国立劇場 12月文楽公演 (1)

『刈萱桑門筑紫いえづと(かるかやどうしんつくしのいえづと)』                                              【守宮酒(いもりざけ)の段】

<守宮酒>というのは、つがいのイモリを浸した酒で、これを飲むと心寄せる人間が自分のほうへ心が傾くという媚薬である。

筑紫国の城主・加藤繁氏(刈萱道心)は世を儚んで出家してしまい、幼い石童丸が跡継ぎとなる。そこへ、豊前国の領主・大内之助義弘が加藤家の家宝<夜明珠(やめいしゅ)>をさし出せと命じる。加藤家は、この珠(たま)は二十歳を過ぎた穢れのなき娘がもたなければ光を失うと伝え、義弘の家臣の娘ゆうしが使者として受け取りに来る。

人形ゆうしの衣装、紅白梅の飾りを付けた被りもの、出で立ちが美しい。ゆうしは伊勢神宮に仕える娘で、操を守るため髪に白羽の矢を挿している。人形の衣装の着付けは、その人形を遣う人が整える。そのため少しゆったりと着付けたり、引きつめて着付けたりする事によって人形の雰囲気も変わるのであるがそこまで見極めるのは至難の業であろう。

ゆうしは自分の任務を果たすべく気を引き締めて来たのであるが、この<守宮酒>を飲まされ、加藤家の執権・監物(けんもつ)の美男の弟・女之助と結ばれてしまう。その事を盾に取り、偽物の<夜明珠>を見せ、ゆうしの不浄により珠が光を失ってしまったと説明する。  ゆうしは自分を恥じて髪に挿していた白羽の矢で喉をつく。うまい道具立てである。

ここでゆうしの乱れ姿が一層悲しみをおびた色香となり、半身の白い衣装の袖がゆらゆらゆれる。人形だけに透明感のある美しさである。人形は時として生身の人間では表現できない艶かしさを見せてくれる。ゆうしは自分の父に向かい契ったからには女之助は夫であると主張し息絶える。

ゆうしの父は図られた事を悟るが娘の死を無にせぬため、珠を切り〈この珠こそ娘の敵である。あとでその珠偽物などというなよ。本物があるなら石童丸と御台に持たせて立ち去れ〉と言い残す。その夜、石童丸御台は加藤繁氏のいる高野山に向かうのである。

物凄い展開である。お家騒動があり、そこには常に宝物がでてくる。そして誰かが死に追いやられ親子の情、家臣の情、男女の情などがかたられる。この展開は作者の腕の見せ所であり、その見せ所を語りと三味線と人形が見物客に伝えられるかどうかの闘いなのである。

その闘いの中に見物客の心地よい居場所があるかどうかそこに懸かっている。

展開がよく解かったので客としては、もう一度見て噛み締めたいところである。