『満映とわたし』に登場する映画『会議は踊る』(1)

  • 満映とわたし』には岸富美子さんやその家族が係った映画のことが出てくる。新たな見る視点をもらった。映画『会議は踊る』は、音楽が好きで録音関係の担当になった兄・福島威(五男)が自分も歌い、富美子さんにも教えてくれた主題歌である。威(たけし)さんがドイツ語をカタカナで覚えて教えてくれたのである。このことが後に会うドイツ人の女性編集者・アリスさんと富美子さんとの交流に役立つこととなる。

 

  • 映画『会議は踊る』は、オペレッタ映画の最高峰と言われ、当時の映画人やその後の映画人たちも注目している。大ヒットしたのが主題歌の『ただ一度だけ』で、ウイーンの手袋屋の売り子がひょんなことからロシア皇帝に見染められ酒場で逢瀬を愉しむ。皇帝からの迎えの馬車が来てお城に向かうまでのシーンがワンカットの移動撮影で、その間歓喜の娘がこの歌を歌い続ける。やはり観直さなくてはならない。

 

  • ナポレオンが敗れ囚われ戦争が終わる。ドイツの宰相はヨーロッパの首脳をウィーンによんでウィーン会議を開こうとしている。ドイツの宰相が、寝室の寝床から様々な部屋の盗聴ができるというところで笑ったことを思い出したが、そのあとおふざけすぎた映画だとおもったように思う。今回、時代の技術的なことを考えて見返していると、オペレッタであるが虚々実々の皮肉も効いていて面白い。

 

  • ドイツの宰相はロシア皇帝に色仕掛けで会議を欠席させようと一生懸命である。ところが、ロシア皇帝の部下は、皇帝の身の危険を守るため影武者を用意する。その入れ替わりがさらに娯楽性を増幅させる。さらにロシア皇帝をダンスパーティーに釘付けにするため貴族の婦人が、ロシア皇帝がウィーンの貧しい人々救済のため、チャリティーキスをすると勝手に宣言する。ところがこのことによってロシア皇帝は忘れていた娘と再会できるのである。

 

  • 会議のほうは各首脳はダンスの音楽に誘われて退席してしまう。座っていた椅子だけがゆれている。まさしく <会議は踊る> である。宰相一人で思い通りに決議することができるのであるが、すでに遅し、ナポレオンは脱出しフランスに上陸したとの知らせが入る。各国首脳はあたふたと帰国の途に就くため人々は去り一人取り残されるドイツの宰相。

 

  • 娘とロシア皇帝は酒場でたのしんでいた。ナポレオン脱出の知らせにまた会える日までと娘に告げ帰っていく。娘はもう会えないことを知っている。娘を元気づけるように酒場の人々は『ただ一度だけ』を合唱する。音楽に乗ってロマンスも描かれ、政治を漫画チックに風刺して明るく終わっている。やはり移動撮影は長かった。ロシア皇帝が現れ驚くドイツ宰相。コップに注ぐ水があふれ、それをもう一つのコップが水を受ける。その手はロシア皇帝であったというようなアップの挿入などは、人の感情を代弁していて面白い。ロシアバレェなどもでてきて音楽性もゆたかである。

 

  • 淀川長治さんが、「それまで音楽映画はアメリカのタップが主であった。ドイツのデーットリヒの『嘆きの天使』は音楽はいかにもドイツ的である。ところがこの『会議は踊る』の音楽はヨーロッパ的で驚いてしまった。素晴らしい。」と解説している。映画音楽の流れとしてはそういうことらしいのである。そして日本でも主題歌が大流行するわけである。制作は1931年で、日本公開は1934年(昭和9年である。撮影や編集の面での音楽の豊富さに日本の映画人が感嘆したのがよくわかった。

 

  • アリス・ルートヴィッヒさんは、ドイツ映画『制服の処女』シリーズの一篇『黒衣の処女』の編集をされた方だそうだが残念ながら『黒衣の処女』は観ていない。『制服の処女』は手もとにあった。この映画は、職場の先輩がお姉さんのデートの時監視役でついて行き、お姉さんと彼氏の間に座ってみたという映画で、この話を聞いた時は皆笑ってしまった。先輩は兄弟が多く一番下で、一番上のお姉さんは母親がわりであった。観たのが小学校へあがる前で、字幕の字はよめなかった。それで内容はわかったんですかと聞くと、「観ていればだいたいわかるわよ。」という。そのことがあり有名な作品でもあるので店頭で安いのを見つけた時に購入していたのであろう。まだ観ていなかった。まさかこんな機会があるとは。

 

  • 制服の処女』は、母を亡くし感情の起伏の激しい少女が、叔母に連れられて寄宿舎つきの学校に入学する。その学校での少女の体験が描かれている。規律と清貧がモットーの学校で学生たちはお腹を空かせている。少女はお世話係の生徒に学校を案内される。案内されるバックには生徒たちの合唱の歌が聞こえる。そしてぱっとアップの歌う生徒が映される。その口と歌詞が合っている。なるほどこれが編集かとおもった。できあがったものを勝手に編集されたらそれは困る。もしかすると、この口の動きと歌が合わなくなる。そうするとまた編集し直すわけであるが、事前に言われていれば意見交換ができ仕事もスムーズにいくであろう。

 

  • アップされる歌う生徒は、その歌詞をお腹が空いたと替え歌にして歌っているのである。主人公は皆があこがれる女教師に特別の感情を抱き、そのことが校長に知られ厳しい指導を受け自殺を試み未遂となる。校長は皆の批判の目にうなだれて歩いていく。たしかに字幕がわからなくても内容は何んとなくわかりそうである。場所は学校と寄宿舎で、登場人物の厳格そうな校長、感情の激しい主人公、優しくも凛とした女教師などである。あの少女は今喜んでいる、泣いている、あの校長はやっつけられたのだと。なるほど。

 

  • 黒衣の処女』は『制服の処女』で助監督だったかたが監督され、女生徒と教師役の役者さんが二人そのまま主演されている。アリスさんの編集の能力は、富美子さんが生涯の編集の恩師と思うほど編集能力が高かったと想像できる。編集の目で観ていると細かいところまで目がいく。『黒衣の処女』は、1933年に公開されている。富美子さんがルイスさんと一緒に仕事をした『新しき土』は1937年公開である。『制服の処女』は1931年公開である。