国立劇場12月歌舞伎 『鬼一法眼三略巻』 (2)

【檜垣】周囲の思惑や重盛のいさめもあり、清盛は常盤御前を一條大蔵卿長成に嫁す。清盛の愛妾を、はいはいと受ける一條大蔵卿を皆笑い者にしているが、大蔵卿は毎日、舞にうつつを抜かす〈阿呆〉なのである。
鬼一の弟・鬼次郎(梅玉)は 、常盤御前の本心が知りたく様子を探る為、妻・お京(中村東蔵)を女芸者の狂言師として大蔵卿に仕えさせる。この場は 大蔵卿の出が見所である。どう呆けて出るのか。吉右衛門さんの出は、公家の呆けであった。柔軟で軽い。フワフワと世の中を楽しんでいる。自分の境遇など考えてもいない。平家も源氏も関係なし。今まで演られた大蔵卿で最高の出来と感じた。

宮廷装束の文化を守り伝承している衣装道大倉流の装束劇で「光源氏の加冠」の儀式をDVDで見たが、平安時代の公家は儀式が多かっただけにあの衣装を着こなし優雅な動きをしていた。その公家が呆けても動きはゆったりと優雅でなくてはいけない。その想像に今回はぴったりであった。

誰にも悟らせない、作り阿呆である。その大蔵卿のそば近く仕える鳴瀬(市川高麗蔵)が 、周りの者達をしっかり裁きキリッとしていて良い。主人の作り阿呆を知っていて、悟られないように気を配っているのかもしれないなと思わせる謎がいい。

いいだけ楽しい呆けを見せて花道へ。大蔵卿はそこで鬼次郎に気付くがそこでも正気を見せずに檜扇を開いて顔を隠す、この形もよく考えられていると思う。

この場の茶屋の主人が、鳥羽院が押し込められたと噂し、きちんと時代背景も台詞の中に出てくる。

【奥殿】常盤御前(中村魁春)の本心は、平家討伐であった。夜中まで楊弓に興じていて業を煮やしていた鬼次郎夫婦に明かされたのは、牛若丸の牛に因んで丑の刻に清盛の絵姿を的の下に隠し射ていたのである。それを密告しようとする鳴瀬の夫を大蔵卿は殺し自分の作り阿呆を明かす。この辺りも正気と阿呆の演じ分けが見所である。また、魁春さんの常盤も数奇な運命をたどっていながら気丈に平家打倒の強固な意志を秘めていた。

大蔵卿は鬼次郎に<小松>になぞかけた歌を送る。重盛がいては駄目だ。小松の枯れるのを待たなくては。ここも今回台詞でわかった。「平家物語」を読んでいなければ<小松>は<重盛>と気が付かなかった。

一條大蔵卿の周到さも、その頃の清盛の力の凄さが判ると納得である。再び大蔵卿は作り阿呆に戻るが、観客は笑いつつ共犯者にされているわけである。これは現代劇にも通ずるドラマ展開である。

常盤御前と牛若丸。やはり義経がその中心に一本の線を成している。全部通しでやはり見てみたいものである。

種之助さんの腰元白菊と隼人さんの頼兼は判ったが、米吉さんの弥生が吉右衛門さんの阿呆に気をとられよく見ていなかった。残念。