映画『12人の怒れる男』『12人の優しい日本人』(1)

  • 映画『フィラデルフイア』でトム・ハンクスが弁護士のデンゼル・ワシントンに聴かせるオペラが『アンドレア・シェニア』の中のマッダレーナのアリア「亡くなった母を」である。歌うのは、マッダレーナ役のマリア・カラスで、それを聴きながら説明するトム・ハンクスと耳を傾けるデンゼル・ワシントンの二人の顔に暖炉の火の灯りが照らしたり消えたりするのが効果的な見せ所の場面であるが、その名場面は置いておく。

 

  • この映画は法廷映画でもあり法廷の場がこれまた見せ場である。弁護士・ジョー(デンゼル・ワシントン)はよく理解できないことに関しては、私が6歳の子だと思って説明をという。弁護士・アンドリュー(トム・ハンクス)の訴訟に関しての話しには、2歳の子だと思って説明をという。いよいよ陪審員が集まり評決を話し合う時、一人の陪審員がいう。「雇い主はアンディを並みの弁護士だというが、その彼に大切な顧客の重要な訴訟をまかせた。彼の実力をみるためだと。敵地に3億5千万ドルのジェット機を飛ばすとする。操縦士をだれにするか。実力をみたいからといって青二才をつかうか。経験豊かな操縦士にするか。そこが不思議だ。6歳の子だと思って説明してくれ。」

 

  • その陪審員の言葉で映画『12人の怒れる男』を思い出し見返したくなった。そしてこの際だから『12人の優しい日本人』も見ようと。ところが『12人の怒れる男』が二回映画でリメイクされていた。ということはその二本も観なければ。

 

  • 12人の怒れる男』(1957年・シドニー・ルメット監督)は、陪審員の評決の様子を描いた映画である。簡単に「有罪」の結論がでる事件のようである。ところが一人だけ「無罪」という。11対1である。無罪といった男性(陪審員第8番・ヘンリー・フォンダ)も無罪というこれといった確証はない。被告は18歳の少年で有罪となれば死刑である。陪審員8番はもっと話し合おうと提案する。

 

  • そこから被告の18歳の少年の犯行が明らかになっていく。そして生い立ちも。スラムに生まれ、9歳で母と死別。父が服役中は1年半施設に預けられ、その後も父のDVの中で育った。その少年が父親を殺したとして裁かれようとしていた。目撃者も二人いる。討議していくうちに無罪とする陪審員が1人増え、2人増え、無罪が12人全員となるのである。その間、スラムに住む者への強い偏見を持つ人、自分と息子の関係からそれを被告の少年と重ねる人、早く終わらせて野球観戦に行きたい人などの人間性も明らかになっていく。

 

  • 最初にこの映画を観た時の強い印象は忘れられない。こんなことが起りえるであろうかと。無罪を主張する人が1人から次第に数が増えていく。話し合っているうちに目撃者の証言の真偽が問われていく。そして1人よりも2人、2人よりも3人のほうが視る観点の違いと同意がはっきりしてくるのである。わくわくして観た記憶があるが、見返したら内容も知っているためかサスペンス的なわくわく感は薄れていた。そして登場人物のこの人の人間性はもう少し強くなければなどと思っていたりした。ここで話し合わなければ一人の少年の命が短時間で決められてしまったわけでその怖さは今回のほうが強かった。

 

  • 12人の優しい日本人』(1991年・中原俊監督)は、『12人の怒れる男』をもじっての題名とも思えるが、日本にはない陪審員制度(日本は裁判員制度)を想定して三谷幸喜さんが主宰劇団・東京サンシャインボーイズのために書かれた戯曲を映画化したものである。映画『12人の怒れる男』の日本版パロディとしても楽しめる。陪審員が飲物の注文ができるという予想外の行動から始まるのである。それとか、無記名投票で決をとると13票であるという奇怪なこともある。そのあとの投票用に有罪、無罪と書き、丸をするという用紙を作っておくという人も現れる。人物描写が細かいのである。

 

  • 始めは全員が無罪とするのであるが、そのあとで一人有罪と主張する人が現れる。『12人の怒れる男』と逆パターンである。陪審員8番ではなく陪審員2号である。このあたりから別の設定の映画として切り替えて観始めた。被告は美人の5歳の息子がある離婚歴のある女性である。元夫に呼び出されて会うが話がもつれ彼女は逃げる。追ってきた夫と人気のないバイパスでもみ合いとなり、元夫はトラックに引かれて死んでしまうのである。元夫を突き飛ばしたかどうかが重要な点である。次第に有罪が増えていく。ところが今度は無罪を主張する人が一人いて、話し合いは続く。無罪が増えていく。

 

  • 『12人の怒れる男』では証拠品のナイフがあったがこちらはない。そのかわりピザの配達を頼むのである。食べるためではない。ピザの大きさを知るためである。その展開が可笑しい。被告と元夫が会った居酒屋のチェーン店のメニューなどもでてきて日本の日常性や生活感がにじみでてくるのが笑えるところである。有罪を主張した陪審員2号の他は無罪と決める。なぜ陪審員2号が有罪を主張したのかそのことが最後に明らかになる。無罪と決まり陪審員が帰るとき、直接評決には関係ないが、少し重要なことも明らかとなる。有罪から無罪に変わるとき活躍した陪審員11号のこともその一つである。

 

  • 12人の怒れる男』の社会問題上の根深い偏見を主題にしているのと比べると『12人の優しい日本人』は弱い感じもする。しかし、陪審員制度が日本人に適用されたら長い物には巻かれろ式で人を裁いてはいけませんよと話し合いへの警告も含んでいるのかもしれない。そこが無罪→有罪→無罪としつこく展開させているところかも。可笑しさを増してくれるが重要なところでもある。

 

  • 出演・陪審員1号から/塩見三省、相島一之、上田耕一、二瓶鮫一、中村まり子、大河内浩、梶原善、山下容莉枝、村松克己、林美智子、豊川悦司、加藤善博/守衛・久保晶、ピザ屋の配達員・近藤芳正