、10数年前それほど浅草も加瀬亮さんにもハマっていなかったとおもうが、今回は参考になった。「浅草六区映画地図」(絵と文・宮崎祐治)の地図の絵がわかりやすくて、よくぞ買っておいたと自分をほめた。1942年(昭和17年)、1956年(昭和31年)、1987年(昭和62年)の絵地図がのっている。六区の変貌は激しいので大助かりである。そしてその場所のでてくる映画も映画俳優さんのイラストつきである。

小沢昭一さんと川本三郎さんの浅草の対談、浅草キッドおふたりの「我らのフランス座修業時代」の対談もある。加瀬亮さんはその後の映画でも観ていて上手い俳優さんであるとは思っている。さらに映画を探して観てもいいなあなどとおもうし、ずーっと横目でみて観る気まで起きなかった『カポーティ』が作品特集で載っていたので観ることにした。一冊だけあった『キネマ旬報』の影響力強し。『とんかつ大将』で三井弘次さんが佐野周二さんに声をかけるのが、ひょうたん池のほとりの設定らしい。『男はつらいよ』で武田鉄矢さんがアルバイトしていたのがとんかつ屋『河金』などチェックしていなかった。これからもそういうことが出てくるのであろう。シントト、シントト。(日を追って追加していく)

  1. パレード ◎
  2. 喜劇 にっぽんのお婆ぁちゃん  ◎ ▲
  3. 笑いの大学  ◎ ▲
  4. 異人たちとの夏  ◎
  5. 夢みるように眠りたい  ◎ ▲
  6. 乙女ごころの三人娘  ◎ ▲
  7. しゃべれどもしゃべれども  ◎
  8. 菊次郎の夏  ◎ ▲
  9. 陰日向に咲く  ◎
  10. 転々  ◎
  11. 男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく ◎ ▲
  12. 東京暗黒街・竹の家  ◎ ▲
  13. 深海獣雷牙  ◎
  14. ばしゃ馬さんとビッグマウス  ◎ ▲
  15. ナイト・トーキョー・デイ  ◎
  16. 100回泣くこと  ◎
  17. こちら葛飾区亀有公園前派出所  ◎ ▲
  18. 風立ちぬ(アニメ)  ◎
  19. 君に幸福を センチメンタル・ボーイ  ◎
  20. 夢売るふたり  ◎
  21. ガキ☆ロック  ◎
  22. 月  ◎
  23. 福耳   ◎
  24. 浅草・筑波の喜久次郎 ~浅草六区を創った筑波人~ ◎  ▲
  25. まむしの兄弟 懲役十三回   ◎
  26. ひとりぼっちの二人だが  ◎ ▲
  27. 青天の霹靂  ◎
  28. 下町の太陽  ◎
  29. カルメン純情す  ◎
  30. の・ようなもの  ◎
  31. 浅草キッドの浅草キッド  ◎ ▲
  32. 日本侠客伝・雷門と決斗  ◎
  33. とんかつ大将  ◎
  34. 浅草の灯 (1937年) ◎
  35. 浅草の灯・踊子物語  ◎
  36. 帝都物語   ◎  
  37. もどり川  ◎
  38. 緋牡丹博徒・お竜参上  ◎
  39. 浅草の肌  ●
  40. 浅草紅団  (1952年) ◎   ▲
  41. 浅草の夜  ◎
  42. 彼奴は誰だッ  ●
  43. セクシー地帯  ◎    ▲
  44. 泣いてたまるか  ●
  45. 清水の暴れん坊 ◎ ▲
  46. 下町  ◎ ▲
  47. 夢を召しませ  ●
  48. お嬢さん社長  ◎ ▲
  49. 胸より胸に  ●
  50. 押絵と旅する男   ●
  51. 男はつらいよ 寅次郎忘れな草  ◎
  52. 男はつらいよ 私の寅さん  ◎ ▲
  53. 男はつらいよ 噂の寅次郎  ◎
  54. 男はつらいよ 翔んでる寅次郎  ◎
  55. 忍ぶ川  ◎
  56. 男はつらいよ 拝啓車寅次郎  ◎
  57. 男はつらいよ ぼくの伯父さん ◎
  58. 海の若大将  ◎
  59. アルプスの若大将  ◎
  60. 赤線地帯  ◎ ▲
  61. 踊子  ◎ ▲
  62. 風速40米  ◎
  63. 抱かれた花嫁 ◎  ▲
  64. 妖婆(台詞のみでその場所が浅草とされる) ◎
  65. ひまわり娘  ◎
  66. 牝犬  ◎
  67. 渡り鳥いつ帰る  ◎
  68. にごりえ(第一話・十三夜、第二話・大つごもり、第三話・にごりえ) ◎
  69. 日本残侠伝  ◎
  70. 総長の首   ◎
  71. 渡世人列伝  ◎
  72. 南太平洋の若大将  ◎
  73. 昭和残侠伝 血染の唐獅子  ◎
  74. 昭和残侠伝 人斬り唐獅子  ◎
  75. 博徒一家   ◎
  76. 喜劇 駅前女将  ◎ ▲
  77. 女の子ものがたり  ◎
  78. 野良犬  ◎
  79. ヘルタースケルター  ◎
  80. キネマの天地  ◎ ▲
  81. 関東テキ屋一家 浅草の代紋 ◎
  82. 風の視線  ◎
  83. 侠花列伝 襲名賭博  ◎
  84. 墨東奇譚  ◎
  85. 若者たち  ◎ ▲
  86. 不良少年  ◎
  87. パッチギ! love&peace  ◎
  88. 監督・ばんざい!(浅草花やしきの写真のみだが笑える) ◎
  89. キトキト! ◎
  90. 三羽烏三代記  ◎  ▲
  91. その人は遠く  ◎  ▲
  92. やくざ先生  ◎ ▲
  93. 堂堂たる人生  ◎ ▲
  94. 青春怪談  ◎ ▲
  95. 太陽のない街  ◎ ▲
  96. 陽気な渡り鳥  ◎ ▲
  97. 人生劇場 新飛車角  ◎
  98. 夕映え少女(浅草の姉妹) ◎
  99. 日本人のへそ  ◎
  100. 浅草姉妹  ◎
  101. 愛怨峡   ◎
  102. トワイライト ささらさや  ◎ 

浅草散策と浅草映画(6)

  • 映画『浅草キッドの「浅草キッド」』(2002年・篠崎誠監督)正直期待していなくて急いで見ることもないと思っていた。原作は北野武さんの『浅草キッド』で脚本はダンカンさん。出演が浅草キッドで、すいませんが全然知りません。名前は聞いたことありますがどんなことをされているのかも知らないのである。あの原作の『浅草キッド』をグチャグチャにして笑い飛ばすのであろうか。若者がビーチサンダルでピタピタ歩いている。路上での靴売りが、浅草は、「永井荷風先生が、あの川端康成先生が通ったという由緒ある格の高い土地柄だよ。」と言って靴を履きなよとすすめる。永井先生と川端先生が靴の宣伝になる。面白い。

 

  • 片方の靴の寸法が大きすぎる。靴売りは革を多く使っていると思えばいいよ、と大きい靴の後ろに煙草をいれる。ふざけんなよと若者。そこへヤクザが現れて、兄ちゃん足があるのがいけないんだよと懐に手を入れる。若者逃げ出す。このヤクザ、紙切りの林家正楽さん。きっちり怖い人になっています。まゆの間のシワが効いている。紙切りの時は淡々と表情を崩さずに紙とはさみを動かすかたである。そして若者はフランス座の前にいる。切符売り場のおばちゃんが内海桂子さん。こちらは次第にしっかり見る態勢に入ってきた。若者の名前は、北野武。

 

  • フランス座のエレべーターべボーイに雇ってもらう。顔も知らなかった深見千三郎さんに舞台に出たいから弟子にして下さいと頼む。にいちゃん何かできるのかい。ジャズを聴きます。聴いてどうするんだい。深見師匠は何もできないタケシにタップを教えてくれる。このタップが何かあるごとに心の動揺を鎮めてくれるように動くのである。座付き作家になりたいともう一人弟子が入る。深見師匠は自分が住んでいるアパートの空き部屋に二人を住まわす。タケシは、浅草キッドの水道橋博士さんで、作家志望の井上雅義が玉袋筋太郎さんである。この二人がそれぞれの修行の中で育まれた関係と、深見師匠との関係が展開していく。特に深見師匠とタケの関係が微妙で可笑しい。師匠にタケが仕掛け、それに乗って怒る師匠がこれまた笑わせてくれる。

 

  • 深見千三郎は石倉三郎さんである。ぴったりである。初めてタケが深見さんと出会ってぶつかりそうになり、深見さんはそこをひらりっとかわす粋な動きを最初からみせる。大学中退で、先の見えない暗さがタケには漂っている。とにかく博士さんのタケは暗いのである。そこがこの映画の必要不可欠なところでもある。長い年季をを積んだ人と何もない人との出会いで縁を想わせる。初めてピンチヒッターで舞台に出る時、コントだからと面白い顔にしたら「タケ!なにやってる。芸で笑わせるんだよ。笑われてどうする。もうタケ!でいい。」と言うことでタケとよばれるようになる。

 

