『仮名手本忠臣蔵』 (歌舞伎座11月) (4)

七段目は祇園一力茶屋の場となるが、祇園での遊興の場でそれぞれの人間関係を知らない者同士が全然違う思惑で動いていて、気がついて見れば全て繋がっていて一点に集約されていくのである。

由良之助(吉右衛門)は、祇園で放蕩三昧、仇討のことなど忘れている。ところがこの放蕩が仇討の為に敵にも味方にも悟らせない戦術ということをほとんどの観客が知っているので、由良之助役者がそれをどう演じるかを見られる場面でもある。役者さんにとって遣り甲斐があると同時に怖い場面でもあると思う。吉右衛門さんは由良之助の遊び方の柔らかさ、日常を突き抜けたゆったりしたばか騒ぎなど、パッーと劇場を包まれた。その雰囲気が上手くいけばいくほど、若い同志の怒りが由良之助に向って激昂する様が納得できるのである。その同志と共についてきた寺岡平右衛門(梅玉)が仇討に加わるために由良之助に嘆願するが、軽くあしらわれてしまう。

由良之助一人の座敷に顔世御前からの手紙を力弥が届けに来る。その力弥を返す時、「祇園を出てから急げよ」と注意を促す。この台詞も良く出来ている。酔態しつつも本性のしっかりしていることを表す。この密書を隣の部屋の二階からあのおかる(芝雀)が鏡で覗き、縁の下では師直と通じている斧九太夫が盗み読んでいた。由良之助はこの二つの事実を知り動揺するが、すぐ放蕩の由良之助にもどり、おかるを身請けして三日後には自由にして良いと告げる。おかるは大喜びである。勘平のもとへ帰れるのである。

勘平に手紙を書いているところに平右衛門が現れ、ここで平右衛門がおかるの兄であることが分かる。平右衛門はおかるの身請けの話を聞き、由良之助が手紙を読んだおかるを殺すつもりであると理解し、おかるに自分の刀で死んでくれるよう頼む。おかるは驚くが、勘平がこの世にいないことを知り兄の願いを聞き分けるのである。そこへ由良之助が現れそれを留めさせ、九太夫をおかるに討たせ平右衛門を仇討に加えるのである。

この一力茶屋でおかるは同志の妻であり、平右衛門はおかるの兄で、仇討のためなら妹をも犠牲にしようと思う腹がある。そして、密偵の九太夫の息子・定九郎はおかるの父の敵でもある。その全てを捉えた由良之助は一点に集約させるのである。この一力茶屋という狭い世界の中で、由良之助の手腕をも表している。それは広い世界を狭い舞台に乗せてしまう芝居空間の面白さである。

おかるの芝雀さんは福助さんの休演の代役であったが、歌舞伎の場合すぐそれが出来てしまう。相手が違えばそれに合わせて即、息も変えれる凄さが修練された役者さんたちにはある。仁左衛門さんも出られる予定だったのが療養を必要とされ残念であるが、体調のすぐれない時はしっかり休まれ、また素晴らしい舞台を見せていただきたい。

最後は若い役者さんたちの活躍する討ち入りの立ち回りを見せ、ついに師直は討たれるのである。(十一段目)

バランスの行き届いた『仮名手本忠臣蔵』であったと思う。複線も分かり、それぞれの決められた形の落ち着きもよく、今まで取りこぼしていた台詞も幾つか拾うことができ、それは、芝居の膨らみに重要なことであった。