国立劇場 『仮名手本忠臣蔵』第二部(1)

主君の刃傷ざたの時、個人の感情を優先させその場に居なかった勘平とおかるは、おかるの実家へ向かっています。『道行旅路の花婿』で『落人』とも言われます。

歌舞伎を観始めたころ、通しではない『落人』を観まして、勘平が勘九郎時代の勘三郎さんです。観た後で先輩に「あれは何んですか。場面が明るいのに勘九郎さんがずーっと沈んでいて動きも少ないのは。」と聴いた覚えがあります。二人のそれまでの状況を説明されてなるほどそういうことかと納得した覚えがあります。

<花婿>とは勘平さんのことです。勘平の錦之助さんとおかるの菊之助さんが花道からの登場です。若い二人の旅人の艶やかさが漂います。富士に菜の花と桜の木と晴やかな本舞台に移りますがまだ夜です。

場所は東海道の戸塚です。人を忍んで夜歩いてきたので、このあたりで休みましょうということですが、立ち止まってみると勘平は自分の過ちには死しかないと思います。おかるは勘平が死ねば自分も後を追います。そうなると心中となってもっと世のそしりとなりますよ。とにかくここは私の実家へまいりましょうと説得します。

菊之助さんは振りを丁寧に扱われ、おかるの微妙な心を現しつつ勘平の気持ちを引き立てようと努めます。錦之助さんは武士としての償いを考えると死しかないとじっーと考えています。おかるに止められますが、迷いは心を離れず沈む心のままおかるに従うことにします。

大事のあった中での押さえられぬ若い恋仲のふたりに死の影がゆらゆらする心情のあやうさを錦之助さんと菊之助さんは、美しく芯はとどめて表現してくれました。おかるの大きな矢絣の着物が映え、勘平の黒が押さえます。

そこへ現れるのが、おかるに横恋慕の鷺坂伴内。花四天を従えています。鷺坂伴内の着物が八百屋お七や弁天小僧菊之助の襦袢と同じあの派手な紅と浅葱の麻の葉のななめ模様です。おかるへの恋心とひょうきんさをあらわしているのでしょうか。

亀三郎さんの伴内、殿中での様子を勘平の気持ちを逆なでするようないやみな語りで、おかるを渡せといいます。勘平は鬱憤を晴らすように花四天との立ち廻りですが所作なのであくまで優雅に動きます。鷺坂伴内は歯が立たないと自分で定式幕を締めて退散です。

明け方の花道のおかる、勘平。先に何が待ち受けているのか不安いっぱいの道行ですが、この時点では勘平はおかると夫婦の気持ちになっています。

五段目

ここからは、菊五郎さんの勘平です。猟師となっていている勘平が雨の山﨑街道で火縄の火を消してしまい旅人に火をかりますが、それが朋輩の千崎弥五郎の権十郎さんで息があった場面でした。勘平が御用金を用立てするので由良之助にとりなして欲しいという気持ちが通じるところで、短いがこの出会いの場は、罪ある身の勘平にとって力の湧く場面でもあり、悲劇へとつながる場面でもあるのです。このあたりから、勘平の想いと外からの動きとが大きく狂いはじめます。

おかるは勘平を武士に戻したいとの願いから自分は遊女になる決心をします。そのためおかるの父・与市兵衛(菊市郎)は祇園の一文字屋と交渉し半金の五十両を受け取りの帰り道、雨のため高く積まれた稲架けの前で休みます。稲架けの奥から手が伸び、お金を取られ殺されてしまいます。

親の九大夫にも勘当されている定九郎の出です。江戸時代に役者中村仲蔵が工夫したという場面で、短いですが観客の視線が一点に集中する熱い瞬間です。

松緑さんあぶれ者の非情さを静かに音に乗りつつしどころを決めていきます。表情は押さえられ、足に破れ傘を感じとり、さっと開いて形をきめ花道を行こうとすると猪が向かってくるので再び稲叢に隠れ、静まったので出たところで鉄砲に撃たれ倒れてしまいす。

勘平が撃ったのです。勘平は猪を仕留めたと思って居ます。ここからの勘平の動きが体に染み込んでいる菊五郎さんの芸です。一つ一つの動きが闇のなかで確認しつつながれます。長い時間をかけて洗練されてきた動きなので、黒御簾からの音やツケ打ちがここぞとばかりに動きに合わせて入るのが堪能できました。音と役者さんの動きの良さの一体感がこういうことなのだとあらたな想いでした。

勘平は、自分が撃った人の懐のお金に気がつきます。千崎弥五郎との約束もありお金を手にしてその場を立ち去ります。勘平は自分が撃ち殺したのを定九郎だということも、手にしたお金が舅・与市兵衛から盗まれたお金ということも知りません。

勘平の死という長い芝居の山場まで先がながいのに力が入り、眼が離せませんでした。