『さらば八月の大地』 (新橋演舞場11月)

映画、芝居好きには、日本映画の歴史、芝居としての出来など多くの好奇心を満たされた舞台であった。勘九郎さんは襲名後、初めての現代劇。日本による傀儡国家満州で、日本人と映画作りをする中国人の助監督の役である。内に矛盾を感じつつも、助監督として撮影現場を上手くまとめ様と努める役でもある。この方は間が上手いのであろうか。歌舞伎の見得もない、受けの役でもあるが、舞台にきちんと位置を決めてくれる。演じてますという臭さがないのである。それでいながら演じている。勘九郎さんあっての舞台と言えば褒め過ぎであろうか。

1937年(昭和12年)満州に日本国策の映画会社、満州映画協会(満映)が作られた。そこで終戦を挟んでの数年間、映画作りに賭けていた日本人と中国人の反発と交流の物語である。

満映の理事長が、元憲兵大尉・甘粕雅彦大尉である。大杉事件(アナキストの大 杉栄と伊藤野枝さらに大杉の甥が関東大震災の時憲兵隊に連行され殺害されたとされる事件)の首謀者とされており、その人と映画の結びつきを始め知ったのは高野悦子さん(岩波ホールを開設、日の目を見ない良質の世界の映画を紹介)の本からであろうか、映画に関しては自由な解釈の人とも思え捉えどころの難しい人である。舞台上では、甘粕大尉をモデルとして高村理事長として出てくる。得たいの知れない人物として木場勝己さんが好演である。中国人の助監督・凌風(リンフォン・勘九郎)も高村理事長のことを怪物と表現し、女優の美雨(メイユイ・檀れい)に高村理事長に近かづかないほうが良いと忠告するが、美雨はスター女優になることのみを夢見ている。宝塚出身の檀さんの歌とスター性が適役である。

そんな中へ映画を撮りづらくなった日本からまた一人撮影助手として池田五郎(今井翼)が飛び込んでくる。凌風と五郎の最初の出会いと撮影を通しての偏見や仲間意識など現場風景を見せつつの舞台は山田洋次監督ならではの演出であり、鄭義信さんの脚本の面白さである。撮っている映画は長谷川一夫さんと李香蘭さん共演の映画と思わせるし(李香蘭さんの半生を描いたテレビドラマで中村福助さんが長谷川一夫の役をやり雰囲気が似ていて驚いたことがある)、美雨が終戦後中国当局から拘束されたりと、李香蘭さんの歴史的事実とも重ねられる。そういう下敷きのなかで、架空の登場人物たちがどう映画作りをしていたのかを見せてくれるのである。

五郎の今井さんはもう少し凌風との出会いに惡が強くても良いのでは。映画を語ったり、終戦となり凌風と反対の立場となるあたりの変化がもっと躍動的になると思うのだが。それは、舞台始まりと中国語訳が字幕としてでるため、更に撮影現場セットの舞台に観客が気をとられ、舞台の状況に慣れるまで少し時間を要する事も原因のひとつであり、そのずれ分今井さんは損をしているかもしれない。

拾っていたら切りがないが、凌風と五郎が、黒澤監督の『姿三四郎』の映画の場面を語るところも、こちらを喜ばせてくれる。その他、主演男優(山口馬木也)が、冬に夏の場面を撮り、寒さから白い息が見えない様に口の中に氷を含んだりと、現場の大変さや、端から見る可笑しさも加わり見どころが多い。それでいて筋は通していて出演者の動きもよく計算されていて見逃さなくて良かったと思える舞台であった。

そして、映画 『天地明察』 (改暦1)で書いた〔NHK教育テレビ「知るを楽しむ・歴史に好奇心」<映画王国・京都~カツドウ屋の100年>〕(2007年12月)のテキストがこの舞台の時代をも含む映画の歴史としてとても参考になったのである。この満映の人材の受け皿が東映だったということなど。

演出・山田洋次/作・鄭義信/出演・中村勘九郎、今井翼、檀れい、山口馬木也、田中壮太郎、有薗芳記、中村いてう、関時男、鴫原桂、広岡由里子、木場勝己

大杉栄の時代とその周辺に関係する舞台については 『美しきものの伝説』(宮本研の伝説) と 『美しきものの伝説』のその後 を参照されたい。