  • 毎日通って来るお客に、エレベエターボーイのタケは、このスケベオヤジめとゴチョゴチョいうと、その客降りる時、兄ちゃん男のスケベは死ぬまでなおらないよという。このお客が、横山あきおさんで、軽くてうまい脇をつとめられていたかたである。居酒屋でご馳走になるが負けん気のタケは、なんだスケベのオヤジじゃないかというと、笑って深見師匠の若い頃にそっくりだ、コント面白かったよと持ち上げられる。悪い気のしないタケ。少し顔がゆるむ。踊り子のお姉さんたちの準備など下働きと進行係りをしつつの毎日で、その失敗や、師匠とのやり取りにコント以上の面白さがある。踊り子さんのヒモの寺島進さんとダンカンさん。マジックのナポレオンズ。漫才コンビに島崎俊郎さんと小宮孝泰さん。それぞれの場面で盛り上げる。

 

  • 兄弟子に須間一彌さんと後のビートきよしにつぶやきシローさんで、漫才をやろうとタケを誘うが、誰がおまえと絶対やらないとつっぱねる。皆で屋台で飲んでいて師匠と姉さんもくる。タケが屋台のオヤジさんが見ていないすきをねらっておでんを口に入れる。それをマネする皆。こういう悪戯を考えて行動するのがタケは速い。気が付いた屋台の主人に、こいつペンキ屋の息子だから屋台にペンキ塗られないように注意しろよと上手く場をおさめる師匠。こんな師弟にも別れがくる。伊藤雅義は浅草を出ることを決める。師匠に世話になりながら恩知らずと叫んだタケも兄弟子と師匠のもとから飛び出すことになる。タケおまえだけは絶対もどって来るなよ。

 

  • 人気の出たツービートは、木馬亭に出ている。楽屋の芸人たちが皆ツービートの舞台を見ている。始まる前に、タケの足は、タップを踏んでいる。終わって、御祝儀の封筒が届けられる。中を見て飛び出すタケ。姿はない。深見千三郎師匠であった。「へタクソ」と書いてあった。タケは無表情にタップを踏みはじめる。タップは深見師匠から身に着けてもらった芸であり、形見のようなものである。映画『この男凶暴につき』で、コツコツと音を立てて歩く刑事。そして突然暴力が開始される。コツコツそしてタップの始まりのように思えた。

 

  • 映画『浅草キッドの「浅草キッド」』一回目は浅草で観ることのできる芸人さんも出て来て、撮影場所が劇場の中と浅草の街だけで、浅草そのものの映画として存分に味わわせてくれる。二回目は、やはり武さんと深見師匠の出会いと別れで、深見師匠の複雑な気持ちが想像され最後は涙してしまった。深見師匠が、「タケ、おまえ40年早く浅草に来てりゃなあ。ひょうたん池があってよ。変わってしまったなあ。」「師匠、40年前はオレ生まれていません。」。この映画、深見師匠に見せてあげたかったですね。「タケ、オレ生きていないじゃないか。」
  • 出演・深浦加奈子、井上晴美、中原翔子、小島可奈子、里見瑤子、桂小かん、神山勝、ガラかつとし、橋本真也、薬師寺保栄、野村義男

 

  • 三回目。タケがピンチヒッターで舞台にでる。固まっている。お客は笑う。兄ちゃんがんばれと声がかかりまた笑われる。そのあとアドリブと動きで客を笑わせる。深見師匠の「笑われるんじゃないよ、笑わすんだよ。」の一つの例なのである。芸がつたなくて笑われたのである。

 

  • 沢村貞子さんが、『貝のうた』で書かれていた。どうしていいかわからなくて、丸山定夫さんに教えて欲しいと頼んだら「減るからいやだ。盗むものさ。」といわれた。40年たってわかった。一緒に芝居をしていると、教えた相手の演技が気になって自分が乱れる。さらに、一度だけ丸山定夫さんの演技の上手さに笑ってしまった。「沢村君、笑いたかったら、お金を払って客席で笑いなさい。」役者が舞台でほかの役者の芝居をみて笑っているようでは見込みがないからやめたらと言われるのである。

 

  • 今、舞台での失敗や相手の演技でふいて、客席と共有してまた笑わせるというのがある。故意に受けをねらっているのか、たまたまなのかはわからない。笑いは、しっかり相手の芝居を役者が見ていて、次の台詞なり動きで笑いを受け、さらなる笑いの波をつくる過程であったりする。客席との役者との共有は芝居よりも、あの役者さんも笑っていて面白かったで終わることもある。笑いは怖いところがある。そんなことも考えさせられた。

 

  • 深見師匠は、タケが勝手にナポレオンズの車を乗り回し説教する。そういう時でさえ、タケのツッコミがおそいと怒る。常に、その場その場での笑いのことを考えていなくてはならないのである。ただ師匠は怒りつつもこのタケのツッコミに才能ありとしていたようである。反対に伊藤雅義は、師匠にいじってもらえず自分の才能に疑問が出て来て去ることになる。タケは絶対に一緒にやらないといっていた兼子二郎と身一つでできる漫才に勝負をかけて去るのである。オレの芸は全部お前に教えるぞと言った師匠のもとを。

 

木馬亭での安来節

  • 浅草に安来節とどじょう掬いが帰って来た。』のチラシを木馬亭で手にしてから行けたら行こうの気持ちでいた。川端康成さんの『浅草紅団』に登場人物が船を借りる時、船の持ち主の子供が、「船を貸すからうちの4人の安来節へいくだけおごれとよ」と伝える。安来節は、東京が先なのか大阪の吉本興行が先なのか確かなことはわからないが、浅草も安来節の常設館ができ凄い人気の時期があったのである。安来節には、ひょうきんな男踊りの可笑しさと女踊りの赤いけだしが色っぽかったようである。
  • 映画『色ごと師春団治』(1965年マキノ雅弘監督)で、藤山寛美さんの春団治がどじょう掬いを踊る場面がある。京都の娘・おとき(富司純子)を妊娠させ娘の春子が生まれるが家に寄りつかず、おときは京都にもどり一人で春子を育てるが春団治が来て春子(おそらく藤山直美)に会わせてくれと言っても会わせない。その後飲み屋で、流しの踊りの子が二人来て奴さんを踊るが、客は下手だと言ってもっと上手に踊ったら金をやるという。それを聞いていた春団治は、娘とその子たちが重なったのであろう。よし、おれが代わりに踊るから錢出せよといってどじょう掬いを踊るのである。春団治が踊るとあって人が集まってくる。人々をかき分けて外に出る春団治。泣いている。落語家が辛気臭い事はダメだと言っていた春団治である。それを見て人々は春団治が泣いていると驚く。「おれだって人の子や」と走り去る。寛美さんならではの芸人春団治でこういう役者さんはもう生まれることはないであろう。
  • というわけで、木馬亭に足を運ぶ。安来節のほかに、津軽民謡、隠岐民謡、大阪・琵琶湖周辺の民謡なども加わり、石見神楽も観ることができた。石見神楽は国立小劇場で観ているがそれよりも狭い木馬亭の舞台である。大蛇は一つかなと思っていたら、二つ、三つ、四つ出て来た。迫力満点である。大蛇もそばで見るとなかなかいい顔をしている。狭さを生かして存分に暴れてくれた。

 

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  • 安来節は横山大観さんも地元で聴いてこれは保存すべきだと言われたようである。安来節は短いので間に他の民謡を入れてつないだりもしていたようである。今回は女踊りはなく、男踊りだけであるが、どじょう掬いも踊る人によって間やしぐさが違うものである。

 

「江戸東京博物館」に紹介されている安来節の写真展示

 

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  • 隠岐は北前船の停泊する場所なので、多くの民謡が集まり、隠岐独特の民謡ともなっているようである。踊りも、小皿を二枚カスタネットのように鳴らしたり、木の鍋蓋を合わせて鳴らしたりと、宴会となると踊りとなるのだそうである。津軽は津軽三味線での民謡であるが、青森の手踊りがまた躍動的である。扇には房がついていている。傘をもったり、長い紐が、いつのまにか結ばれて、あっという間にたすき掛けとなっている。以前テレビで青森の手踊りを見て凄いと思ったことがあるが、その後お目にかかれなかった。今はユーチューブなどでも若い人の群舞が見れるようになった。
  • 貝殻節もあり、吉永小百合さんの『夢千代日記』を思い出す。夢千代さんは、被爆されているので、どこか儚さのある貝殻節であるが、立派な声でかなり元気のよい貝殻節であった。淡海節もしばらくぶりで耳にした。淡海節は間の三味線が好いのである。美空ひばりさんの淡海節もひばり節ならではで聴き入ってしまう。民謡には民謡の伝えられてきた声の出し方や歌い方があるのでしょう。その他にもたっぷりと民謡を堪能させてもらった。今月は初めてどじょうを口にし、どじょう掬いも観れたというどじょうに縁のある月であった。友人はどじょうを食べた次の朝、体がしゃきっとしたという。どじょうから元気を貰ったのであろうか。こちらは変化なし。今度食べた時は気にかけてみよう。

シネマ歌舞伎『東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖』・映画『万引き家族』

  • シネマ歌舞伎を観る。『歌舞伎座捕物帳』。そのまま読めば、「かぶきざとりものちょう」であるが、そうはさせないのが歌舞伎である。東劇で面白いものを手にした。PCでも シネマ歌舞伎HP「やじきた謎解きキャンペーン」 で検索すればでてくる。十問のなぞなぞがのっている。答えを応募して正解の中から抽選で賞品があたる。応募資格がない。忘れていて帰ってから解いて見たら三問のなぞが解けないのである。応募は別として、ちょっと悔しい。いや相当くやしい。興味のあるかたは、事前に問題を頭に入れておいて見ると楽しさも増すと思う。

