隅田川から鎌倉そして築地川(2)

鎌倉国宝館には、鎌倉時代を代表する仏像が、数は少ないが至近距離で対峙させてもらえる。十二神将立像などは、初めまして!じっーと見つめますが恋心が生じるかどうかは疑問で、作者の運慶さんに傾くかもしれませんとお声かけできる距離である。

薬師三尊の周りを守る十二神将の間には、木像の五輪塔があって実朝の墓らしく秦野の畑の中にあったそうだ。

鎌倉国宝館の前には実朝歌碑があった。「山はさけうみはあせなむ世なりとも 君にふた心わがあらめやも」 実朝の死で頼朝の血は途絶えてしまう。

鶴岡八幡宮の参道の両側に源平池がある。頼朝夫人政子が平家滅亡を願い作らせたといわれる。東の池が源氏池で三島を配し、西の池平氏池には四島を配した。三は<産>、四は<死>である。

<肉筆浮世絵>のほうは、「当流遊色絵巻」(奥村政信)で、禿がのぞきからくりをのぞいている姿がありおかしかった。それは、小津安二郎監督の映画『長屋紳士録』を思い出したからである。

絵師・懐月堂安度の解説に江島生島事件に連座とあり、どういう関係であったのかと気になる。作品は「美人立姿図」である。

やはり圧巻なのは葛飾北斎さんである。「桜に鷲図」の鷲の威風堂々たる姿には圧倒された。その足の爪がしっかり桜の枝を掴んでいる。どこかの国で試験的に、飛んでいる違法のドローンを鷲がそれこそわしづかみにし、部屋の角にたたきつける方法をやっていた。鷲の爪はドローンのプロペラなど全然平気だそうだが、北斎さんの絵の鷲が誇張でないのがわかった。それだけ威力ある爪なのである。

「雪中張飛図」、三国志の張飛が雪の中で右手には槍を、左手には編み笠を高くかかげ顔は空を見上げ、足はひいた左足に45度の角度で右足。三度笠のきまった形である。ところが、お腹は前にせりだし、衣服は異国風のあざやかな模様である。形の決まった大きな役者張飛である。

黒い三味線箱に酔って物思いのていでよりかかる「酔余美人」。大黒さんが大きな大根になにか書きつけている「大黒に大根図」。

あの汚なくて暗い長屋で描いたとは思えない。やはり天才ゆえか。しかし、お得意さんに頼まれて、その立派な部屋で画いてこともあったであろうなどと想像する。

歌川広重の「高輪の雪」「両国の月」「御殿山の花図」の3幅もよかった。

満足して、『川喜多映画記念館』へ。ここでは「映画が恋した世界の文学」がテーマで、関連の映画ポスターがびっしり展示されていた。予告編映像もあり、「汚れなき悪戯」のマルセリーナ坊やが相変わらず天使の笑顔。映画関連の本を虫食い状態であれこれ読む。

時計の針のまわりが早いので重い腰をあげ、『鏑木清方記念美術館』。

「清方芸術の起源」。明治時代の庶民の暮らしを描いたっ作品《朝夕安居》が中心である。巻き絵になっていて、芸人さんの玄関さきから裏の長屋の人々の生活へと移って行くが、玄関の軒灯の紋で芸人の家とわかるらしい。

井戸の水を木おけで運ぶ女性の姿は、その重さがわかる描き方である。戸板を二枚横に十字に立てて行水をつかう女性。永井荷風さんの『すみだ川』にも出てくる。「それらの家の竹垣の間からは夕月に行水をつかっている女の姿の見えることもあった。」「大概はぞっとしない女房ばかりなので、落胆したようにそのまま歩調を早める。」お気の毒に、清方さんの絵の女性は美しい。

ランプのそうじをする女性。百日紅の木の下で煙管をくわえる風鈴屋。麦湯の屋台を取り囲む縁台に夕涼みの人々。なんとも古きよき時代の風情である。

清方さんは、16歳のころ挿絵画家として出発する。そして、会場芸術、床の間芸術に対し、卓上芸術を唱える。卓上にて愉しむ芸術である。《朝夕安居》もその一つである。

清方さんは幼少から挿絵画家時代築地川流域ですごしている。そのころの人々の様子を描いたのが「築地川」の画集である。その一部も展示され、展示ケースの下の引き出しを開けるとさらに作品を鑑賞できる。

外国人居留地であった明石町であそぶ外国人のこどもたち。築地川にかかる橋で夕涼みする浴衣の女性。佃島からいわしを担いで船に乗るいわしうり。船で生活する少女が河岸から船に渡した板の上を渡る。築地橋そばの新富座。

鎌倉で築地川に会うとは思っていなかった。ほとんど埋められてしまった川である。

記念館のかたに作品「築地川」の資料がないかたずねたところ、収蔵品図録があった。「卓上芸術編(一)明治・大正期」「卓上芸術品(二)昭和期」

二冊で超お買い得であった。文がまた興味深い。葛飾北斎さんの「隅田川両岸一覧」にふれ、自分もこの両岸を写して見たいとも書かれている。描かれたのかどうかは調べていない。

清方さんの絵が、幸田文さんの『ふるさと隅田川』や永井荷風さんの『すみだ川』に書かれている市井の人々の姿とも重なり楽しかった。

書いていたらきりがないので終わりにするが、面白い事に、小津安二郎監督の映画『長屋紳士録』は築地川そばの長屋が舞台である。そこにもつながるとは、鎌倉がとりもつ縁であろうか。