映画『ゴスフォード・パーク』『相続人』

ロバート・アルトマン監督のミステリーものです。

ゴスフォード・パーク』はミステリーですが、イギリスの貴族社会の主人と使用人の違いを見事にえがいています。時代は1932年の設定で、かつて執事であったり、メイドであったり、料理人であったりした経験者を現場にいてもらって役者さんと自由に会話してもらい、役者さんは実際に質問して役作りに励んだわけです。経験者のかたは80歳になられていて、実際の話しを聞くギリギリの線だったわけです。

アルトマン監督は自由に演技させてくれたという役者さんが多いですが、これがアルトマンマジックでもあり、役づくりのできる役者さんを選んでいるところもあります。経験者から話を聞いてもそれが役に反映できるかどうかは役者さんの力です。

たとえば、貴族の会食場面では、役になりきって自由に会話してくださいといい、勝手にカメラがとらえますからと伝えます。それって、貴族の振る舞い方を身につけどんな話題の話しをしていいのかなど咄嗟に出て来なければできないことです。そういう自由さは、高度な経験と演技力が要求されます。さらに、この人はこういう事情のある人という人物像があるのですから、その人物像も作っていかなければならないのです。

群像劇なので、ずーっと一人の人を追いかけるわけでありませんから、ほんの少しの出に人物像を出していかなければならないのです。観る側も、登場人物の配置図鑑をつくりあげていかなければならないので、頭の体操です。

最初から混乱しました。雨が降っていてお屋敷の前に車がとまっています。急いで若い女性と運転手が車の幌を設置します。後席に婦人が乗り車は出発します。途中で後席の婦人がポットの蓋を開けてくれるように指図します。後席と運転席はガラスで仕切られています。運転席に乗っている若い女性は車からおりて半周して後席の婦人のドアを開けそこで立ったままポットの蓋をあけ婦人が呑むまで待っています。雨にぬれたまま。傘など使いません。傘などないのです。

この若い女性は、婦人の付き人だったのです。この車は、ゴスフォード・パークと呼ばれる貴族の田舎にある大きな邸宅に招待されて向かっている途中だったのです。

この車がゴスフォード・パークに到着します。婦人は表玄関から入ります。付き人は、主人を見送り、違う入口からはいります。そこには、この邸宅の女中頭がいて、部屋を教えられます。次々と他の招待客の付き人が到着します。邸宅の使用人と招待客の使用人の寝泊りするところは、階下です。上階が貴族たちの生活の場。階下が使用人の仕事場と寝泊りの場なのです。

執事や付き人やメイドなどは、上での仕事もありますが、料理人などはご主人の顔などみることなどめったにないという次第です。映画では、この邸宅の奥方が下に降りてきますが、実際にはあまり無い光景です。

階下の夕食は、階上が飲物を楽しんでいる合間に30分でといってはじまりますが、席の順番がきまっていて、それは仕えるご主人の身分によって決まるのです。

アルトマン監督は階上は、ある屋敷でロケをして、階下は当時の状態を忠実にセットにして撮影していますので、階下の動きが当時のままわかるというのも、この映画の見どころです。階下に入って来る光、靴磨きの部屋、そして装飾品や銀食器を磨くために使われるための毒薬が身近なところにあり映しだされます。

ゴスフォード・パークの主人が殺されるのは、庖丁です。書斎に入る殺人者の足が映し出され、随分簡単に主人に気がつかれずに殺せたなとおもいました。そう、簡単すぎるのです。ということは、何かがあるのでは。そう簡単にアルトマン監督は得心させません。

最初に気をひいた若い付き人が、映画上ではこの事件の探偵役にもなります。彼女は階上にも階下にもいける立場で、彼女のご主人は階下の噂話を聞くのが好きで、階下のひとは階上の噂話が好きなのです。

招待客の中に、映画製作者がいて、今どんな映画を作っているかと聞かれると『チャーリー・チャンのロンドンの冒険』と答えます。これは、実際にあった映画で、さらに実在した俳優のアイヴァー・ノヴェロも登場します。貴族は映画は観ません。ノヴェロがピアノの弾き語りで歌うと、階上の人々は気のない拍手をしますが、階下の人々は階段の途中やドアの後ろで聴き入ります。

階上の人数が14人。わけありの付き人がいて、途中から15人となります。それだけの人数の関係、さらに、階下の主要な人物が10人ほどいますから画面にくぎづけです。窓の外とか、集まった人々の間をとおり抜ける人も気になります。油断がならないんですアルトマン監督は。室内で話す人物を撮りつつ窓の外にも人物を動かすのです。

アガサ・クリスティーの原作を使おうとしましたが、面白いのは全て映画化されていたので新たな脚本としています。アガサ・クリスティー調で、印象深い映画『日の名残り』よりもリアルさがあり、アルトマン監督ならではの群像劇です。

朝食がバイキング形式で、もちろんベッドでの部屋食の人もありますが、バイキング形式はこんなところから派生したのであろうかと一つ一つが面白く、さらにミステリーなのですからこれは楽しみどころがいっぱいです。二回見ても飽きないとおもいます。

相続人』のほうは、ジョン・グリシャムが映画用に書きおろしたものでハラハラドキドキ感たっぷりです。ただこれは、犯人がわかってしまうともう一度観たいとは思いません。この辺が『ゴストフォード・パーク』とはミステリーでも違うところです。ケネス・ブレナーをはじめ役者ぞろいですから、演技的にも惹きつけてはくれます。ロバート・デュバルの謎めいた演技も困惑を起こしますし、ケネス・ブレナーがまんまとはまってしまうという役どころもいいです。

アルトマン監督は親子関係や家族ということも挿入させ、映画のなかでは小さな子どもを重要な位置づけとして登場させたりもします。

ジョン・クリシャム原作の映画『ザ・ファーム法律事務所』『依頼人』『評決のとき』『レインメーカー』『ペリカン文書』などは、時間もたったので見返してもいいかなとおもいますので『相続人』なども時間がたてば見返したくなるのでしょう。

『相続人』についてはサクッと触れるだけにします。ミステリーでも、二作品を全然違うタイプの映画として作り上げているのがアルトマン監督の魅力的なところです。

アルトマン監督、ビンセント・ヴァン・ゴッホの映画も撮っていました。

目指せ!上野でしょうか。目指しました。上野は今、ゴッホだけではありません。スイマセン。世界遺産は素通りでした。