 

  • 細かいところまで見させてくれるので、台詞をいう役者さんの脇にいる役者さんの表情もわかる。ミステリーなので一つ一つの台詞に対する反応の演技が臨場感を増してくれる。観劇では、途中で聞き逃してしまった鷲鼻少掾(門之助)と若竹緑左衛門(笑三郎)の語りと太棹も耳に心地よく響く。時として床を上から映してくれる。座元釡桐座衛門(中車)のカマキリの産卵の位置でその年の雪の降る量が解るという講義あり。観劇の時の講義の記憶がない。日替わりで多くの講義をしたらしいが。衣裳としゃべり方に気を取られていた。そんなわけで、隅々まで鑑賞できた。

 

  • 犯人が座元の女房・お蝶(児太郎)と芳沢小歌(弘太郎)とに絞られて「どっちを取り調べまSHOW」の場面があり、お蝶と小歌のどちらかをお客が選ぶのである。選んだ人物によって犯人が違ってくるのである。それによって芝居も違ってくる。観劇の時には観ていないバージョンだったのでラッキーである。第九問で「どっちを取り調べまSHOWの場で踊っている社中の名前は?」とある。社中に名前があったなんて全然気がつかなかった。

 

  • 殺された毒薬の名前を瀬之川亀松(鶴松)が身体で表現したり、多人数のだんまり、それは誰のコピー、そして「四の切り」の舞台しかけの再現と視覚から脳への伝達は、かなりの笑いと納得の刺激でいっぱいである。弥次・喜多に手柄を横取りされた伊月梵太郎(現染五郎)と五代政之助(團子)の報復で弥次郎兵衛(現幸四郎)と喜多八(猿之助)は空中へ。今度はどんな出方をするのであろうか。

 

  • 続けて観たのが『万引き家族』。脳が活性化されたので、映画『万引き家族』の一人一人の言葉とそれにどう答えるのか、頭の中で選択する。予想外の返答や、ずらしての答え方、二者択一の選び方、沈黙、納得にさらなる裏を感じたり、そうかあの時の答えはそうっだたのかとさらなる回転で進んで行く。一週間くらい前に映画『三度目の殺人』(2017年是枝裕和監督))を観ていたので、簡単な答えとはいかないであろうが、そのひねりに人の正しさの多様性を感じさせられていた。『三度目の殺人』は、自分の大切な人を守るためには、三度目の殺人の犠牲になろうとする人。最終的にそう伝わった。ただ、そうなのかどうかは、実証できないようになっている。そしてまたまた、実証できない是枝裕和監督の映画である。

 

  • 映画『万引き家族』は題名のとおり訳ありの家族である。そこに少女が一人加わる。万引きしてまで生活費をなんとかしようとしているのにさらに一人加わるのである。夫婦はその子を連れ少女の家の近くに行く。そこで聞いたのは、激しくやりあう少女の親の喧嘩である。誘拐になるんじゃないかとの疑問も身代金を要求していないんだから誘拐じゃないでしょうとなる。少女が寒い外に一人でいたのである。皆、その子の事情は口には出さないが判っている。家族の一人翔太も事情のあった子なのである。

 

  • 翔太は、生きるための手段として、万引きを受け入れている。この家族の中での名前が新たなる名前である。少女の名前はゆり。少女の反応の仕方にかつての家族との生活が垣間見える。それを新しい家族のやり方にそれとなく受け入れさせていく祖母。家族はこの祖母の初枝の年金もささえのお金である。夫の治は日雇いに出るが怪我をする。休んでもお金が出ると言われ喜ぶが、出ない。正規社員へのあこがれをつぶやく妻の信代。

 

  • 信代はクリーニング工場でパートで働いている。ワーキングシェアという格好のよい言葉で仕事のない日ができる。そして、時給が高いから経営に響くと二人のどちらかを首との経営者の言葉。首になるよりもいいではないかとおもわせておいて首にする。食べて言けないなら他を探したらの無言の圧力。死活問題であるのに信代は自分が辞めることを決める。守りたいものがあったのである。浅草が出ている映画で『下町の太陽』(1963年山田洋次監督)をみたら、正規社員のことが出てきて、時代は変わっていないではないかと驚いた。

 

  • そんな中で翔太は万引きに疑問を持ち始め、学びたいという気持ちもでてきているようである。歩いていて学校に通う小学生とすれ違う。ここで何か映すかなと思ったら是枝監督はただの風景としている。そんな方法をとらなくても伝わることは描けるとのことであろう。翔太が、万引きはいいのかと信代に尋ねると「店がつぶれない程度ならね」とこたえる。万引きする駄菓子屋が「忌引」の張り紙で閉められている。翔太は「つぶれたのかなあ」とつぶやく。翔太には「忌引」の意味がわからない。ここのおやじさんは翔太に大切なことを教えてくれた人である。

 

  • 家族がばらばらになって、施設に入った翔太は、治と釣りをする。小津安二郎監督の映画『一人息子』を思い出す。治は情だけはある人である。翔太は釣り道具について語る。彼は知識を取り込みたいたと思っている。警察で、「学校は家で勉強できない子がいくんでしょう」という翔太。屈折しているが、勉強にもいろいろあるよなと思わせる。彼は、居心地はいい家族だが、何か違うかもと思い始めているようである。信代は、翔太に出会ったときのことを話す。翔太が思い出したくない現実に立ち向かう時だと考えたのだ。親の着ぐるみを身につけている親よりも親になっている。

 

  • もう一人の家族、風俗に勤める亜紀にも事情がある。どうも、祖母初枝がその事実を知っているようないないような。信代が「亜紀もお金を入れなさいよ」というと祖母が「亜紀はいいんだよ」という。事情のある人たちなので言葉一つ一つに何かがあったり、ため口であったりとこんなに人の話す言葉に注目したりする映画もめずらしい。まだまだ、もっと違う捉え方をしたり、もっと現実の生活に密着させて感じたり、想像したり、着ぐるみの人間の多いことに想いがいったりするであろう作品である。動物的臭覚が必要な時代かもしれない。翔太とゆりの名前であった時のことを彼らのどこかに残っていくであろう。
  • 出演・リリー・フランキー、安藤サクラ、城桧吏、佐々木みゆ、松岡茉優、柄本明、緒方直人、森口瑤子、池松壮亮、高良健吾、池脇千鶴、樹木希林

 

『鉄砲喜久一代記』の拡散(5)

  • 鉄砲喜久一代記』について筆者の油田憲一さんはあとがきで書かれている。「三十年の長期にわたり、文献を追い、現場を訪ね、彼と面識を持つ多くの人に会い、できるかぎり正確を期する努力をしてきた。筆者自身は鉄砲喜久と何回も会っているが、幼児であったために彼の風貌と感触以外に知り得たものは少ない。したがってほんとんど収集資料に頼った。」そうなのである。史的事実、産業界の動き、興行界、政治家の私的動向など、調べていなければ書けない内容が満載である。いかに喜久次郎の行動範囲がひろかったかも実証されている。

 

  • 喜久次郎の生家は、喜久次郎が養子になったので、生家のほうも養子を迎え山田屋の名前で薬局業を営み、あのガマの油を復活販売していたのである。浅草の奥山でも口上を述べて売っていたし、大道芸としても演じられている。復活販売の時、口上と効能書きの原稿を書いたのが、少年時代の筆者であった。残念ながら山田屋は閉めてしまったようである。

 

  • 宝井其角の歌が、喜久次郎がお辰と出会ったときの空模様を表すものとしてでてくる。「 夕立や 田をみめぐりの神ならば めぐり会いにし濡れつばめ 結べえにしの糸柳  川向こうの宝井其角の夕立塚で、雨乞いをしていた人達の御利益があったためか、日照りつづきの炎天が、その夕刻におよんで、にわかにかき曇って、恵みの雨が期待されるようになった夏の宵だった。」こういう風に、お堅い文章だけではない惹きつける表現もあってぐいぐいひぱってくれた。八月の歌舞伎座演目に『雨乞其角』とあり、ほほう!とにんまりである。記憶にない演目で愉しみである。

 

  • 木馬館」は最初「昆虫館」であった。経営が思わしくなく、二階を昆虫館に下を木馬を回らせ「木馬館」としたのである。この木馬、曾我廼家五九郎が喜久次郎のところにもってきた話で、さっそく根岸に購入させ、孫の吉之助に受け持たせろと言ってそうなったのである。ジンタが流れ、ガッチャンチャン、ガッチャンチャンと三段階に揺れながら回ったのだそうだ。「昆虫館」は、歌舞伎『東海道中膝栗毛』の 座元釜桐座衛門(中車)は芝居よりこっちのほうがいいよと言いそうである。こちらも八月歌舞伎座で、再びお伊勢参りにいくらしい。猿之助さんは、八月は歌舞伎座と新橋演舞場『NARUTO ナルト』との掛け持ちである。移動には人力車がいいかも。

 

