映画 『仲代達矢「役者」 を生きる』

役者・仲代達矢さんのドキュメントである。このチラシを見た時、また本を出されたのかなと思い、裏に返して見た。「役者 仲代達矢が渾身の舞台「授業」を演じきるまでを、完全ドキュメント」とある。あの舞台『授業』に臨む仲代さんの姿が見れるのである。嬉しいことに、初日は、仲代達矢さんとこの映画の監督・稲塚秀孝さんとのトークショーありである。

仲代さんのイヨネスコの不条理劇『授業』の舞台は、2013年2月、3月の2か月間、仲代劇堂(東京公演)で公演されたものである。  無名塾 秘演 『授業』

仲代さんは30歳の時、映画「切腹」でカンヌ映画祭に参加された。帰りに仲代夫人である宮崎恭子さんとパリの小さな劇場で『授業』を観られ、何時かは演じたいと思われての50年後の実現である。

台詞は全部手書きで台本から紙に書き写し張りだす。そのほうが、身体に入っていくような気がするのだという。稽古に3か月。稲塚監督は誇張されることなく仲代さんの言葉と記録映像で静に穏やかに映し出し、観る側にその感じ方を任せる。先ず覚える台詞の多さに、役者になりたいと自分が思わなくて良かったと思う。しかし、80歳であれだけの挑戦をされるのであるから、観ているほうも刺激は充分に頂戴する。可笑しいのは、『授業』の舞台に出る前に仲代さんが作られた<授業のうた>を、山本雅子さん、西山知佐さん、仲代さんの三人で歌うのである。セリフを間違えても許してとイヨネスコさんにお願いしたりする。楽しくもあり切実でもある。

<無名塾>の次世代への橋渡しとして、舞台『ロミオとジュリエット』では脇に回られた。次世代への受け渡しかたは、まだ模索の段階であるようだ。トークショーで稲塚監督が、『授業』から『ロミオとジュリエット』の神父役で、次に一人芝居の『バリモア』ということは、まだまだ挑戦は続くようでと言われた。仲代さんも、やりたいことは30くらいあると。

『授業』は、お客様に解ってもらえなくてもよい、自分が演りたいから道楽と思ってやったが、楽ではなかったと言われた。仲代さんの話しは、難しそうな事を話されそうに見受けられるが、簡潔である。映画『椿三十郎』の時の三船敏郎さんとの対決の場面も相手がどう出るか教えられず、まっすぐ刀を上に抜く居合いの練習をさせられ本番で初めて三船さんの動きが解かり、血が噴出して後ろに倒れそうになり、ここで倒れてなるものかと思って踏みとどまってオッケーがでた。踏みとどまることまで黒澤さんは読んでいたんですから凄いですと。思うに、その一瞬で踏みとどまると判断するというのが、仲代さんの役者としての天性であろう。仲代さんは役者は技だという。

<無名塾>の若い役者さんは、仲代さんと話す時緊張するが、舞台では役になりきるので一緒の舞台に立って居る時は楽しいと言われていた。2012年の『Hobsonts・Choice~ホブソンの婿選び~』では、頑固親父の仲代さんが、娘たちの反乱に会い力関係が逆転し、娘たちに従う形となる。三人の娘さん役の役者さんは師匠を舞台で大いにやり込め、仲代さんもやり込められるのを楽しんでいるようであった。それは、やり込めるだけ役者として成長してくれたということでもある。

再演はあまりしないが、『バリモア』は再演されるそうである。そして、2月には、白石加代子さんと益岡徹さんと初めてのリーディング『死の舞踏』、来年3月には無名塾公演『おれたちは天使じゃない』と続いている。

映画の中では、長いセリフを言い続けることにより持病の喘息のため、吸うを息を調整しないとヒューという音がお客さんに聞こえてしまうと言われていた。芝居を解かりやすくしようとして芝居を駄目にしているという演劇事情の危惧もあり、仲代さんならではの試みの『授業』であったようだが、それを<道楽>というところが仲代流ともいえる。

編集も全て稲塚監督に任されたそうである。外部のかたが仲代さんについて語るということは入れず、仲代さんの今を記録された映画で、舞台に向き合う一人の役者と<無名塾>という家族の今を伝えるドキュメントに徹していて『仲代達矢「役者」を生きる』そのものである。