信州の旅・小布施(1)

今回の信州の旅のメインは『無言館』を訪れることですが、予定を立てているうちに他の方面にもおもいが広がり、『無言館』は一日あてるとして先ず小布施となりました。

小布施は、葛飾北斎さんが岩松院(がんしょういん) の本堂天井画「八方睨み鳳凰図」を描かれている場所です。北斎さんの娘である葛飾応為さん(お栄)をモデルにした朝井まかてさんの小説『(くらら)』を読んだとき、お栄さんが一緒に小布施に行ったのかどうかに興味がありました。『眩』では北斎さんが小布施に行った時お栄さんも一緒だったとは書いていないのです。行かなかったのかと残念な気持ちだったのですが、北斎さんが亡くなったあとでお栄さんが回想するかたちで自分も小布施へ行ったとあり、まかてさんこう来ましたかとその手法にまいったと思って嬉しくなったのです。

事実なのかどうかはわかりませんが、お栄さんがあの鳳凰のどこかに筆をあてたと考えるだけでも、もう一回観に行こうと思ってしまいます。それで小布施を加えたのです。岩松院は長野から長野電鉄で小布施の次の都住駅から歩いて20分とのことで、下りたことのない駅で歩ける楽しさでもあります。<実りの秋>とはよく言ったものです。林檎の木に小ぶりのの林檎が赤かったり青かったりたわわに実り、歩く道から手を差し出せばとれてしまいます。果樹園でない場所で、無造作にこんな近くにリンゴの木が続いている道は初めてです。栗も大きな真ん丸の緑が可愛らしいです。

天井画の鳳凰はあいかわらず色鮮やかな姿を展開しています。かつては寝転がって鑑賞したのですが、今は椅子に座ってです。やはり寝転がって味わいたい鳳凰です。お栄さんの描いたところはどこかなと眺めます。あの赤の色を変えているところか、茶の羽根の濃淡の部分かな、いやいや、北斎さんは目を優しく描くので、「おやじさん、目はあたしに書かせて。」とばかりに、あの睨んでいる目かなと想像しつつ眺めていたら首が痛くなりました。

説明の放送もありますが、係りに説明を聴いてくださいとありましたので、お栄さんがここに来たかどうかをお尋ねしました。来たとのこと。この絵は、小布施の豪商で文化人の高井鴻山(たかいこうざん)さんが依頼し、150両の絵の具代がかかっているのです。宝石を砕いて使っており、それだけの金額をかけたからこそ驚くべき色が残ったのかもしれません。初めて観た時は、修復して綺麗にしたのだと思ってしまったほどでした。

北斎さんが80過ぎてからの作品で、小布施までよく来たものだとおもいますが、絵だけに集中できる環境だったからでしょう。弟子が何人きたのかどうかは記録にないそうで、お栄さんが一生懸命絵の具を作られ、北斎さんとはどんな言葉をかわししつつ完成させていったのでしょうか。お二人のバトルの姿を、今、鋭い目の鳳凰がお二人に負けじと睨み照らしているような感じがします。

岩松院には、<福島正則霊廟>もあり、小林一茶さんの「やせ蛙まけるな一茶ここにあり」を詠んだ場所でもあり<蛙(かわず)合戦の池>があります。桜の季節の五日間、大人の手のひらの大きさの蛙がメスの産卵のときオスが手伝うのだそうで、メスが少ないため争奪戦となり、その様子と自分の病弱な初児・千太郎への声援と重ねて詠まれたのだそうです。残念ながらお子さんはなくなります。一茶54歳の時です。

シャトルバス<おぶせロマン号>で北斎館前へ移動し、ここで栗の木を小さな正方形にして埋め込んだ<栗の小径>を進むと『高井鴻山記念館』があります。高井家は豪農商家でその子孫である鴻山さんは15歳から16年間、京都や江戸へ遊学していて幕末期ということもあり様々な人々と交流し、屋敷には佐久間象山さんも訪れ畳が擦り切れるまで火鉢を押し合って激論したようです。

もちろん北斎さんにはアトリエを提供し画の師として厚遇し、合作も残しています。晩年は妖怪の絵を多く描き、維新の世は鴻山さんが想像していたのとは違っていたのかなとも思えてきました。妖怪は北斎さんと河鍋暁斎さんの絵から学んばれたようです。「夏季特別展 高井鴻山の妖怪たち」

さらに栗の小径を進むと『北斎館』です。『北斎館』に入る前に栗のアイスクリームを賞味。砕けた栗とアイスが絶妙です。『北斎館』では「企画展 北斎漫画の世界」を開催中で、絵の勉強をする人のための本ともいえるもので、人物、動物、植物などあらゆるものの形が描かれています。北斎さんは見えるものは全て自分の手で描く。北斎さんの手が描かずにはいられないという天才の宿命のようなものを感じます。

肉筆画に鮭の切り身一切れと椿という絵があり、その組み合わせにどうしてこうなったのであろうと可笑しさと不思議さに頭をかかえました。普通では考えられない発想です。たまたま鮭の切り身があり、その身の色に、ぱっと見えた椿の花の色が反応したのでしょうか。笑うしかこちらは反応できず。まいったなあ。

小布施にはかつて祇園祭があって、その屋台の天井絵を二基分描いていてそれも展示しています。一基は<男波>と<女波>、もう一基は<鳳凰>と<龍>です。小布施の人々は、北斎さんという画人をもっと身近なところで、江戸の広さとは違ったかたちで口の端に乗せて語りあっていたように思えます。

驚いたのは、『北斎館』にテレビドラマ『眩(くらら)~北斎の娘~』のポスターがありました。あまりのタイミングに係りのかたに今年の9月の放送ですかと確かめてしまいました。調べてみましたら、NHKテレビで北斎さんの波のようなうねりで北斎関連番組があります。

 

  • 9月15日 NHK 歴史秘話ヒストリー 『世界が驚いた3つのグレートウエーブ 葛飾北斎』 午後8:00~8:43
  • 9月22日 NHK 歴史秘話ヒストリー 『おんなは赤で輝く 北斎の娘・お栄と名画ヒストリー』 午後8:00~8:43
  • 9月18日 NHK 特集『日本ーイギリス 北斎を探せ!』 午前9:05~9:50
  • 9月18日 NHK ドラマ『眩(くらら)~北斎の娘~』 午後7:30~8:43
  • 10月7日 BSプレミアム 特集番組『北斎インパクト』 午後9:00~10:30
  • 10月9日 NHK 特集番組『北斎 ”宇宙” を描く』 午前9:05~9:55

先のことですので、興味のある方は確認されてください。参考まで。

 

日本橋高島屋8階ホールで『民藝の日本 ー柳宗悦と「手仕事の日本」を旅するー 』を開催しています。改めて日本の人々の手仕事の素晴らしさに豊かな気持ちになりました。展示のし方と民芸の選び方も視点のしっかりさを感じさせてもらいました。(9月11日まで) 劇団民藝『SOETSU 韓(から)くにの白き太陽』