  • さて、『鉄砲喜久一代記』からの沢山の拡散があったが、映画『乙女ごころ三人姉妹』 も浅草が舞台の映画で、成瀬己喜男監督で原作が川端康成さんである。脚本は成瀬監督でこんなにも脚色するのだと驚いてしまうが、原作の『浅草の姉妹』は、浅草で頑張って生きる三姉妹には変わりはない。花やしきのタワー飛行機に次女お染と三女千枝子が、別々に前後して乗って、その上から、喫茶店の二階の窓が見え、中に男に囲まれた長女おれんをみつけるのである。この偶然の場所での三姉妹の出会いが劇的である。二人は、他の門付けをしている娘とくんでおれんを助ける。おれんは、東武電車で日光に帰る小杉を見送るのである。その後、これから旅興行に出る千枝子をおれんとお染が上野まで送っていくというところで終わる。さて川端康成さんの浅草ものをこれから読むことにする。

 

  • 其角の雨乞いの歌碑は隅田川を渡った向島の三囲神社の中にある。その近くに「すみだ郷土資料館」がある。かつてここで堀辰雄さんの展示に出会って驚いたことがある。堀辰雄さんといえば『風立ちぬ』など、軽井沢の自然豊かな中での清楚な乙女との恋である。下町のイメージがなかったのである。牛嶋神社の近くに堀辰雄旧居跡もある。彼は、養子となっていて家族関係は良好であった。関東大震災で、隅田川に飛び込み、肋膜炎となる。その後、肺結核となるが、この時に肉体的にダメージを受けたのではなかろうか。宮崎駿監督がアニメ映画『風立ちぬ』には、墨田川の川蒸気船が登場し、川花戸船着場がでてくるらしい。というわけで、このアニメもそろそろ観ようと思うし、「すみだ郷土資料館」も再度訪れる機会をつくりたい。

 

『鉄砲喜久一代記』から映画『桃中軒雲右衛門』『殺陣師段平』『人生とんぼ返り』(4)

  • 喜久次郎と交流のあった、桃中軒雲右衛門を主人公にした映画『桃中軒雲右衛門』と澤田正二郎の新国劇で殺陣師をしていた市川段平を主人公にした映画『殺陣師段平』である。

 

  • 桃中軒雲右衛門』(1936年)は、成瀬己喜男監督の芸道物といえる。原作が真山青果で、澤田正二郎が上演したのと同じ原作のようだ。静岡の沼津に桃中軒というお弁当屋さんがあるらしいが、それとは関係がない。『鉄砲喜久一代記』によると雲右衛門は、放牛舎桃林という芸人の名がすきで、牛を桃林の野に放つ風景が結城の故郷の風景を思い出させ、桃中軒牛右衛門にしようとしたが、周囲がおかしいというので雲にしたのだそうである。映画は、東京の本郷座での公演に向かう汽車の中からはじまる。時々、かつて東京から下る雲右衛門と女房・お妻との映像とをだぶらせる。

 

  • この映画は、雲右衛門とお妻との他人にはわからない心の葛藤を描いている。はじめは桃中軒雲右衛門がいかに凄い浪曲師であったかを見せてくれるような気がしてみていると何か予想と違うのである。雲右衛門が途中下車して行方がわからなくなる。人気が出たと言っても、東京へもどるのが怖いのであろうかと憶測をする人もいる。雲右衛門がおじいさんと呼ぶ人と苦労した昔を懐かしがったりし、自分の芸に対する自信はあるが人気が出ての人との関係がわずらわしくもなっている。このおじいさんは、『鉄砲喜久一代記』で雲右衛門の若い頃について語っている春日井文之助がモデルのようである。雲右衛門はこの人のもとで修業したことがある。文之助は引退してから松月と名乗り、お浜(映画ではお妻)の死んだ後の三味線を手伝っている。

 

  • 兄弟子の女房だったお妻の三味線の腕は確かなものであった。しかしお妻は近頃、自分の腕が落ちているのに何も言わない雲右衛門にいらだちを感じている。雲右衛門もそれは感じているが、前のように共に芸に向かう気持ちが起らない。さらに雲右衛門は芸者の千鳥を身請けする。お妻は自分は女として可愛がられたことがない。自分は、雲右衛門の芸のために食われた女であると言い放つ。お妻は肺を病み入院するが、雲右衛門は途中まで見舞いにいくが引き返してしまう。そして、人を通して芸に貫いた女として死んでくれと伝言する。嫉妬に狂っていたお浜もその言葉に納得して安らかな気持ちで亡くなるのである。言ってみれば、そこには外からではわからない芸で通じ合った絆があったのであろうが雲右衛門の身勝手ともとれる。

 

  • 人気とお金によって、自分と芸との関係にどう向き合えばよいのか手こずっている雲右衛門の姿もみえる。今の自分に値する修業をしたことを松月と懐かしむあたりには、おれはあそこで土台は築いたのだから大丈夫だと思う自分を見出して確認しているようにもおもえる。千鳥といると明るい気持ちになれるのに、お妻とだと、どうしても芸が介在し、さらにかつて東京を後にした二人の関係が簡単ではない感情をおこしてしまうようだ。お妻が亡くなった病室で、聞いてくれとお妻だけに素直になって一節語る雲右衛門であった。

 

  • 月形龍之介さんの明るい表情と暗い表情の差に雲右衛門の一口では言えない心のうちが見える。お妻の細川ちか子さんが、単純ではない感情を独特の雰囲気で演じる。三味線の手も実際に弾かれたのかどうか分からないが、音に合っていてかなり練習されたのであろう。頂点をきわめていく最後の山場といった映画で、単純ではなく一ひねり加えてある。原作で、真山青果さんと成瀬己喜男監督の捉え方をさぐりたくなる。
  • 脚本・成瀬己喜男/出演・千葉早智子(千鳥)、藤原釜足(松月)、伊藤薫(息子泉太郎)、三島雅夫

 

  • 映画『殺陣師段平』(1950年)。原作・長谷川幸延/脚本・黒澤明/監督・マキノ雅弘。長谷川幸延さんは、著作は読んでいないが大阪の芸人などの様子を書かれていて、映画では、成瀬己喜男監督での芸道物の『芝居道』があり、マキノ雅弘監督では、『殺陣師段平』のリメイク版『人生とんぼ返り』と『色ごと師春団治』がある。映画『殺陣師段平』の脚本に関しては、かつて観たときは、それほど感じなかったが、『鉄砲喜久一代記』を読んで観ると、劇団・新国劇の歴史的流れ、澤田正二郎の演劇に対する考え方、そこに、殺陣だけが生きがいの段平を入れるという構成の丁寧さがわかった。

 

  • 大正10年大阪。頭取の段平には殺陣師としての新しい仕事がなかなかこない。『国定忠治』の新たなる台本ができ、段平はこれは、澤田が自分に新しい殺陣を考えろと言ってくれていると思い込む。段平の殺陣は出来上がっていたが、澤田が考えていたのは歌舞伎のような殺陣ではなく、写実の真剣の殺陣で、段平の出る幕ではなく稽古はすぐ終わってしまった。段平は澤田に食い下がる。リアリズムとは何か写実とは何か。そんなおり段平は喧嘩をして、写実の殺陣を感じとるのである。

 

  • 新国劇は大阪で剣劇として人気を博し、東京で再び公演できることとなる。段平も行くはずであったが、来なくていいとの連絡である。東京での公演が上手く行かず、座員の運賃などの経費がでなくなっていた。突然来いとの連絡が入る。やっと東京で当たり始めたのである。喜ぶ段平。結婚して七年の女房・お春は髪結いの仕事をしつつ段平が連れて来た素性のわからぬ娘・おきくともども世話をしていた。だまされ続けて七年と憎まれ口をいうお春も、段平から殺陣をとったら何も残らないことを百も承知なので嬉し涙をそっとふく。

 

  • 新国劇の人気は上がるが、段平はむくれている。澤田にどうして立ち回りをやらないのかとせまる。『父帰る』『桃中軒雲右衛門』『白野弁十郎』などが演目に並んでいる。澤田は、剣劇だけが新国劇ではないという考えがあった。立ち回りのための芝居はしないという。段平はお春の危篤の知らせにも帰ろうとせず、ついに他の芝居の誘いに乗り、新国劇を去ってしまう。お春が亡くなって5年後、段平は中風にかかって身体が不自由になっている。そんな時、昔の仲間が訪ねて来て、南座へ新国劇の『国定忠治』を観に連れてってもらう。そして、30円で中風になった忠治の最後の殺陣を買ってくれるように頼んでもらう。

 

  • 澤田も、自分の考えで段平の想いを切り捨てたことに後悔があり、30円で買うという。段平の最後の殺陣への挑戦が始まる。しかし身体はすでに思うようには動いてくれない。段平は新国劇のお金、80円を持ったまま飛び出し、お春の葬式代などで使い、おきくのくれるお金をためて50円になっており、それに30円を加え返してくれという。澤田たちは段平の殺陣を待っていた。娘のおきくが駆けつけ自分が教えるという。澤田はお客に少し時間をくれるように頼む。おきくが教えた殺陣は、リアリズムそのもで、蒲団から起き上がることもできない、刀を鞘から出すこともできない忠治であった。捕手は、恐ろしがって御用と取り巻くが、時がたち忠治の起きあがれない状態を知った役人は静かに観念するよう声をかけて幕となる。

 

  • 段平は、澤田先生、お客さんが納得するかどうかは知りませんが、リアリズムの中風の忠治であればこういう殺陣となりますよと自分の体で真実を教えたのである。おきくは自分の父が誰だかわからない。澤田は「おきくさん、あんたは段平が父親であってくれたら嬉しいんだろう。段平はお前さんの父親だよ。お前さんだから父親段平の殺陣を教えられたんだよ。」というあたりに、リアリズムに徹底さを求めた澤田正二郎のそれだけではないという思いもかぶさってみえる。

