無名塾『ソルネス』

録画1995年上演の無名塾舞台『ソルネス』のテレビ録画があった。無名塾20周年記念公演でイプセン原作である。どうも気が乗らずかなりの放置である。仲代さんのドキュメント映画を観て、『ソルネス』を観たくなった。面白い。

ソルネス(仲代達矢)は、建築家として社会的地位を築き名声もて得ている。建築家といっても独学のため、棟梁と呼ばれるに相応しい。成功までには、人を踏みつけ踏み倒してもきている。自分の進むべき人生に疑いは持っていないが、若い才能ある人には脅威も感じている。そんな時、十年前にソルネスに会ったという女性が現れる。その女性ヒルデ(若村真由美)は自分が少女時代に見たソルネスは凄く恰好良かったという。

ヒルデ(若村麻由美)は、天使なのか。小悪魔なのか。観客にはどちらとも取れる。しかし、ソルネスの最後の花道へと導く彼女は天使である。ソルネスは十年前の彼女の憧れたソルネスに返り、彼女はソルネス本来の姿に戻したのである。

観終って、ヒルデは隆巴(宮崎恭子)さんだと思った。1995年の『ソルネス』は、隆巴さんの最期の演出作品である。仲代恭子さんは亡くなられてからも、天使として現れておられるように思われる。時には、宮崎恭子さんとして、あるいは、隆巴さんとして、仲代逹也さんの役者道を照らされている。<無名塾>という場所は、役者は死ぬまで修業が続くのだから、そのためにはプロとなった卒業生も、時には塾に帰ってきて芝居の勉強をし直おせる場所としての意味もある<無名>塾である。

『ソルネス』は、仲代さんが俳優座を退団されて<無名塾>で初めて飛ばれた演目でもある。ソルネスは、飛び立つ原点にもどるのである。そこからまた出発するのである。それは、亡くなられた隆巴さんが演出する、<役者・仲代達矢>でもある。隆巴さんの、力はそれほど大きなものである。時々、天使となって現れ、飛ぶ位置までもどされる。舞台『授業』もその一つだったように思われる。80歳になられて、なぜ苦しい<道楽>に挑まれるのか。それは、お二人が演じたいと思ったときの羽ばたきの実現である。そう思わせる『ソルネス』であった。

イプセンは、仲代さんにとって縁のある戯曲作家で、イプセンの『幽霊』オスワル役で俳優座の新人は注目される。『幽霊』は『人形の家』のノラが家に残ったらどうなっていたかということでイプセンが書いたらしい。仲代さんは、その婦人の息子役で、破滅的人生を送る。その青年の屈折感が話題となったようである。

2010年には『ジョン・ガブリエルと呼ばれた男』でガブリエルを演じ、米倉斉加年さん、大空真弓さん、十朱幸代さんと共演されている。ガブリエルは、周囲を不幸に落としつつ自分も勝負に負けても夢を追い続ける男である。

イプセンは通じ合えない人間関係を描く作家なのであろうか。物事を上手く収めようとはしない。どちらかが欲がでればそれはそうなることである。それが、それぞれの夢となればなおさらである。そしてそこで犠牲となった人物との確執が生ずるのである。それに対して、ヒルデは、自分の建てたい塔を建て、そこに花輪をかけてというのである。10年前格好良かったように。花輪をかけれるかどうかはその人の力である。ヒルデは、そこに行くまでの荒涼とした気持ちに、燃え滾る炎を灯すのである。

『ソルネス』(大西多摩恵、内田勝康、赤羽秀之、中山研、秋野悠美)

友人と神楽坂から早稲田まで散歩を付き合わせ、『人形の家』のノラを演じた新劇女優松井須磨子さんのお墓を、多聞院で見つけることができた。本堂前には須磨子さんを悼んで建てられた「芸術比翼塚」もあった。

『ジョン・ガブリエルと呼ばれた男』は、森鴎外さん訳で『ジョン・ガブリエル・ボルクマン』として、小山内薫さんと二代目市川左團次さん等が押し進めた革新的演劇運動の自由劇場の第1回目の公演で、ガブリエルは左團次さんが演じられている。

録画のまま、奥に潜んでいる新劇の映像を少しづつ観なくては。と言いつつ、仲代さんの映画のDVDを4本観てしまった。

 

 

 

o