テレビドラマ『天切り松 闇がたり』

「近代文学館 夏の文学教室」での浅田次郎(作家)さん(三日目 三講時)の講演は『「天切り松 闇がたり」の大正』でした。

小説『天切り松 闇がたり』関係の参考本に『天切り松読本』(浅田次郎監修)がありまして、作品に出てくる、浅草、上野、本郷、銀座、丸の内等の地図や写真が掲載されてい風景が具体化されて面白いです。<天切り市電マップ>というのもありまして『天切り松 闇がたり』はもちろんですが、ほかの作品でも市電がでてくれば参考になるとおもいます。〔洲崎〕とあれば映画『洲崎パラダイス』が浮かびます。

さらに『天切り松 闇がたり』上演一覧というのがありまして、すまけいさんと鷲尾真知子さんとの朗読劇が載っていました。このお二人の朗読劇でこの小説を知ったのです。沁みる朗読劇でした。テレビドラマにもなっていまして、そのことは、『天切り松 闇がたり』第三巻(集英社文庫)の解説を十八代目勘三郎さんが書かれていてテレビドラマとなることに言及していますが、このテレビドラマがDVDになっていたのです。

2004年7月30日放映(フジテレビ) 監督・本木克英/脚本・金子成人/出演・松蔵(中村勘九郎・18代目勘三郎)、安吉(渡辺謙)、栄治(椎名桔平)、寅弥(六平直政)、志乃(篠原涼子)、きよ(井川遥)、永井荷風(岸部一徳)、東郷平八郎(丹波哲郎)、逆井重美(中村獅童)他とあります。

嬉しいことにとんとん拍子に動いてくれて、DVD、レンタルできたのです。

テレビドラマ『天切り松 闇がたり』は、「黄不動見参」「百万石の甍」「昭和俠盗伝」「衣紋坂から」が編集・脚本されて、松蔵が語ります。

警察の留置所に出入り自由の村田松蔵は、今夜も雑居房で六寸四方にしか聞こえない夜盗の声音、闇がたりで自分の歩んできた道を語っています。

松蔵は、盗賊の安吉一家に九歳のとき預けられますが、親分から黄不動の栄治に修業をまかされ天切りを教えこまれます。天切りとは江戸時代から続く屋根を切って忍び込む夜盗の技なのです。黄不動の栄治は、手広くやっている建設会社花清の妾腹の子で、母子は体よく追い払われ、口は悪いが腕のいい棟梁に育てられ一通りの大工仕事はしこまれています。

花清は実子を亡くし、前田侯爵を通じて安吉親分に栄治を花清の跡取りにと話しがありますが、栄治は前田侯爵邸から仁清の色絵雉香炉を盗み、育ての棟梁に急ぎ汚い長屋に床の間の部屋を普請してもらいます。そこに香炉を鎮座させ、棟梁の腕を花清の実の親に見せ、あるべきところにあるという心意気をみせ、栄治は後継ぎの話しを断ります。

修業は積んだが大きな仕事のやっていない松蔵が奮い立つときがきました。兄貴分の寅弥は二百三高地で戦った経験から、「どんな破れかぶれの世の中だって人間は畳の上で死ぬもんだ」という想いがあります。ところが大切に世話をしていた上官の子供の姉弟の弟に赤紙がきたのです。怒る寅弥。寅弥に頼まれ姉弟の面倒を見て来た松蔵は決心します。

「生きた軍神」の東郷平八郎が持つ大勲位菊花章頸飾(だいくんいきっかしょうけいしょく)を盗みだすことでした。東郷平八郎の寝屋に忍び込んだ松蔵は眠りを継続させる栄治兄貴から習った息移しに失敗し、東郷平八郎は目を覚ましてしまいます。そこで松蔵は話します。勲章をお借りしたいと。

「紙切れ一枚でしょっ引いて親、兄弟を泣かせるお上の仕方は女郎屋の女衒と同じ心だと存じます。だが俺たちは表立ってお上に邪魔立てできゃしねえ。戦に駆り出される若いものに、そんな勲章なんて欲しがるなと言って送り出してやりとうござんす。」

東郷平八郎は、承諾する。誰に盗られたのかを本名を言うわけにいかないからと、<天切り松>と二つ名をつけてくれるのです。忠犬ハチ公の除幕式がありその銅像のハチ公の首に勲章が架かっていました。

松蔵の子役の場面が続くなかで、この話しは勘三郎さんの松蔵でやはり見せてくれます。闇がたりの松蔵はかなりの老年になっており、それはそれで勘三郎さんの話術の聴かせどころですが、若い松蔵の動き、感情の導入や押さえなど、期待していた演技力と台詞です。こういうところを突き抜ける勘三郎さんのその後が観たかったです。

留置所の新入りの逆井を諭すように、おまえは女衒とおなじだと姉・さよが吉原に売られそれを捜しあてた時の話しをします。松蔵は吉原の遊郭の息子と友達となり姉が白縫花魁となっているのを知ります。兄貴分の寅弥が日にちをかけて花魁のもとへ通い身請けし、松蔵はむかえに行きます。その時姉は、スペイン風邪にかかり助からない状態でした。

雪の中姉を背中に結わえておぶり姉の言われるままに三ノ輪に向かいます。背中で姉は亡くなり、途中で永井荷風に会い浄閑寺を教えられます。追いかけて来た遊郭の息子と永井荷風と松蔵の三人は、姉のために「カチューシャの歌」を歌います。

役者さんも揃い、テレビドラマとしても『天切り松 闇がたり』を充分味わわせてもらい満足でした。

原作に出てくるような大正時代の建物を映すことが出来ないので映像的に苦労するところですが、その分、勘三郎さんの滑舌がものをいいました。松蔵があこがれる安吉親分の渡辺謙さんと栄治兄貴の椎名桔平さんも大正時代のお洒落なダンディズムがあり、寅弥兄貴の六平直政さんは怖い顔をして情あらわすことで違う風を吹かせます。丹波哲郎さんの達観したような動じない老境さも魅力的でした。

そんな人々に自分は作られてきたのだという松蔵の恍惚感と使命感が闇のなかで妖しい光を放っていました。

こう涼しい夏の夜ともなれば、『天切り松 闇がたり』を開き、勝手気ままな一夜を愉しむのもいいかもしれません。