岡本喜八監督映画特集

渋谷の映画館「ユーロスペース」で、ドキュメンタリー映画 映画 『仲代達矢「役者」 を生きる』 を上映しているが、その上の映画館「シネマヴェーラ渋谷」では <岡本喜八監督特集>をやっている。

仲代さんの映画を立て続けに観た4本が、『切腹』『上意討ち 拝領妻始末記』『殺人狂時代』『野獣死すべし』で、『殺人狂時代』は喜劇とあり、岡本監督作品なので選んだのである。喜劇だけあって仲代さん演じる冴えない大学講師が、命を狙われるのであるが、頓馬な偶然が重なって命拾いをしそのうち、頭の冴えが働き悪漢をやつけてしまうというお話である。悪漢の大将が天野英世さんとくれば、多少想像がつくと思う。行動を共にする女性が陽性のお色気の団令子さんである。岡本監督らしく、ドカーン、ドカーンの爆発もある。

今のところ仲代さんの映画の喜劇としては、『殺人狂時代』も悪くはないが、つかこうへいさんの映画『熱海殺人事件』の二階堂伝兵衛が一番と思っている。この『殺人狂時代』は、現実問題として上映当時映画よりももっと悲喜劇のことがあったのである。仲代さんはニックネームを<モヤ>と呼ばれ、恭子夫人がモヤーとボンヤリしていることから命名したのであるが、仲代さんの地に近い役でと考えられたらしい。ところが、会社からお蔵入りを宣言され、その後上映したところ、東宝始まって以来の不入りで、仲代さんは東宝の人達から挨拶もしてもらえなかっとか。岡本監督は、<オクラ>は映画監督の恥と教わっていたので、そのことがあってゴルフと酒の日々。

『殺人狂時代』より3年前くらいに映された『江分利満氏の優雅な生活』も、会社の上層部は悪い意味でのびっくり仰天だったらしい。この映画を観て、私は、岡本監督の面白さに開眼したのである。原作が山口瞳さんで、自画像的なところもあるが、サラリーマンもの映画をこんな面白さで描く監督がいたのだ、それも、ドカーン、ドカーンのイメージの岡本監督なのであるから、良い意味でびっくり仰天の拍手であった。

ところが、これは観ていないがその後の『ああ爆弾』これがまたまた会社の上層部を刺激して、ついに『殺人狂時代』は<オクラ>となったのである。笑いごとではないが、その話しを読んで笑ってしまった。岡本監督は、何か面白いことはないかと、常に捜しまわって映画にはめ込んでいる感じである。その試写を観て、のけ反って驚いた上層部の姿が映画の一コマになりそうである。

さらに『江分利満氏の優雅な生活』は川島雄三監督の企画で、客として観るのを岡本監督も楽しみにされていたら川島監督は亡くなられてしまい、岡本監督が撮ることとなる。そいう経過があったことを知って、来るべきところに来たんだと納得である。岡本監督に撮ってもらって良かった。あの映画には、川島監督も二ヤリっとされたと思う。

岡本監督映画の音楽担当が佐藤勝さんが多い。これがまたいいのである。なんでここでというような歌謡曲が流れたり、壺を外しているようで外していないような、面白さがある。『ジャズ大名』は原作が筒井康隆さんで、音楽が筒井康隆さんと山下洋輔さんであるから、江戸時代でもジャズがよく似合う。

『野獣死すべし』は、大藪春彦さんのデビュー作の映画化で、監督・須川栄三さん、脚本・白坂衣志夫さん、音楽・黛敏郎さんである。日本映画での初めてのハードボイルド映画と言われている。主人公の仲代さんのニヒルで強靭で冷徹さは、『殺人狂時代』の主人公よりもシャープで歌舞伎でいえば色悪である。若い刑事の小泉博さんが、警察の捜査線上に無い新しいタイプの犯罪者であるとして、仲代さんと対決していくところも面白い。それでいながら、主人公はいつも妖しげな笑いである。

大藪春彦さんの原作『血の罠』から映画『暗黒街の対決』を岡本監督は、三船敏郎さんと鶴田浩二さんで撮られている。脚本・関沢新一さん、音楽・佐藤勝さんであるが、この映画はまだ観ていない。

岡本監督は『殺人狂時代』は、ハードボイルドなんだかそうじゃないのか最後までわからない状態の映画としたらしい。それは、『野獣死すべし』を観てこちらのほうがすっきりしている、あれは(『殺人狂時代』)は何だったのだと思ったので、監督の意図は通じたことになるのか。原作が都筑道夫さんの『飢えた遺産(なめくじに聞いてみろ)』とある。塩をまかれて消えかかったなめくじも、時間を経過して映画館を埋め尽くす日もくるのである。