歌舞伎座 四月歌舞伎『絵本合法衢』

  • 絵本合法衢(えほんがっぽうがつじ) 立場の太平治』。「合法衢」が「合邦辻」と同じとは気がつかなかった。大阪で閻魔様にお会いできなかったのに、お江戸の歌舞伎座で大きな閻魔大王にお目見えでき有難いことである。さすが四世鶴屋南北、何のためらいもなく、次々と殺してくれる。数え間違いでなければ南北さん11人殺したことになる。左枝大学之助が6人殺し、立場の太平次が4人殺し、最後に左枝大学之助が殺されてしまうのである。左枝大学之助は仇として討たれるのである。実際にあった、合邦辻閻魔堂での仇討をもとにしている。

 

  • 左枝大学之助の配下に立場の太平次がいて、この二人は瓜二つで、悪にかけても同じで邪魔者は消せのやりかたで、この二役を演じられるのが仁左衛門さん。「立場(たてば)」というのは、旅人の休憩所で、宿場と宿場の間が遠かったり、峠越えなどのときに設けられた休憩所で<峠の茶屋>などもそうである。「間(あい)の宿」などもそうで、宿泊は許されていない。しかし、大井川の川留めなどのときは、旅人で膨れあがるので金谷宿と日坂宿の間にある間の宿・菊川宿は宿泊を許された。

 

  • 昼の部での『裏表先代萩』で菊五郎さんが演じられる下男・小助が着ていた襦袢が有松絞で、その血のついた袖が出てくるが、この有松絞の有松宿も間の宿である。江戸幕府の統制は細かいところまで規制していたのです。ところがそんな取り決めなどに従わないのが立場の太平次です。宿泊させています。殺しは当然夜でしょう。多数殺されますが、その人間関係を説明するのは難しいですが、観ていると難なくわかります。左枝大学之助は、近江国多賀家の分家の当主で本家乗っ取りを企んで、多賀家の宝をねらっている。

 

  • 大学之助が殺す1番目が中間の権平(「霊鬼の香炉」を盗んだことを知っている口封じ)。2番目が百姓の子供(気に入っていた鷹の羽を切った怒りからで、暴君そのもの)。3番目が多賀家家老・高橋瀬左衛門(「菅家の一軸」を手に入れるためのだまし討ち)。4番目がお亀(許嫁の与兵衛の仇と知っていて大学之助の懐に飛び込むが返り討ちとなり、与兵衛の夢に現れ告げる)。5番目が与兵衛(太平次に足を斬られ、合邦庵室で弥十郎に助けられるが大学之助に斬られ切腹)。6番目が太平次(太平次をかたずけた、との大学之助の台詞)。瀬左衛門、弥十郎、与兵衛は高橋家の三兄弟で与兵衛は養子にでている。次男の弥十郎と妻・皐月が敵討ちを果す。

 

  • 太平次が殺す1番目がおりよ(お亀と与兵衛の養母で、香炉を取り戻そうとして失敗し殺してしまう)。2番目がうんざりお松(太平次を好きで香炉を取り戻す手伝いをするが失敗し、邪魔になる)。3番目がお道(女房であるが、与兵衛を逃がしたため自分で手は下さないが仲間に殺させる)。4番目が孫七(高橋家の家来で悪巧みを知られたたためで、孫七は暗闇で誤って女房・お米を殺してしまうという悲劇あり)。太平次は大学之助のためと自分の欲のために殺しをするが、大学之助のそれを越えた悪によって殺されてしまう。多賀家の香炉と掛け軸の重宝を手に入れた大学之助は多賀家相続を申し出るため京に上るが、焔魔堂前で弥十郎夫婦に討たれるのである。

 

  • 殺しの凄惨さと同時に、手はずの失敗や、あちらもかたずけこちらもかたずけの慌てふためく太平次の可笑しさもある。それに対し大学之助の非情さは一貫している。太平次(仁左衛門)、弥十郎(彌十郎)、皐月(時蔵)、与兵衛(錦之助)、お亀(孝太郎)のだんまりもあって、これが、それぞれの役に合った動きで非常に綺麗な動きとなっていた。休憩の時、若いかたが「きれいだったなあ」といわれたのを聞いて、やはりそう思われたかと嬉しくなった。登場人物が多いが脇もしっかりと仁左衛門さんの悪の求心力を壊さない動きと台詞で面白くまわってくれた。

 

  • 裏表先代萩』も『絵本合法衢』も菊五郎さん、仁左衛門さんの二役ですが、舞台上での早変わりという派手さはなく、その人物像の違いを生身でみせるという熟練度での地味さでした。大南北さん、立作者となったのは50歳になってからだそうで、そこから75歳までの25年間で大きな活動をしたわけです。裏も表も知っていたからともいえるかな。お米も死んでしまうのだから南北さん、12人殺していることになる。

 

  • 絵本合法衢』のラストが面白い。京に上る大学之助の行列に弥十郎夫婦が駆けつける。駕籠めがけて斬りつけるが大学之助は乗っていなかった。悲嘆し自害する弥十郎夫婦。不敵な笑いを浮かべた大学之助が閻魔大王像の後ろから出てくる。この最後の舞台装置をみたとき、閻魔像の大きさに笑えたが、こういう大学之助の出があるのかと納得した。閻魔様の前で嘘をつてはいけませんよ。弥十郎夫婦の自害は見せかけだったのです。やります。これくらいでなくては、悪の権化大学之助を討つことはできません。そして、締めは、役者さんが並んで、「こんにちは、これにて」と終わるのです。これが許されるのが歌舞伎です。悪を美しくみせ、ふてぶてしさを笑いにかえる。そして、役からおりた役者さんまでみせる。かぶいてます。

 

  • 高橋瀬左衛門( 彌十郎)、おりよ(萬次郎)、うんざりお松(時蔵)、お道(吉弥)、孫七(坂東亀蔵)、お米(梅丸)