 

  • 段平の月形龍之介さんは、殺陣が命でそれしかない男そのものを貫き、澤田正二郎の市川右太衛門さんは、真実の演劇を求め取り込もうとするインテリさを貫禄をもって演じている。山田五十鈴さんは、こんな女房ならだれでも望むであろうと思う女房・お春である。娘のおきくの月丘千秋さんは、苦労は多かったであろうが、この夫婦のそばにいて幸せであった。段平の最後のことば。「明日、お盆やが。お春に南座に連れて行ってもらい、澤田が勝つか、段平が勝つか見届けて地獄にいくんや。」

 

  • 鉄砲喜久一代』によると、澤田正二郎の雲右衛門は、本物と見まがうほどの名演技であったと語り伝えられたとある。段平を置き去りにしてしまうくらい新しさを取り入れての演劇道があったのであろう。それにしても澤正は36歳という若すぎる死であった。こうした大衆を相手とした芸というものは、伝統芸のようには残らないが、形を変えてどこかにつながって拡散されていっていると思う。もしかすると、黒澤明監督だって、この脚本を書くことで、その後の時代劇映画の立ち回りになんらかの影響を受けたかもしれないではないか。

 

  • 澤正の『桃中軒雲右衛門』を無性に観たいと思わせられ、さらに映画との比較もあり真山青果さんの『桃中軒雲右衛門』を読んだ。亡きお妻に一節語るところはなく、雲右衛門が死の床についているとこまで描かれている。泉太郎が退学となって、自分が二代目となると告げると二代目はいらないと告げる。「真の芸は一代で滅ぶべきものだ。一代で滅び、後に継ぐ者のないところに、その芸人の誇りがあるのだ。おれは何人(なんびと)の芸も継いではいない。したがって後に残す二代目はないはずだ。」映画よりも、真山青果さんの脚本は、雲右衛門に自分と芸の関係を語らせている。驚いたことに、青山青果さんは、澤田正二郎をモデルとして、これを雲右衛門の中にほうりこんだということである。それぞれの芸のうえで結ばれる二人だったのである。

 

  • 『殺陣師段平』をマキノ雅弘監督が自ら脚本もかねリメイクしたのが『人生とんぼ返り』(1955年)である。段平が森繁久彌さんで、澤正は河津清三郎さんである。リメイクの間に『次郎長三国志』9作品を撮っており、森の石松で才能開花した森繁さんの起用となったのではなかろうか。河津清三郎さんは『次郎長三国志』では大政である。山田さんのお春はマキノ監督の理想の女房であろうから当然そのままである。澤正のそばにいる倉橋仙太郎が水島道太郎さんで『次郎長三国志』の8部では小政で森の石松に自分の女の名前を教えるのに藤の花をさっとひとふりで斬って石松に見せ「お藤ってえんだ。」というところは名場面として語りつがれている。

 

  • 筋は変わらないが『人生とんぼ返り』のほうが、よく整理されていて段平と澤正の芝居に対する関係や新国劇の歴史がわかりやすくなっている。俳優のアップも多くなり、南座など劇場の撮り方や京都の風景も取り込んで少し華やかさもある。お春が死んで一人段平が居酒屋で、俺は河原の枯れすすきの「船頭小唄」を歌う場面があるが、『次郎長三国志』の森繁さんの歌う場面から意識的に段平に唄わせるとしたらと、導入を考えたように思える。おきくは左幸子さんで、独特のリアルさが加わる。最後は、澤正が南座の舞台から死んだ段平の名前を呼ぶと、段平が現れとんぼを切る。そしてお春と共に消えていく。舞台から新国劇の団員が頭を下げて終わりとなる。『殺陣師段平』を基本に『次郎長三国志』を通過しての『人生とんぼ返り』と思わせ、新たに役者を生かして臨まれた作品となっている。

 

浅草散策と映画(5)

  • 『水戸黄門』が出てきたとなると、浅草木馬亭での初体験に触れなくてはならない。木馬亭は浪曲の定席があり澤孝子さんを生で一度お聴きしたいと思っていた。木馬亭も初めてである。浪曲の出演者は全て女性であった。間に講談が一席入り男性である。浪曲の大山詣りがあり、落語の笑いへの調子とはやはり少し違う。黄門記の「孝子の訴人」をされた方が、年でもう声も出なくてと言われたが泣かされてしまった。確かにお声は出ないがその熟練度はここに芸ありの国本晴美さん。もしかしてと思ったら、亡くなられた浪曲界で革命児的活躍をされた国本武春さんの御母上であった。澤孝子さんは、五月なので爽やかなものをと姿三四郎と乙美との出会いを声量たっぷりと聴かせてもらう。浪曲も講談も知っていそうで知らな話しが沢山ありそうである。

 

  • 木馬亭のお隣が木馬館で大衆演劇をやっている。夕方の部にちょうど良い。席を確保し、外で食事をしてからふたたび入館する。劇場は小さいが前の人との高さがあり見やすい。橘菊太郎劇団である。若い女性客が多いのに驚く。お隣の席の方は橘大五郎さんを小さいころから観ているのだそうで、近頃は大衆演劇も若い方が増えたと言われる。木馬亭で浪曲の平手造酒を聴いて、こちらでは立ち回りで手を震わせている酒乱の平手造酒が出て来て笑ってしまった。同じ人物を違う角度から観れ、それぞれの捉え方の多様性が楽しい。途中から入場されるお客に対する席の確保なども案内係りが手際がよく、気持ちよく観劇できた。舞台が狭いので芝居をする役者さんの苦労が垣間見える。毎日出し物が違い、終演後はお客様ひとりひとりと握手されてのサービス精神が凄い。

 

  • 木馬亭木馬館を隣としたが、建物は一つで、一階が木馬亭で二階が木馬館で、一階にそれぞれの入口がある。この建物の前で、佇む人物の映画があった。映画『浅草・筑波の喜久次郎 浅草六区を創った筑波人』(2016年)で、浅草六区にたずさわった山田喜久次郎がタイムスリップし、娘と人力車に乗って浅草を訪ね、木馬館の前で「もうここしか残っていない。」というのである。映画では、木馬亭はシャッターが降ろされている。北野武監督の『菊次郎の夏』の菊次郎は北野監督の父親の名前だそうであるが、浅草で「きくじろう」が重なってしまった。

 

  • 橘大五郎さんは、北野監督の『座頭市』に出演されている。筋を忘れているので見直した。詳しくは書かないが、親を殺され復讐のため女芸者に化けて姉と旅をする弟役。大五郎さんの子供時代が早乙女太一さん。太一さんの舞台は観ている。その他、大衆演劇での舞台を観ているのは、沢竜二さん、梅沢武生さん、梅沢富美男さん、松井誠さん、竜小太郎さん、大川良太郎さん、門戸竜二さん。さて、大衆演劇の旅役者が出てくるのが映画『こちら葛飾区亀有公園前派派出所 THE MOVIE ~勝どき橋を封鎖せよ!~』(2011年)である。では、こちらの映画から。

 

  • 「こち亀」は、両さんの顔と制服姿は知っているが全く真っ白と言っていい。小学校時代の両津勘吉君は、旅役者の子にどうも恋をしたらしい。勘吉君は、その子に勝どき橋が開くことを説明するが信じてもらえない。女の子は短い期間で転校してしまう。両(香取慎吾)さんは今も、勝どき橋を見つつ、両腕で開いたその様子を示す。両さんのノスタルジーが伝わってくる。もしかして、映画のどこかで勝どき橋がひらくのかもしれないとワクワクする。もちろんCGであろうが、見て観たい。その女の子が座長(深田恭子)となって再び両さんの前に現れる。

 

  • 女座長の桃子には娘・ユイがいて、夫は行方不明である。両さんは子供たちの考える悪戯を一緒になってやるような幼さがあり、子供たちと友達である。ユイは、母が旅役者であるため、同級生の仲間に入れなかったのであるが、両さんは、その悩みを解決してあげ、自らも芝居に参加する。桃子と浅草を歩き、凄く良い雰囲気でもしかしての空気となる。そんなおり、ユイが誘拐される。犯人は本当は警察庁長官の孫を誘拐しようとして間違ってユイを誘拐したのである。両さんは子供たちと仲が良いのが幸いして、子供たちから犯人のヒントをもらい犯人逮捕となる。「勝どき橋を封鎖せよ!」は、勝どき橋で身代金を用意して待つようにとの犯人の要求からである。

 

  • 犯人は、子供たちや、両さんを励ましてくれた交通整理のおじさんであった。それには、警察庁長官の孫娘を狙うだけの動機があり、その手助けをしていたのがユイの父親であった。それでも、桃子は夫を待っていたことがはっきりして、両さんの恋は儚くも終わってしまうのである。しかし、勝どき橋が開いたということだけは、ウソではなく本当に開くのである。CGであるが、やはり感動ものです。漫画の主人公であるから両さんは誇張されてはいるが、話しの筋はまともでした。

 

