ドキュメンタリー映画『石井輝男 FANCLUB』・映画『黒い画集 ある遭難』

江戸川乱歩の映画となると、石井輝男監督のドキュメンタリー映画『石井輝男 FANCLUB』が思い浮かびます。石井輝男監督の映画は、高倉健さんとの関係からもかなりの数観ていますが、エログロ路線作品は観ていません。

ドキュメンタリー映画『石井輝男 FANCLUB』(『石井輝男 ファンクラブ』)は石井輝男監督の遺作となった『盲獣vs一寸法師』(原作・江戸川乱歩)を撮影している現場を撮っています。こういうドキュメンタリー映画の場合、監督のコメントがあったり、石井監督を敬愛するかたなどがコメントしたりするのでしょうが、そういう事が一切ありません。石井監督と若いスタッフたちが撮影に臨んでいる姿だけです。石井監督が役者さんにこうしようと提案したり、休憩したり、準備したり、外でのゲリラ的撮影があったりしますが、皆さん楽しそうです。

こんなんで映画撮れてしまうのかなあという感じで、映画を撮りたい若者はこのドキュメンタリー映画を観た方がいいです。撮ろうという気になると思います。石井輝男監督の長い経験からの撮影現場ですが、その姿は「先ず撮ったら」と言っているようです。

兎に角、石井輝男監督、好き好き人間が集まっていて、出演しているのも、リリー・フランキーさん、塚本晋也さん、リトル・フランキーさん、及川博光さん、本田隆一さん、熊切和嘉さん、園子温さん、丹波哲郎さんなどで、演じるよりその現場を愉しんでいる感じです。

丹波哲郎さんが来ると皆緊張しているのがわかります。スタッフが写真を撮らせてくださいと座っている丹波さんに頼みますと、隣に座っていた石井監督が、丹波さんの洋服を直します。丹波さん泰然自若としていてされるままです。監督のやることに間違いはないと任せています。丹波さんは、何か不思議な人です。

リトル・フランキーさんの名前を間違えて「リリーさん、リリーさん」と呼ぶと、スタッフが困ったようにカメラに向かって「リトルさんです。リトルさんです。」と訂正するのも可笑しいです。リリーさんのほうは、足先にマタタビを塗って猫を寄らせる場面で転んだらしく、アザができたと太腿をみせます。みたくありませんよ。真面目におやりなさいといいたくなるほど、ご本人は現場をひたすら楽しんでいます。

及川博光さんは、えっ!もういいのと拍子抜けしていましたが、及川博光さんの代役が女性との抱き合う場面の後ろ姿は撮っていて、代役はスッタフの男性で、その彼女がその場にいたらしく、石井監督はしきりに彼女に「ごねんね。」とあやまっていました。

映画についてなど一言もなく、新聞に深作欣二監督の『バトロワ』がPTAで問題になったという記事を紹介されて、「彼は論客だからね。いい宣伝になったんじゃない。」と言われます。

『石井輝男 FANCLUB』のファンになってしまいました。ですので『盲獣vs一寸法師』は見ていません。『石井輝男 FANCLUB』に比べるとつまらないような気がするのです。石井監督を見ている方が面白いです。生真面目な高倉健さんの二枚目半を引き出したのも石井輝男監督だと思いますし、都会的ギャングものも石井監督ならではのセンスだと思います。全員死ぬというのが残念です。最後に全員生きて都会のどこかを人知れず闊歩していたというのが一本くらいあってもよかったのにと思いますが。

監督・編集・矢口将樹/撮影・熊切和嘉

『盲獣vs一寸法師』は2000年撮影開始。2003年完成。2004年公開。石井輝男監督肺がんのため2005年急逝。『石井輝男 FANCLUB』公開は2006年。

立川連峰の映画『劔岳 点の記』を紹介しましたが、石井輝男監督が脚本を書いた松本清張さん原作の映画『黒い画集 ある遭難』も立山連峰の鹿島槍ヶ岳と五竜岳を舞台にしたサスペンスです。原作は読んでいないのですが、映画は理路整然と言った感じで進み次第にひとつひとつが明らかになっていく楽しさを味わわせてくれる作品です。

松本清張さんの『黒い画集短編集』の中から、三篇が映画化されています。『黒い画集 あるサラリーマンの証言』(1960年)、『黒い画集 ある遭難』(1961年)、『黒い画集 第二話寒流』(1961年)で、それぞれ松本清張ワールドが楽しめる作品に出来上がっています。松本清張さんの映画は古いほうがしっくりきます。

黒い画集 ある遭難』は、銀行に勤める江田昌利(伊藤久弥)、岩瀬秀雄(児島清)、和田孝(浦橋吾一)の三人が鹿島槍ヶ岳から五竜岳を目指すのですが、山小屋に泊った次の日雨と霧で道を間違えたようで、途中で江田は救援を頼みに一人おりるのです。和田よりも登山実績のある岩瀬は疲労がひどく、寒さもあり錯乱状態となり黒部渓谷の奈落へ転落死してしまいます。

岩瀬の姉・真佐子(香川京子)は、初心者の和田が助かって、経験豊富な弟が死んだことに納得がいかず、山登りをする従兄の槙田(土屋嘉男)に、江田ともう一度弟が登ったルートを体験し遭難現場へ行ってもらうことにします。

江田は三人で登るとき、夜行で疲れるので寝台まで取ってくれました。ところが、和田は夜中に起きている岩瀬の姿をみています。岩瀬はなぜ疲労がひどくなったのか。槙田は江田にどこで休憩し、どう進み、なぜ道を間違えたかを冷静に聴き検討し、疑問をなげかけます。江田も冷静に答え、江田の周到な計画であると思えるのですが、経験の薄い和田も同じように登っているのですから確信をつかめません。実際の雪山を体験しつつのこの映画も山岳ものとしては秀逸だとおもいます。

そして、岩瀬の疲労の原因がわかります。岩瀬は眠れなかったのです。寝台車でも、山小屋でも。なぜか。岩瀬と江田の妻とが不倫関係にあり、そのことを江田は岩瀬に耳打ちしたのです。江田は、岩瀬を眠らせず疲労させ自から錯乱状態に陥って死ぬようにしむけたのです。

そのことを槙田に告げると槙田を骨落させるが、自分も雪崩に巻き込まれてしまいます。

原作はありますが、映画でみせる筋道の立った脚本の展開で石井輝男さんのそれこそ、ある一面をみせてくれる脚本でした。

監督・杉江敏男/原作・松本清張/脚本・石井輝男/撮影・黒田徳三/音楽・神津善行