歌舞伎座八月『野田版 桜の森の満開の下』

野田版 桜の森の満開の下』は、観劇するのが楽しみであると同時に解るであろうかの疑念がありました。

<野田版>とあるように、下敷きの坂口安吾さんの『桜の森の満開の下』と『夜長姫と耳男』です。その二作品は読み、篠田正浩監督の映画『桜の森の満開の下』も見ておきました。

坂口安吾さんの『桜の森の満開の下』は、山の中に住む男が、桜が満開の森の中に入ると気が変になってしまうことを知り怖れていますが、美しい女を手に入れ、その女の欲望のままに動き、女の望み通り山から京に出ます。美しい女のために生首を集めてきますが、男にとっては何の意味もありません。次第にあの桜の下の魔力が思い出され男は山へ帰ると言います。思いがけず、女はそれじゃ私も一緒にいくといい、男は喜んで女を背負って満開の桜の下に入っていきます。女がいれば桜の下も怖くないと。しかし、背中の女が自分の首を絞め、鬼になっていました。思わず男は女を絞め殺します。そこには美しい女の顔がありました。

篠田監督の映画『桜の森の満開の下』は原作に少し京での男の行動を膨らませていますが、基本的に原作を映像化しています。

野田版では、女がもてあそぶ生首の場面などは無く、そこに『夜長姫と耳男』を挿入しています。

『夜長姫と耳男』は、<耳男><小釜><青笠>の三人が夜長の長者に仏像を彫るように命ぜられます。夜長の長者には美しい娘の夜長姫がおります。耳男と夜長姫が会ってからは、この二人の物語となります。夜長姫はとてつもない理解しがたい美意識と感性の持ち主で、耳男は名前の通り大きな耳を持っていますが、その耳を女奴隷のエナコに斬り落とさせるのです。

足かけ三年、耳男は姫の笑顔に魅かれる自分に対抗するようにモノノケの像を彫ることにします。自分の意識を覚醒させ、蛇の生き血を飲み、残りはバケモノの像にしたたらせ姫の笑顔と闘います。この像が姫に大層気に入られます。姫はバケモノの像の力を試し、その力が無くなると姫は耳男に命じ蛇を捕まえさせ、自分がその生き血を飲み、人々がきりきり舞いをして全て死すことを祈り眺めていたのです。

耳男は姫の無邪気な笑顔とミロクとを重ねて彫っていましたが、そんなものが何の意味も無い様に思え、姫を殺す以外に人間世界は維持できないことを知り、耳男は姫をキリで刺し殺してしまうのです。

刺された姫の最後に残した言葉は・・・・。

さて、『野田版 桜の森の満開の下』では、どうなるのでしょうか。『桜の森の満開の下』に挿入された『夜長姫と耳男』は、登場人物が多くさらに鬼が加わります。仏像を彫る男三人は、耳男(勘九郎)、マナコ(猿弥)、オオアマ(染五郎)の三人で、耳男はわかります。オオアマも鬼を使って国盗りをするという人物です。

マナコがわからなかったですね。カニになったりもするのです。野田芝居特有の言葉あそび、パロディが散りばめられていますから、わからないなりに笑わせてもらいます。その笑いの多いマナコがよくわからなかったわけです。カニ軍団のカニ、カニ、カニの動きも意味もわからず可笑しいのです。

鬼も人間になりたいと人間になったりもします。人間に利用されているだけなのか、鬼そのものの力があるのかあたりもわかりません。鬼の中心はエンマ(彌十郎)そして赤名人(片岡亀蔵)、青名人(吉之丞)、ハンニャ(巳之助)。

これまたよくわからない人で作る遊園地はお見事でジェットコースターなど動きも抜群です。ところどころにこうした流動的躍動感が舞台一面に広がるのですから細部はまあいいかと楽しませられます。

夜長姫(七之助)だけではなく、早寝姫(梅枝)もでてくるのです。たしかに夜長姫があれば、早寝姫があってもいいわけで、この名前を見ているだけでも可笑しいです。二人の娘に翻弄される親のヒダの王(扇雀)。早寝姫は、歌舞伎ならではの国盗りに手を貸し、ここは歌舞伎を意識しての挿入でしょうか。それだけではない地図の広さを感じます。

その上には空があり、空が下がってきてしまうという恐怖感もあります。おそらく野田さんは世界を意識されているのでしょう。

夜長姫は人々がきりきり舞いをするところで、「いやまいった。まいったなあ。」といい、その軽さにもっていくのが印象的だったのですが、最後の耳男のせりふが、「いやまいった。まいったなあ。」でしたので、やはりここにくるのかとおもったのですが、今の世界を表しているのでは。自然界も人間界もその根の深さがむくむく首をもたげ異常な噴出を始めているようです。

『桜の森の満開の下』だけのことならいいのですが。その上の青い空がおりてきたら・・・・。

いやまいった。まいったなあ。

まいっている暇のない、野田ワールドの沢山の笑いと役者さんの動きも愉しまれてください。

 

神保町シアターで、三代目猿之助さんが襲名のときの映画『残菊物語』を上映しています。溝口健二監督の花柳章太郎主演の映画はDVDにもなっており見ることができますが、大庭秀雄監督の三代目猿之助さんの映画はつかまえられず、やっと見ることができました。舞台場面も多く若い猿之助さんと岡田茉莉子さんが一見です。(23日19時15分~、24日16時40分~、25日12時~)