  • 桃子の舞台、「鼠小僧」は浅草の雷5656会館で撮影されたようです。大変だと思ったのは、両さんが、下駄のサンダルで走りまわることである。時としては、ビニール製のサンダルだったりしたが、どちらにしてもこれで走るのはきついであろう。両さんは浅草生まれの浅草育ちなので、浅草寺横の浅草神社に「友情はいつも宝物」と記された碑がある。両さんの少年時代の友情を描いた「浅草物語」にちなんだ碑です。映画の主題歌は『三百六十五歩のマーチ』(水前寺清子)のカヴァーで香取慎吾さんが唄っている。
  • 監督・川村泰祐/原作・秋本治/出演・香里奈、速水もこみち、谷原章介、沢村一樹、夏八木勲、平田満、柴田理絵、ラサール・石井伊武雅刀

 

  • 木馬館に行った時、東十条にある大衆演劇の篠原演芸場がもっと雰囲気があってよいとのお客さんの声を聞く。その前から行っておきたかった劇場である。橘大五郎さんが、6月は篠原演芸場での公演と知りさっそく行った。お客さんの乗りが半端ではない。ゲストの大川良太郎さんと大五郎さんの掛け合いのツッコミとボケが笑いに笑わせてくれる。小さな劇場ならではの共有感が爆発する。その後、友人たちと待ち合わせて浅草の駒形どぜうへ。一度食べたかったのである。どぜうなべ。美味しかった。駒形橋から吾妻橋まで川べりを歩く。さわやかな川風で、いい気分で屋形船の行き来する隅田川を眺める。また一つ浅草を満喫できた。松屋に時計がある。う~ん。先の映画ロケ地予想がくずれるかも。そうであれば、気ままに楽しんでやっていますのでごめんなすってである。

 

  • 映画『浅草・筑波の喜久次郎 浅草六区を創った筑波人』。この映画は浅草を知るうえで興味深い人に巡り合えた。山田喜久次郎というかたである。筑波の北条出身ということで浅草・筑波とあるようにその二つの地を結ぶことにも光をあてている。そのためもう少し浅草での喜久次郎さんを知りたいと思う者には物足りなかった。『鉄砲喜久一代記』(油棚憲一著)があるので、個人的にはそちらでさらに愉しませてもらうこととする。映画の方は、つくば市で劇団をやっている若者・幸田啓介(長谷川純)と脚本担当の中町夢子がタイムスリップし、明治の浅草に紛れ込み山田喜久次郎(松平健)に助けられる。その時、喜久次郎は懐に鉄砲を持っている。

 

  • 啓介と夢子は三年間喜久次郎のもとで、喜久次郎の生き方を目の当たりにする。そこには、浅草に初めての劇場・常盤座を創立した根岸浜吉(北島三郎)もいた。喜久次郎は新富座で興行の修業中の浜吉と出会う。浜吉は筑波の小田出身であった。喜久次郎は左團次のところに居候させてもらったりもしている。啓介は現代にもどってみると、三年と思っていたのが三日間の行方不明であった。啓介の劇団「ナイトアンドディ」は借金だらけで大家さん(星由里子)から家賃の催促を受けている。家賃の棒引きの条件として大家さんは自分と猫だけに芝居をみせるならという条件をつける。啓介は喜久次郎の物語を芝居にすることにした。

 

  • 啓介は病気の母(秋吉久美子)にも見せたいと、もとSKDのダンサーだった大家さんを上手く乗せて皆に見てもらえるようにする。芝居上演まで色々あるが、壁にぶつかると喜久次郎が現れ意見してくれ、若者の成長を描いた青春物ともいえる。こちらは、山田喜久次郎さんや根岸浜吉さんのことがもっと知りたい気持ちが強く、少し欲求不満でした。その分、喜久次郎さんの本は無いのかと捜すこととなり結果よければすべてよしである。映画では、喜久次郎さんは芝居の幡随院長兵衛をみて、こういう生き方をしようと思ったとしている。このかたヤクザの親分ではありません。親分と呼ばれるのは嫌ったそうです。喜久次郎さんと当時の東京市長・尾崎咢堂(田村亮)との対決もなかなかの見せ場です。挿入歌の『むらさき山哀歌』は松平健さんが唄われています。星由里子さん、映画ではこの映画が最後でしょうか。最後まで愛くるしいです。(合掌)
  • 監督・長沼誠/脚本・香取俊介/出演・水島レイコ、戸井智恵美、綾乃彩、門戸竜二、沢竜二

 

浅草散策と映画(4)

  • 映画『お嬢さん社長』は1954年(昭和29年)、映画『東京暗黒街 竹の家』は1955年(昭和30年)公開である。『東京暗黒街 竹の家』は、アメリカの20世紀フックスが、映画『情無用の街』(1948年)の場所を日本に置き換えてリメイクしたものである。撮影の前後はわからないが、公開は『お嬢さん社長』のほうが『東京暗黒街 竹の家』より先なのに、浅草国際劇場の正面の雰囲気が『東京暗黒街 竹の家』のほうがやぼったく、幟があったりしてごちゃごちゃしている。日本に対して感覚がずれている映画の一つで、着物や住宅の中も何処なのという感じである。室内などは、アメリカのセットで撮られたのであろうし、変なアクセントをしゃべる日本人が出てくる。ただ、ロケは、その時代の浅草、銀座、鎌倉、横浜港、山梨などの貴重な映像となっている。

 

  • 映画『『東京暗黒街 竹の家』(監督・サミュエル・フラー)は、米軍警察の捜査官がアメリカ人の犯罪組織に潜入するというもので、『情無用の街』は、実際にあった第一次大戦後のギャングとFBIの対決を脚色したドキュメンタリータッチのギャング映画ということで後日見るが、こちらのほうが面白そうである。先ず、映像の中心に富士山がありその手前を蒸気機関車が走る。この軍用列車から、ピストルなどが強奪されるのである。犯罪組織の一人が重態の状態で拘束され死亡する。この男の妻が組織には内緒のマリコ(山口俶子)で、捜査官(ロバート・スタック)は死んだ男と友人であった男エディになりすまし、マリコに近づき、さらに犯罪組織の仲間となる。ボス(ロバート・ライアン)は、エディを信用する。

 

  • エディがマリコを探しに行くのが浅草国際劇場である。踊子たちが屋上で練習をしている。時計がみえるので、この屋上は銀座あたりのビルかもしれない。マリコは踊子のようであるが、身の危険を感じて自宅に逃げかえる。舟で生活している人もいる。川本三郎さんの『銀幕の東京』(浅草)によると、佃島で、当時、水に浮かぶようようにして木造の小さな家が並んでいて、題名の「竹の家」はそこから付けられているとある。ロケの映像はそのままであろうが、室内ははてなである。それは置いておき、組織からは、マリコはエディの恋人とみられ、二人は、ボスの家に住まうことになる。しかし、エディが裏切者であり捜査官であることが判明。

 

  • 危うく殺されるところを助かった捜査官とボスの銃撃戦がはじまる。ここが、見どころの一番である。ボスは浅草松屋の屋上の遊園地に逃げ込み、ボスはスカイクルーザーに乗るのである。スカイクルーザーとは土星の形をした大観覧車で、輪の部分にベンチがぐるっとあってそこに人が座り、輪の部分は一回りするようになっていてぐるっと360度、下の風景を観覧できるのである。二人の攻防を見つつ、スカイクルーザーから観える景色も追うのである。隅田川が見える。どうも浅草寺らしい建物と赤い仲見世らしきものがみえるが、本堂は空襲で焼けて1958年に再建している。形は出来上がっていたのであろう。五重塔は1973年再建であるから何もない。スカイクルーザーがなければ、この映画の面白味はないといえる。

 

  • 最初の富士山と蒸気機関車の映像は、現在の富士急行線の富士吉田駅と河口湖駅の間にわざわざ蒸気機関車を走らせたそうで、この線は乗っていないので是非乗る機会をつくりたい。楽しみがふえた。早川雪洲さんも警部役で出演している。

 

  • 映画『お嬢さん社長』は、美空ひばりさんが、16歳で社長になり、唄う場面も豊富にあるという川島雄三監督の映画である。川島監督は 「お正月映画で、美空ひばりさんでやった、唯一のものです。ひばりちゃんが、少女であるか、女としてお色気を出していいか、高村潔所長と話しあい、「少女の段階でやってくれ」 といわれたのを、覚えています。」といわれている。喜劇としているが、母恋い物の雰囲気を残している。ひばりさんの歌う場面は時代の流れを上手く捉えて挿入している。女としてのお色気をだすとすれば川島監督がどうみせたのかも見たかったです。

 

  • 製菓会社社長の孫のマドカ(美空ひばり)は、死んだ母が歌劇団のスターでもあり歌手になりたいとおもっている。浅草の歌劇団のファンでもあり、スターの江川滝子と行動を共にし、舞台ぎりぎりに劇場に送り届ける。その場所が浅草国際劇場である。劇場の舞台監督・秋山(佐田啓二)からマドカは叱責をうける。秋山に謝るためお菓子をもって、浅草稲荷横丁をたずねる。その住民の中に、太鼓持ちをしている母の父、マドカのもう一人の祖父も住んでいた。どうもマドカの亡き父母には、哀しい事情があったようである。社長の祖父が病気のため、マドカは急きょ社長になる。会社には、会社を乗っ取ろうとする動きがあり、それを食い止めてくれたのが、太鼓持ちの祖父であり稲荷横丁の住民であった。

 

  • 社長のマドカは、社内を明るくするため屋上でコーラスの指導をする。森永の広告塔が見え、マドカも秋山の友人でデザイナーの並木(大坂志郎)の案で広告塔をつくる計画を立て、宣伝のために自らテレビに出て歌うのである。この歌う場面になるとひばりさん、お嬢さん社長から美空ひばりの貫禄になるのが面白い。音楽は万城目正さんである。テレビのCM放送が1953年ということで、川島監督しっかり時代に合わせて会社経営も考えている。しかし、乗っ取り一団の策略でまどかは社長を降り、会社も危ない状態となる。それに加担していた、浅草の親分が、テレビのマドカの母を想う歌が好きで、悪事をやめてくれ、会社の危機はすくわれ、マドカも歌手として浅草国際劇場で歌うことになる。

 

  • 川島雄三監督、しっかり浅草の当時の面影も残しておいてくれる。マドカが、水上バスで浅草に着く。今の吾妻橋のところである。この水上バスは浅草から両国、浜離宮方面に向かうのである。その案内アナウンスをしているのが、稲荷横丁の娘さんである。親分を探して太鼓持ち・三八(桂小金治)と歩くマドカが立ち止まった夕暮れの隅田川の対岸には、松屋の屋上のスカイクルーザーがみえる。この映画の数年後、浅草国際劇場でひばりさんは、ファンから塩酸をかけられるという事件にあっている。色々なことを見て来た国際劇場も今はホテルとなっている。
  • 出演者/市川小太夫、坂本武、桜むつ子、小園蓉子、有島一郎、多々良純、月丘夢路

 

  • このホテルの近くにSKDの団員さんが、よく行かれたという喫茶店『シルクロード』がある。外見も古くなってしまったが、当時はおしゃれであったであろうと思えるし、若い劇団員やスターが、狭いドアをくぐってくつろぎにきたのが想像できる。時代を感じる色紙や写真があり、プログラムもあったので見せてもらったが、小月冴子さんくらいしか名前がわからない。お一人、甲斐京子さんは、新派や商業演劇でも活躍されているのでわかった。喫茶店は、地元の方たちの、もう一つのお茶の間という感じでくつろがれている。浅草寺中心の喧騒から離れたこういうお店と出会えるのも浅草ならではである。着物の姿の若い女性やカップルも多く、京都などに比べると気楽に楽しんでいて敷居が低い。

 

  • 松屋の屋上のスカイクルーザーの前にあったのが、ロープウェイの航空艇で、そのころの浅草を舞台にした映画は以前書いている。 映画『乙女ごころ三人姉妹』

 

  • 作曲家の木下忠司さんが、4月に亡くなられていました。木下恵介監督の弟さんでもあり、映画大好きの人間にとっては、これも、これも、これもと思わせられるほど多くの映画音楽を手掛けておられ楽しませてもらいました。時代劇テレビドラマ『水戸黄門』の主題歌もそうです。100歳の時、浜松市の木下恵介記念館でのお元気な写真があり、102歳での大往生ということです。(合掌)

 

映画『モリのいる場所』 『横山大観展』

  • 映画『モリのいる場所』は、画家の熊谷守一さんの94歳のときの一日を映画化したものである。この方を映像化するのは、変に誇張したり、間延びしたりで期待しつつも、まあ全てを受け入れましょうと観た。熊谷守一さんを壊すことなく描かれていて、熊谷守一さんの生活を楽しませてもらった。熊谷守一(山崎努)さんの日常をささえる秀子夫人(樹木希林)がこれまたいいのである。熊谷さんの作品との出会いは、白洲正子さんの武相荘の日本間の床の間にかけられた、「ほとけさま」と書かれた掛け軸である。文字だけで、なんの宗教心もなく手を合わせたくなる静かで暖かいオーラがあった。名前が熊谷守一とあり、書家なのであろうと思ったら画家であった。

 

  • 絵の前に立っているのであろう。じっと見つめる人がいる。誰であろう。かなり年輩であるが、画家か美術評論家かとみていると「この絵は幾つくらいの子供が画いた絵ですか。」とたずねられる。昭和天皇(林与一)である。横写しになるとそれが鮮明になる。そうなのである。子供のようであって子供ではない絵なのである。守一さんは、30年自宅から外へ出ていない。一度だけ出たことがあるがすぐ引き返してしまう。庭の樹々、花、虫、魚、アリ、石などを飽きることなく観察してお昼寝して自分の想い通りに時間を埋めている。映画の中で一つ気にかかったのはこの庭を歩くときの音楽である。少し軽快で音がきつすぎると感じた。楽しい気分を表しているのかもしれないが、個人的には違うなとここだけ思った。

 

  • 世捨て人ではなく、世の中の動きから身を引いていて、人と話す時は真摯に自分の想っていることをわかりやすく答えるのである。それが、ずばりで、楽しくて、可笑しくて、しごくもっとで、深いのである。文化勲章も「これ以上人がきて、ばあさんが疲れては困るから」と断るのである。秀子さんが、守一さんの流れに逆らわないが、守一さんが「生まれ変わったらどうする」と聞くと、「わたしはもういいです。疲れますから。」と答え、守一さんは少しがっかりしたようでもあるが「おれは、また生きたい。生きるのが好きだ。」と。このあたりが絶妙である。「あなた、学校へ行く時間ですよ。」「学校がなければいいんだが。」といって画室に入っていく。どちらに流されているのかわからなくなる。

 

  • 新聞に連載された「私の履歴書」が本になっている。『へたも絵のうち』は、とても読みやすくて明解にかかれている。そこには熊谷守一さんの平坦ではない人生があり、42歳で結婚されてからも、絵でご飯を食べれるようになったのが、57歳ころからで、ここから94歳になって穏やかな日常生活のルールが確立されたお二人の、いや特に秀子夫人の葛藤が大変であったことが想像できる。家のこと、来客、仕事のことなど、すべて秀子さんが守一さんとの間に入って上手く回らせているのである。秀子さん76歳。文化勲章より秀子さんが元気でいてくれることのほうが大事であることがわかります。家事を手伝う美恵(池谷のぶえ)ちゃんは、この熊谷家のルールにすっぽりはまっていて、それでいながら時々外の空気を吸って来るのが元気の秘訣らしい。この家に来る人は、皆、この夫婦のペースに呑み込まれてしまう。
  • 監督・脚本・沖田修一/音楽・牛尾憲輔/出演・加瀬亮、吉村界人、光石研、青木崇高、吹越満、きたろう、三上博史

 

  • 東京国立近代美術館で、『没後40年 熊谷守一 生きるよろこび』があったが、期間が長いと気を許していたら行く機会を逸してしまったので、『生誕150年 横山大観展』は早々と行った。作品を時代順に並べられると、やはり画家の挑戦していく過程がわかり、こんなことを考えながら模索していたのかと新しい発見があり、挑戦のたびに違う横山大観さんの情熱が見えて、大御所であるのに、身近に感じられる。ハレー彗星を描いた「彗星」などをみると、興味の対象を日本画に取り入れようとする革新性と自由さが感じらる。熊谷守一さんも「絵は才能ですか」と聴かれて「いや経験ですよ」と答えられている。観察して探って探って何かを探り当てていく。線であったり、色であったり、ぼかしであったり、構図であったり、主題であったり。そのどれもが、無限なのでしょう。横山大観展、もう一回観たいのだが・・・

 

浅草散策と映画(3)

  • 浅草に戻るには何処からもどろうか。市川真間まで行ったので、永井荷風さんが晩年14年間暮らした市川市本八幡からにする。市川市文学ミュージアムで『永井荷風展 ー荷風の見つめた女性たちー』(2017年11月3日~2018年2月18日)があった。作品のモデルになった方や荷風さんが交流した女性達を、「明治、大正、昭和という激動の時代のなか、女性たちがたおやかに、したたかにに生きていった姿を、作品をとおして見つめ直します。」という視点である。荷風さんは市川から、浅草のロック座やフランス座に通われ楽屋へもフリーパスで入られていた。文化勲章を受章され、踊り子さんたちが祝賀会を開いてくれ、真ん中で嬉しそうに微笑んでいる写真もあった。ところが、文化勲章をもらってから偉い人であるとわかると、これを利用する踊り子さんもあってトラブルにもなったようで、それからは、浅草へ行っても小屋へは行かず公園のベンチに座っている姿が見られたということで、なんとも心寂しい風景である。

 

  • 無くなってしまった浅草・国際劇場での松竹歌劇団SKDの舞台がでてくるのが、映画『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』である。SKDの舞台が国際劇場の本物であるだけにこれは貴重な映像である。寅さんのマドンナ、SKDの花形スター・紅奈々子役がの木の実ナナさんで、踊りも抜群なのでSKDの設定も無理がなく、レビュー場面や団員さんにも溶け合っていて役とのつなぎ目に違和感を感じなくて済むのが助かる。映画も松竹であるから、舞台撮影も贅沢に映すことができたのであろう。小月冴子さんは、さすが風格がある。浅草国際通りと名前があり、国際劇場に出ることは、スターを意味していたのである。山田洋次監督が映画にしたのが1978年で国際劇場が閉館になったのがその4年後の1982年である。奈々子はさくらの同級生で、二人ともSKDに入るのが夢であった。その夢を叶えた奈々子は結婚して踊りを捨てるかどうかで悩んでいた。さくらの倍賞千恵子さんが実際にSKD出身というのもよく知られているところであるがSKDも1996年に解散している。

 

  • 永井荷風さんが通った、京成八幡駅そばの飲食店「大黒家」も閉店らしく、浅草の「アリゾナキッチン」、「ボンソアール」も閉店である。これからも浅草は経営者の老齢化などもあり、どんどん変わっていくのであろう。六区街の大衆演劇の劇場・浅草大勝館も無くなってドン・キホーテのビルになっている。そもそも浅草に映画館がないのである。『男はつらいよ 寅次郎わが道をゆく』での冒頭の夢の場面では、寅さんが宇宙人であったということで、トレードマークの衣裳もカバンもキラキラしている。SKDのレビューのキラキラさに合わせているのであろう。さくらの夫・博(前田吟)の勤める町工場の経営が思わしくなく慰安旅行ができなくなり、国際劇場のレビュー観劇になってしまうのも下町らしく、九州からでてきた青年(武田鉄矢)が一度国際劇場でレビューを観たかったというのも、浅草国際劇場へのあこがれを伝えてくれる。

 

  • SKDの団員が踊る場面が映画『男はつらいよ』にもう一本ある。『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』(1982年)の冒頭夢の場面である。国際劇場閉館の年である。場所はブルックリンで、札付きのチンピラのジュリー(沢田研二)が唄う周囲で踊るのがSKDである。対する正義の味方はブルックリンの寅である。ジュリーは逃げ、柴又の家族と仲間に迎えられてレビューのように階段を上がる寅さんであった。この夢の場面に悪役として定番で出演していたのが、時代劇のベテラン悪役・田中義夫さんである。『男はつらいよ 幸福の青い鳥』では旅回りの人の良い座長さん。その田中義夫さんが、<ひゃら~り、ひゃらりこ、ひゃり~こ、ひゃられろ>の『新諸国物語 笛吹童子』ラジオ放送劇の主題歌とともに現れる映画がある。映画『夢見るように眠りたい』。映画製作のお金がなく、モノクロでサイレントという手法でかえって面白い映画となっている。

 

  • 夢みるように眠りたい』は、1955年代(昭和30年代)の浅草が舞台で、私立探偵・魚塚甚のところへ、月島桜という老婦人から誘拐された娘・桔梗を探して欲しいとの依頼がある。そのことを頼みにきたのが桜の執事(吉田義夫)で、魚塚の助手・小林少年がラジオで「新諸国物語 笛吹童子」の主題歌を聴いているときなのである。吉田さんは、映画「新諸国物語 笛吹童子」で悪役で出演していて、映画好き好きを思わせる演出である。桔梗の名もある。サイレントで台詞は字幕だが音楽と効果音は流れるのである。犯人からの謎のメッセージがあり、ゆで卵を食べつつ謎の場所を探し当ててゆく。江戸川乱歩風。

 

  • 仁丹塔、花やしき、地球独楽、縁日、M・パテー商会。M・パテー商会で、これは映画に関係あるかもとピンときた。やはり次は電気館の映画館である。そこで上映されていた映画に、渡されていた写真の桔梗が映っていたのである。映画は途中で終わりそこへ警官がきて上映中止になってしまう。その映画でも桔梗はさらわれ、それを助ける黒頭巾の剣士が魚塚であった。未完に終わった映画「永遠の謎」は女優主演映画で、警視庁の検閲により女優主演はまかりならぬと撮影中止になったのである。魚塚は桔梗を探すことが映画「永遠の謎」の結末を探すことなのだと理解する。その結末を聴いて老婦人・桜は安心して ≪夢みるように眠る≫ のである。桜が安心できる結果までの複線も上手く展開していく。(1986年/脚本・監督・林海象/美術・木村威夫/佳村萌(桔梗)、佐野史郎(魚塚甚)、深水藤子(桜)、松田春翠、大泉滉、あがた森魚)

 

  • 仁丹塔もない。映画の花やしきの人工衛星の乗り物も変ったらしい。花やしき一度は行かなくては。独楽に丸く金属の輪がついてるのを地球独楽というのだ。林海象監督のデビュー映画。協力者に大林宣彦監督の名前もある。佐野史郎さんの初映画出演、初主演映画で状況劇場を退団しどうしようかという時。知る人ぞ知るアングラ劇団の役者さんがでているらしい。活弁士の沢登翠さんもちらっとでてくる。深水藤子さんは、好きな映画『丹下左膳餘話 百萬両の壺』(山中貞雄監督)で、左膳が用心棒で居候する矢場のお久として出演されていて、山中貞雄監督のフィアンセであったともいわれている。『夢みるように眠りたい』は40年振りの映画出演ということで、これを実現した無名の林海象監督の力は大きい。脚本を読みこれならと思われたのであろう。フランス座出身の渥美清さんも出てきたことでもありますし、次は北野武監督の浅草の出てくる映画となりますか。

 

  • 映画『菊次郎の夏』は、子供と大人のロードムービーで、子供の名前が菊次郎と思っていた。子供が羽根のついた空色のリュックを揺らし駈けてくる。おっ!菊ちゃん張り切ってますねと見ていたらどうも映画の始まりではないようで、プロローグのようで、次に可笑しなタイトルが映る。そして二人の少年が学校帰りで、浅草の街を走るのである。千束通り、ひさご通り、六区、伝法院通り、浅草寺の正面を横切って二王門から出てくる。走っていたり、そうであろうと思う一部分の映像であったり、通り的にはつながっていない部分もあり、映像的な編集もされているであろう。浅草は、横路に入ったりし自由に歩きまわるほうが楽しい。

 

  • 今の二王門は塗り替えたのか造りかえたのか新しい赤い色である。この門を出て真っ直ぐ歩いていくと、隅田川にぶつかる。夜は、昼の喧騒とは違い人がほんのまばら。隅田川にぶつかると、派手ではない細いブルーの灯りの東武線の鉄橋がみえる。その上を電車が通る風景は、東京なのに郷愁をさそう。撮り鉄さんか、写真を撮るひとがいる。そこから、吾妻橋に向かうと喧騒がもどる。隅田川のたもとで主人公の少年は、かつて近所だった、お婆ちゃんのお友達のお姉さんに会い、「正男くん!」と呼ばれる。えっ!この少年の名前は菊次郎ではなく正男くんなのだ。お姉さんの横には男がいて夫らしい。

 

  • 菊次郎はこの夫婦のおじちゃんのほうの名前であった。正男くんはおじちゃんとの旅からこの場所にもどって、「おじちゃん!おじちゃんの名前なんての。」と聞くとおじちゃんは「菊次郎だよ。馬鹿野郎!」といいます。普通、こういう映画のタイトルは子どもの名前でしょう。普通ではないおじちゃんなので、最後までゆずらない。いいだろう。ちゃんと最初にいい場面で出してやっているんだから名乗りは俺にきまってるだろう。ばーか。と言われた気分である。まあそれくらい普通ではないことを考えつくおじちゃんですから、正男くんにとっては大変な旅でした。でも正男くんによって、菊次郎も一つの夏を越えることができたのでもありますが。

 

  • 負けず嫌いのおじちゃんでもあります。泳ぎ、シャグリング、タップと出来ないことは嫌だとばかりに練習します。頭を下げることなど絶対にいやなのである。正男くんには、一度「ごめんな。」といいます。お金がないので何でも人からくすね取ることになります。夜店の射的では、射的では落ちない大きな飾り物のぬいぐるみを落として買い取らせたりと笑えます。ホテルでのおじちゃん流の遊び方。正男くんのちょっとほあんとして眠そうな眼差しなのが何とも印象的で、このくらいでないとおじちゃんにいちいち反応していたらおじちゃんとの旅は続けられません。正男くん、涙を流したあとは、おじちゃん流の遊び方で笑顔になり、羽根のついたリュックを揺らし、天使の鈴の音を鳴らしながら、走るのです。菊次郎に、母に逢おうと思わせたのも、母をたずねる正男くんとの旅だったからです。正男くんもいつか、ふたたび、お母さんと会おうと思う日がくるでしょう。その時、菊次郎おじちゃんとの旅の話をするであろうか・・・。

 

  • (1999年・脚本・監督・北野武/音楽・久石譲/ビート・たけし(菊次郎)、岸本加世子(菊次郎の女房)、関口雄介(正男)、吉行和子(正男のおばあちゃん)、大家由祐子、細川ふみえ、 麿赤兒、 グレート義太夫、井手らっきょ、今村ねずみ、ビート・きよし、THA CONVOY) 北野武監督の絵がファンタジーで色が綺麗で映像の色も明るい。久石譲さんの音楽も正男くんの動きや心情にぴったりと寄り添う。天使の鈴のデザインが篠原勝之さん。タイトルデザインが赤松陽構造さんでこういう専門があるのを知る。映画『哀しい気分でジョーク』(1985年・瀬川昌治監督)は、たけしさんが、落ち目のタレント役で、息子が母に会いたいというのでオーストラリアまで別れた奥さんに会いに行く。息子に脳腫瘍がみつかり、それでなくても上手く気持ちを伝えることのできない父親ができるだけ息子と過ごす時間をつくり、旅にでるのである。ラスト、人気タレントとして歌う場面が観れるという美味しい場面のある映画でもある。

 

  • 昨年の2017年の九月に初めてOSKレビューを観劇した。OSKはSKDの姉妹劇団として大阪で誕生した歌劇団である。出会ったばかりなのにトップスターの高世麻央さんが、今年の7月新橋演舞場の『夏のおどり』(7月5日~9日)がラストステージだそうで、早いお別れである。暑い夏のひとときキラキラの楽しい時間をいただくことにする。観劇のあとは、浅草もいいかな。